表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/106

第37話 わたしは君に、もっと危険でいて欲しい。

 ……はー……。

 楽しかったな、夏至祭。

 何が楽しかったって、わたしの盟約者が楽しかった。

 可愛くて勇ましくておかしくて楽しくて、最高だった。

 その盟約者を、今、わたしはお姫さまだっこしている。


 ……はー……。

 生きててよかった。


 わたしは新鮮な空気を吸いこみ、とっとと騎士団本部へと向かった。

 腕の中のセレーナは、なんとさっきから寝息を立てている。

 そう、ヤキュウの疲労で寝ちゃったのである。

 どんだけかわいいんだ?

 もう、存在自体が神では?

 ただでさえ無垢で美しくてふかふかなものが無防備になると、なんかもうすごい。

 頭の中で祝福の鐘が鳴りっぱなしだし、スキップしないように必死だ。

 大体この状況、わたしがセレーナに猛烈に信用されていないと実現しないのでは?

 されてるな? されてるよな、信用?


 あーーーー、何度でも言う。

 生きてて、よかった!!


 いや、とにかくここまで無事にセレーナを守れてよかった。

 ルビンが来たときはひやっとした。あいつはわたしに盟約者が出来たとなれば、即殺しにくるだろうとはわかっていた。

 ルビンは、『危険な友達』だから。

 

『友達には二種類いるんだよ。危険な友達と、安全な友達だ』


 そうやって教えてくれたのは、わたしの父だ。


 父。

 シュテルン・ライサンダー。

 物心つく前に離ればなれになってしまったから、わたしが父のことを認識した時期は遅かった。

 魔法使い候補を育成する館から出て、やっと直接顔を見たのだ。

 父の見た目はひょろっとした優しげな男で、なんの特徴もない。

 顔がいいわけでもない。服装もそこまで高価そうではない。

 ただひたすらに、感じがいいだけの男だ。


 彼がわたしに初めてかけた言葉は、こうだった。


『やあやあ、僕の長男くん! 久しぶりだねえ、よーく顔を見せておくれ。これはまた、しみひとつなく美しく育ったものだ』


『健康だけが取り柄です。はじめまして、お父さま』


『皮肉を言えるくらいに頭もいい。すてきだ。今までいた場所では、君はどんなふうに役に立った?』


 優しく訊かれ、わたしはどきりとした。

 わたしはあの館で何もできなかった。

 魔法の才能はなかったし、友達を――ルビンを『楽園』から救うこともできなかった。


『……魔法使いの友達ができました。僕は、それ以外何もしませんでした』


 わたしは吐き捨てる。

 それを聞いた父は、なぜか目の色を変えて喜んだ。


『なんだって! 素晴らしい!! フィニス、君には友達を作る才能がある!』


『……? 友達を作る、才能?』


『そう。それが君の力だ。あとは、危険な友達と安全な友達を使い分ければ、君はきっと偉くなれるよ』


 父はにこにこと言う。

 わたしは、胸がむかむかしてくるのを感じた。

 なんでかはわからなかった。


『お父さま、僕は』


『そうそう、君がいないうちに、たーくさん兄弟が増えたよ。挨拶させよう!』


 父が指示すると、部屋にどっと子どもたちが入ってきた。


『にいさま!』


『フィニスにいさま、はじめまして!』


『はじめまして、にいさま。僕の名前は――』


『私の名前は――』


『にいさま』


『にいさま』


『にいさま!』


 わたしはぽかんとして、父への文句を忘れてしまった。

 父は、わたしがいない間にも妻をとっかえひっかえして、大量の子を作ったのだ。

 屋敷はまるで学校だった。どこへ行っても兄弟がいて、それぞれが得意なことを教わっていた。

 絵を描ける者がいた。

 詩作にふける者がいた。

 軽業のできる者もいた。

 図書室中の本を暗記する者もいた。

 不思議な実験室の中にこもる者も。


 そして、わたしは早めに気づいた。

 自分には、なんにもない。

 兄弟たちに勝る才能は、なーんにも。


『そんなこと気にしてるの? バカだなあ。僕は君のことが一番好きだよ』


 相談しにいったとき、父はあっけらかんと言った。


『でも、僕は何もかも半端で……』


『違うよ。君、兄弟全員に好かれてるだろ。君の才能は、友達を作ることなんだよ』


『それって、僕自身は空っぽってことじゃないですか!?』


『そうだよ。君は空っぽ』


 あっさり言われて、胸にぼこんと穴が空いた気がした。

 胸が重くて、全身が重かった。

 わたしはうつむいて、本当に胸に穴が空いていないかどうか、確かめようとした。

 その顔を、父が両手でつかんで上向かせた。


『でもね。きっと君が、一番出世するから』


 善良そうな顔が、善良そうな笑みを浮かべて言う。


『これからも、たくさんたくさんお友達を作るんだよ。危険な友達の扱いに慣れなさい。安全だけど取り柄のない友達より、有能で危険な友達のほうがマシだからね。たくさんたくさんひとを集めて、その頭をひとつひとつ踏みつけて、登っていくんだよ』


 これは登山だからね。

 てっぺんの王冠を取るための、すてきな登山。


 ……父の教えは確かだった。

 友達を作れば作るほど、彼らがわたしを押し上げてくれた。

 わたしに多少踏まれても、友達は嬉しそうな顔をするだけだった。


 数少ない例外が、ルビンだ。

 彼は魔法使いになって帰ってきた途端、わたしを操縦しようとした。

 わたしを愛しているがゆえに、自分の好きなように動かそうとした。

 彼は『危険な友達』だった。

 同時に、利用しがいのある実力者でもあった。

 わたしは、彼をうまく操縦しなくてはならなかった。可能なはずだった。


 だが……わたしは、ルビンを好き勝手させていた。

 なぜだろう。

 最近少し、疲れていたからかもしれない。

 わたしを引きずるような『危険な友達』は、もう、彼が最後のひとりだった。

 彼すらも操縦してしまったら、なんだか、わたしはひどく、さみしくなる気がした。


 ――そう。

 ルビンがセレーナを殺そうとしなければ、わたしとルビンはしばらくなあなあで生きていっただろう。セレーナさえ、いなければ。


『萌えに関してはセレーナが詳しい。うまく説明してやってくれないか?』


『わ、私!? え、えーっと』


 聖水の泉の前でわたしが頼みこんだとき、セレーナは戸惑っていた。

 彼女は気づいていないのだ。

 彼女の『萌え』は、行き過ぎた好意を『危険』にしないための、高度な技術なのだと。

 ルビンがセレーナを認めるには、わたしに『萌え』てもらうしかないと思った。

『萌え』という技術で、操縦可能な状態にするしかないと思った。


 そして、わたしのもくろみは、成功した。

 セレーナは死なず、ルビンは操縦可能な友達になった。

 父の言う、『安全な友達』に。



□■□



 長い回想を終え、わたしは騎士団本部に戻ってくる。


「部屋だぞ、セレーナ。まだ寝るつもりか?」


 わたしは囁き、彼女を居間のソファに寝かせる。

 すぐに起こすのはもったいなくて、しばらく彼女を見下ろしていた。

 くるくるの銀髪を、指先だけでちょいちょいと整える。

 整えても、整えても、くるん、となる髪。

 ぷうぷうとしあわせな寝息を立てている愛らしい鼻。

 銀色のまつげは長くてくるんとしていて、頬はほんのり赤くて、柔らかな唇は薄く開きっぱなし。

 はーーーー。雑。

 雑な女の子、かわいい。

 美しい。

 生きているだけですばらしい。

 しかも、君はわたしのことを好いている。

 好いているのに、『萌え』だと言って、ひたすらに『安全な友達』でいようとする。


 ――そんな人間は、めったにいない。

 君は、強い。


「セレーナ」


 名を呼んでから、ふと気づいた。

 セレーナの腕に巻いた紐がゆるんでいる。

 わたしはそれを、丁寧に結び直した。

 毎日毎日、丁寧に紐を結ぶ。

 これは儀式だ。

 結ぶたびに、わたしは祈っている。

 いつか、君がもう少しだけ、わたしに無茶を言ってくれるように。

 君の『萌え』の砦が崩れて、わたし自身を見てくれるように。


 ……おかしな話だな。

 ひょっとしたらわたしは、君に『危険な友達』になって欲しいのかもしれない。


 この世でたったひとりの、『危険な友達』に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ