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第36話 まったりとしていて、それでいてしつこくない……って、何の味ですか!?

 謎のお化け、四番さま。

 ヤキュウという祭儀が何より好きっぽいのに、全然ヤキュウに向いてない四番さま。

 そいつのために、私が考えた接待案。

 それは、竜のシロが四番様のボールをくわえて、飛んでいくこと!


 ――お安いご用じゃ。おじいちゃん、がんばっちゃうぞい!!


 シロはちっちゃな後ろ足二本で立ち上がり、きゃん、と鳴く。

 直後、ぼわんとシロの体がふくらんだ。

 私の両手に乗る白い毛玉が、中型犬サイズに。

 次に、子牛サイズに。

 次に、大人牛サイズ。

 しまいには見上げるような巨大な竜になった。

 つっやつやの真っ白な毛を生やし、巨大な翼を持つ竜に!


「やっぱり竜のシロ、かっこいい!!」


 ――そうじゃろう、そうじゃろう。約一名、こっち見て呆けてるのがおるのが気になるが。


 約一名って?

 あ、そうか、トラバントか!

 温泉に行ってないトラバントは、初めてシロの本来の姿を見たのだ。


「あー……フィニスさま、僕、あまりにも残酷な中間管理職業務に頭がやられました。神々しい幻覚が見えるので、今すぐ退団して帝都に帰ります~!」


 虚ろな顔で言うトラバント。

 フィニスは即答した。


「安心しろ、それは現実だ。あと、お前が退団すると副団長はザクトだ」


「グロい。退団、取り消します!!」


「待って、副団長!! なんで俺が副団長だとグロなんです!? フィニスさまも、ねえ、なんで!?」


 ザクトが叫ぶ。

 いや、多分、なんでグロかわかってないところが、駄目なんだと思うよ。

 今度トラバントに胃薬を贈ろうと心に決めて、私は叫ぶ。


「トラバントさん、シロの説明はあとでします!! シロ、今だよ!」


 ――おう!!


 ばさり、とシロが羽ばたいた。

 続いて、四番さまが、ぺこーん、と球を打つ。

 球は、シロが作った風で、ふらふら~っと飛ばされそうになる。


 ――そうはいかん!


 シロは長い首を伸ばし、素早く球をキャッチした。

 そのまま力強く羽ばたくと、真っ白な竜の体が高い青空へ舞い上がる。

 夢のように美しいその姿。

 誰もがシロを視線で追う。

 シロは飛んでいく。

 どこまでも、どこまでも――。


「ホームラン……四番さま、これは、ホームラン! です!! みんな、そうだよね!?」


 私が必死に主張すると、騎士たちは必死にうなずいた。


「そ、そうだ! こんなホームラン見たことないぞ!」


「球が全然見えない! 計測不能の歴史的快挙!!」


「素晴らしい! すごい!! 天才!!」


「…………………………………………?? ……????」


 周囲の反応に、四番さまが戸惑っている。

 もう一押し、あと一押しでいける!

 何を、どう言ったらいいだろう!?

 私が考えつくまえに、フィニスが重々しく口を開いた。


「四番さま。……よくやった」


 んんんんんんんーーー!!

 根拠はないけど、強い褒め!

 いい! 最高!

 謎の説得力!!


「…………………………!!」


 四番さまが、無言で力こぶを作る。

 納得してくれた! 今のがホームランだってことにしてくれた!!

 騎士たちがふたたびどよめく。

 すごい。

 やった。

 いや、四番さまはなんにもやってないけど、謎の感動がある!!


 ――あー……、セレーナちゃん。


 ――シロ! 今どこにいるの? 今こっち、すっごい盛り上がってるよ! 球は適当なところに置いといて、戻って来なよ! って、あれ? なんか、四番さま、お腹痛いのかな。お腹押さえて、しゃがみこんじゃった……。


 ――うん。それ、わしのせいかもしれん。


 シロは言い、ぱたぱたと戻ってくる。

 私の隣にずしーんと着地したシロを、私は見上げた。


 ――何しちゃったの、シロ。球はどのへん?


 ――あのねー。球、食べちゃった。


 ――えっ。


 ――球、今、わしのお腹の中。


 ――ええええええ!? ほんとに!? 四番さまの体でできた、球を!?


 私は心で叫ぶ。

 シロはしおしおと長い首を地面につけた。


 ――すまぬ。口に含んだ瞬間に山羊ミルクの豊かな味わいがぶわっと広がり、なめらかかつコクのあるチーズに爽やかなレモンと糖蜜をたっぷし入れてねりまぜたみたいな味が口溶け豊かに広がって……耐えられなんだ。


 ――美味しそう。それは食べるわ。でも、でも、そうなると、このホームランはどうなるの?


 ――無効かのう。だって球、このまま消化しちゃうし。


 シロの言葉に、私は焦った。


「そんな……!! それはまずいよ! 四番さまには絶対に知られないようにしなきゃ!! せっかくインチキホームランを認めさせたとこなのに、球を食べたから無効とか、そんなの許されないって!!」


 ――それ、叫んじゃったら知られちゃうのう。


「あっ!!」


 私は自分の口を急いで塞ぐ。

 そのまま、そーっと振り向いた。

 バッターボックスの四番さまと、ショートの辺りで控えているこっちのチームの四番さま。

 二体そろって、こちらを見ている。


 しかも……ぶるっぶると高速で震えてる!!


「いやあああああ!! なんで震えるのーーー!! 輪郭がブレてよく見えないいいい!!」


「フィニスさま!! 危険信号です!! テキトーなヤキュウをしたから、四番さまが怒っておられる!」


 トラバントがキリッとして叫び、私は地面を拳で殴る。


「テキトーなのは最初から最後までだよぉ、トラバント!!」


「よし、今年はここまで!! 全員、バット構え!!」


 朗々と響くフィニスの声に、騎士たちが「「「おお!!」」」と応じた。

 フィニスは彼らを見渡し、自分のバットで四番さまを指し示す。


「袋だたきに、せよ!!」


「「「「「おおーーーーー!!」」」」」


「ちょ、ま、ええええええ、結局そうなるのーーー!? ヤキュウした意味、あった!?!?」


 私の叫びもむなしく、騎士たちは雄叫びを上げて二体の四番さまに群がっていった。

 みんな、ヤキュウのときよりもキレッキレのバット使いだ。

 普段から、大剣振ってるもんね……。

 シロは私の横であくびをする。


 ――あんまし気にせんほうがいいな。多分これ、毎年結末はこんな感じじゃろう。だとしても、手順を踏むことが大事なんじゃ。残った分があったら、わしが食べちゃおーっと。


「こ、コメントしづらっ」


 私が脱力していると、フィニスがやってくるのが見えた。


「フィニスさま。袋だたきに参加しなくていいんですか?」


「いい。あれが地面に還るくらい薄く叩き延ばすには、しばらく時間がかかる」


「地面に還るんだ、あれ……」


 もはや遠い目になるしかない。

 フィニスはそんな私の横にひざまずいた。


「体の切れ端をシロが食べたせいか、今年は弱体化している。心配はない。足は大丈夫か?」


「えっ、気づいてくださったんです? 大丈夫です、ちょっとひねっただけ。私の足なんかどうせただの足なんで」


 あはは、と笑う私の顔を、フィニスは見つめて言う。


「そうだな、ただの足だ。だが、気にはなる。ときに君は、お姫さまだっことやらは好きか?」


「大好きです!!!! どこがいいかっていうと、抱っこしてるほうと抱っこされてるほう、お互いがお互いの顔を見られるとこですね! 肩に担いだり背中に担いだりとは違います、特別です。腕力がある者だけが抱くものと視線をあわせられるんです、つまり腕力は至高!! そういうことです!」


「わかった。では、失礼する」


「は? へ? ええええええっ!?」


 人語を失っている間に、ふわっと体が宙に浮いた。

 フィニスに抱き上げられた。

 そう、気づいたときには、ぽすんと私の顔がフィニスの胸元に埋まる。

 砂と、軍服と、フィニスの――匂い。

 息してもいいのかな、これ。

 フィニスの匂いを嗅いだ罪で地獄に落ちたりしないかな!?

 あ、違った、私、もう地獄に落ちるのは決定なんだった。

 じゃ、吸っとくか。

 

 私はうるさい心臓を抱えたまんま、控えめに呼吸した。

 みんなはまだ、四番さまを叩いて延ばすので必死だ。

 フィニスはゆっくりと歩き出しながら言う。


「今年の夏至は、君のおかげで楽しかった」


 私のおかげ?

 私はろくなことしてないのに?


 私は少し不安になって、彼の顔を見上げる。


「フィニスさま。……きっと、来年も楽しいと思いますよ? みんないいひとですし、どうせ四番さまも復活するんでしょ?」


 フィニスはまだまだ沈まない太陽を見つめて、少し笑う。


「そうだな。来年も再来年も、きっと楽しい」


「ですよ。その調子で毎日唱えましょ。来年も楽しい、再来年も楽しい、十年後も二十年後も、きっと楽しい!」


「……二十年後にはさすがに引退したいな。もしくは、四番さまを絶滅させたい」


「発想が物騒! いいじゃないですか、接待ヤキュウ! ぎりぎり土地のものと共生してる感じがあって。危ないことは危ないし、ツッコミどころは多いですけど、フィニスさまの次の団長も、きっと楽しくやってくれますよ!!」


 私は、ちょっと必死になって言った。

 フィニスに明るい未来を信じて欲しかった。

 私はそのために、ここにいるので。


 フィニスは笑みを浮かべたまま、静かに言う。


「そう信じていてくれ、セレーナ」

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