第35話 四番さま、ちゃんとホームランを打ってください!!
「では……いきます!」
気を取り直して私が叫ぶ。
バッターボックスは、一番打者のフィニス。
彼は不敵な笑みを浮かべた。
「――来い、セレーナ。今の我々は『夫婦』どころか敵同士。だが、戦場での一瞬の交わりは怠惰に過ごす永遠に勝る。今ここで、君の球、君の思い、そのすべてを受け止めてみせようではないか」
「ありがとうございます!! 今のセリフ、最初から最後まで完璧に暗記しました。死ぬ間際に思い出してニヤニヤするネタを更新してくれて、本当にありがとうございます!! 生きてて、よかったーーーっ!!」
私は叫び、第一球を……投げた!
フィニスの目がきらり、と光る。
獲物をけして逃さない、狼の金眼で――!!
カァン!!
気持ちのいい音がした。
フィニスが球を打ったのだ。
さすが、私の推し!!
私が拳を握ったのと同時に、ザクトが叫ぶ。
「セレーナ、伏せろ!! 当たるぞ!!」
えっ。嘘。
あ、ほんとだ。
フィニスの打った球は跳ね上がらなかった。
まっすぐ、私にめがけて飛んでくる――!!
「そんなもん、避けられるかーーーー!! もったい! ない!!」
私はとっさにグローブを体の前に構えた。
どすん、と、重い衝撃。
「くっ……!!」
受け止めきれなかった衝撃で、ずりずりずりっと後ろへ押される。
押されて、押されて……止まった。
私はほっと息を吐いて、グローブの中をのぞく。
……あった。
フィニスの投げた白球。
「ぃやったあ!! 取ったぞーーーー!!」
「「「おおおおおおーーーーーー!!」」」
騎士たちが一気に盛り上がる。
私は白球片手にぴょんぴょん跳んだ。
「やったやったー! 見てください! フィニスさまのお気持ち、私も受け止められました!」
「セレーナ。これはもはや結婚……」
「すっげーぞ、セレーナ! 今ので、フィニスさまの球は無効だ!!」
フィニスが何か言いかけたのを無視して、ザクトが叫ぶ。
私はびっくりしてしまった。
「無効? え? あれ?」
「お前、最低限のルールは覚えとけよ。守備側が球を取ったら、その球は無効なんだって」
「そっか。そういえばそうだった……」
せっかくの推しの球を無効にしてしまった。
私はちょっとしゅんとしたけど、何度やりなおしても同じことをする自信はある。
だって、推しが打った球は欲しいもん。
さて、その後の試合は波乱もなく進んだ。
問題のアレが出てくるまでは、まったくなごやかだった。
アレ。
つまり、四番さまが出てくるまでは。
「バッター四番! 四番さま!!」
トラバントが叫ぶ。
ごくり、とみんなが息を飲んで見守る中、四番さまはバッターボックスに立った。
細い手でぶーんとバットを回し、びっ、と私に向ける。
うーん。
うーーーーーーん。
手が、短いな……。
なにせ四番さまは形が四角い。
その形に対して手が短すぎて、バットを片手でしか持ててない。
これでほんとに、私の球が打てるのかな?
――ま、できうる限りのいい球を投げてやるしかあるまいなあ。あとは騎士たちを信用することじゃ。普段はアホばっかりに見えようが、彼らは彼らで、ずっとこの東部辺境を守っておるのだ。
私の足下にまとわりつきながら、シロが言う。
その言葉で、覚悟が決まった。
――うん。私はみんなを信じる。みんなを信じて、四番さまの、とてつもなく狭いストライクゾーンを、確実に狙っていく!!
私は大きく振りかぶった。
この一球だけは、外したくない!
一球、入魂ッ!!!!
「ッ……いたっ!!」
球が手から離れる瞬間、ぐぎっ、と嫌な音がした。
足だ。
緊張しすぎて、足首をひねった……!?
「ひー、いたたたた……た、球は?」
どうにか球を投げ終えてから、私は地べたに転がる。
土まみれの顔を上げ、球の行方を追った。
私の投げた球は、どうにかこうにかきちんと飛んで――四番さまの顔面に、命中してるね!?
「う、嘘」
私はうめき、騎士たちもどよめく。
「なんか、べちゃって音したな……」
「っていうか、めりこんでねえか? 半分見えないような……」
みんながざわざわしているうちに、私の球は四番さまの体内にねちょーっと吸いこまれた。
私は思わず口元を押さえた。
「くっ……せ、生理的にきつい……なんで? なんで球が体内に消えちゃうの? 意味がわからない!!」
「落ち着け、セレーナ!! こういうのも古文書に載ってたぞ! 確か、『消える魔球』っていうんだ!」
ザクトは怒鳴る。
気持ちは嬉しい。
すごく嬉しいけど、でも、ねえ……?
「どっちにしろ気持ち悪いよぉ……四角いだけでもなんとなく嫌なのに、べとべとぐにぐにしてるし、球を呑みこんじゃうし……あれ? う、うわあああああ、今度は四番さま、自分の体をちぎってる……? ひ、ひええええ、ちぎった体をこねて、球にしてるしーーー!!」
私は真っ青になって腰を抜かした。
四番さまはノリノリで泥団子をこねるみたいにして球を作っている。
やだ。やだ。この、意味のわからなさが、とにかくやだ!!
今すぐここから逃げ出したいよぉ……!!
「落ち着け、セレーナ」
フィニスの声だ。
私ははっとして顔を上げた。
フィニスはいつも通り、美しい顔でかすかに微笑んで言う。
「見ろ。四番さまが球を打つぞ」
「えっ、私、投げてないのに…………うわあああ!! 自分の体をこねて作った球を、打とうとしてる!?」
ますます錯乱する私の頭に、シロの声が響いた。
――セレーナ、これはチャンスじゃ。
――何のチャンス!? どんなチャンス!?
――接待チャンスじゃよ。これ、そもそもが接待ヤキュウじゃろうが。
そうだった。そういえばそうだった。
すっかりさっぱり忘れてた。
……なるほど、そうか。
四番さまがどんな下手くそでも、自分の手に持った球を、自分で打つことならできるかも。
そこまで考えて、私ははっとした。
――わかった!! 四番さまが打ってくれさえすれば、ホームランにすることはできるかもしれない!
――おっ。いいことを思いついたようじゃな。
楽しそうなシロを抱え上げ、私は真剣にお願いする。
――うん。シロ、お願いできる? 四番さまの打った球をくわえて、できるだけ遠くまで飛んで……!!




