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第34話 祭儀に現れたお化けは、造形がちょっと雑です!

「なんかすごい呪術的な響きの宣言きた!! ひええ……ひえ?」


 プレイボールの響きも不吉だけど、今、ちらっと何かが見えた。

 視界のはしっこをよぎったあれは、何?


「セレーナ、こっちこっち!」


「ザクト、ちょ、ま」


 通り過ぎた何かを確かめたかったのに、ザクトはそれを許さない。

 私の手を取って、空き地の真ん中まで引っ張っていった。


「待ってってば! ほんとにやるの!?」


「おびえてんの、セレーナ? お化け苦手なんだなあ、かっわいー! 大丈夫だって、撲殺だって呪殺だって老衰だって、結局みんな死ぬんだぜ?」


「刹那的すぎない!? いくら最前線だからって、もうちょっとだけ死因を選ばない!?」


「死因選ぶより、生きてる間を楽しもうぜ! セレーナは投手だ。ここから、『捕手』っていう味方に向かって球を投げる。その球を、敵の打者が打つ。あんまり外れた位置に投げると失点になるけど、とりあえず気にせず球を投げてりゃいいよ。わかりやすいだろ?」


「球を、投げるだけ。……うん、まあ、それなら、できる気がする」


 答えてから、私は、うっ、となる。

 投げるのはいいよ。

 でも、四番は?

 この祭儀に四番目の打者はいない。

 四番目の打席になったら、私、どうすればいいんだろう?

 捕手に向かって投げるだけ? ほんとにそれだけで済むのかな?


 考えこむ私に、ザクトは明るく言った。


「おっし、頑張れ! ちなみに『捕手』は俺だから。セレーナの球がちょっと変なとこに飛んじまってもきっちり受け止めてやる。俺たち息があってるから、きっとうまくいくよ。なんでも古文書によると、投手と捕手は『夫婦』って呼ばれるそうだぜ!」


「うーん、ザクトと夫婦か。背負うならともかく、私がお姫さまだっこするのはきついね」


「はあ!? なんでサラッと自分を夫側にした!? 照れるからやめろ!」


 ザクトは叫ぶ。

 ほんのり赤面してて、ちょっとかわいい。

 ジークは見てるかな、と味方のほうを見ると、案の定。

 ザクトを見てほわほわっとしているジークが居る。

 せっかく仲直りしたんだし、ザクトとジークももっと一緒に活動すればいいのにね。


「ねえザクト、次はジークと……………………!!??!?!?!?」


 言いながら視線を戻すと、フィニスがいた。

 目の前に。

 もんのすごい、至近距離に。


「な、なななななな、なんで? 奇跡? 願望? 極めた? 私、自由自在にこんなに生々しいフィニスさまの顔を出現させられるとこまで到達したの……!? えっ、大勝利では!?」


 ――違うぞー。それは自力でスライディングしてやってきたフィニス本人じゃぞー。


 ――あ、シロ。やっぱ、そうだよね。うん。


 びっくりした。心臓に悪い。泡吹きそう。

 っていうか、吹いた。

 慌てて泡をぬぐう私の前で、フィニスは自分の乱れた髪をそっと直す。


「その役、わたしがやろう」


「その役……?」


 私はおののき、ザクトが前に出る。


「ひえー……さすがフィニスさま、めっちゃ足速いっすね!! さすが団長、伝説の一番打者!! でも捕手は譲りませんよ。そもそもフィニスさま、敵チームですし」


 ザクトはにやっと笑うが、フィニスは彼を見もしない。

 彼は、フィニスは、私を見ていた。

 そして、私に向かって、優雅に片手を差し出す。


「セレーナ。君なら、いつでもわたしを姫抱っこして構わない」


「はああ!? 役って、そっちですか!?」


 ザクトはよろめいて叫び、私は震えて頭を押さえた。


「やばい……すごいトンチキなことを言われてる自覚はあるのに、フィニスさまがうるわしすぎて目の前がチカチカして、そのチカチカが脳に入ってきて全身が騙されて、すっかりうっとりしてしまってます!!」


「怪しい草か、わたしは」


「大体そんな感じですね!! は~……できるものならしてみたい、お姫さまだっこ!!」


 ――青春だの~。ええの~。なんかこう、ジジイの枯れた心もうずうずするのう!


 シロが私の肩の上で足踏みをし、トラバントはさらに叫ぶ。


「そこーーーーー! 死人が出る前に現実に戻ってこーーーい!!『四番さま』がいらしてますよー!」


「『四番さま』?」


 なんだ、その変な響き。

 そもそも四番って空席なんじゃ――と思いつつ、私はトラバントのほうを見た。

 さっきの余韻で、まだ私の視界はチカチカしている。

 トラバントの横には、フィニスチームの騎士たちが並んでいた。

 私たちを見て笑っている彼らの途中に、一枚の壁がある。


 壁。……壁?

 うん。壁だ。

 空き地に、唐突な白い壁がある。


 高さはフィニスより少し背が高いくらい。

 厚ぼったくって、ちょっとぬるっとした質感の白い壁。

 しばらく見つめていると、壁はしゅっと立ち上がった。


 ものすごく短い、二本の足で……。


「う、うわああああああああーーーーー!! ここのお化け、造形が雑だ!!!!」


「思ったより余裕の感想だな。豪胆な」


 フィニスが感心したように言う。

 ザクトはちょっと笑い、頭の後ろで手を組んだ。


「雑っつっても、あれで結構怖いんだぜ? 雪山とかでいきなり目の前に出現されると、フツーに道間違って遭難するもん」


「そういうときだけじゃない? あのお化けが脅威になるの!! 今、真夏だよ? よく晴れた空き地のど真ん中だよ? なんで? なんで夏至祭にあの造形で出てきちゃったの? う、うわあああ、短いひょろひょろの手も出てきた! バット、バット振ってるよぉ……!!」


「どんな容姿で生まれるかは、ひととて選べるものではない。わたしは寝る前に髪を乾かしたことがないが、さっぱり傷まないしな」


 フィニスはつぶやき、ちょっと憂い顔になる。

 私は真剣な顔で言った。


「今晩からフィニスさまの髪は私が乾かします! それはそうと、その、まさか、まさかなんですが……この試合の『伝説の四番』って……」


「あいつだ」


「だと思ったーーーーー!!」


「セレーナ、君は賢い。あの化け物は、ふがいない四番打者を見るとすごい勢いで撲殺しに来るのだ。だが、こうして四番を空けておけば勝手に参加して楽しんでいく。なので最近のあだ名は『四番さま』だ」


「で、でもですよ? もし、うっかり私が『四番さま』に打てない球を投げちゃったら!?」


「君のことはわたしが守る。命に賭けて」


「こんなことで!! こんなことでフィニスさまに命を賭けてほしくなかったーーーー!!」


 私が叫んでいるうちにも、四番さまはぶんぶんバットを振っている。

 あれは多分、いらついているんだろう。

 どうしよう。

 ……いや、どうしようもない。

 やるしかないんだ。


『四番さま』への接待ヤキュウを……!!

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