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第33話 伝説の四番ってなんですか!?

 かくして、夏至祭の朝。

 私たちは騎士団本部の東、湖のほとりの空き地にいた。


 軽装のザクトが、両手を腰に当てて叫ぶ。


「さて!! 今年もいよいよ、この季節がやってきた!!」


「「「おお!!」」」


 ――ザクトくんは今日も元気いっぱいだのー。部下もよくしつけられておる。


 シロが言い、私の肩で、くは、とあくびをした。

 私は目の下に隈のできた顔で、なさけなく笑う。


「元気はいいことだよね……私はあんまり眠れてないけど」


 ――なんじゃ。夜這いはされておらんかったろ。


「ジジイギャグはやめて。私が眠れなかったのはおばけが怖いせい。夜這いとか、フィニスさまはそんな不純なことは生まれてこの方考えたことありません」


 ――えっ。


「えっ、じゃない。フィニスさまは純粋で潔癖で恋愛下手で、ちょっと少年くさいところすらあるの。あそこまでの超美形なら女性関係ただれまくりでも結構萌えるけど、フィニスさまはそうじゃない。ピュア。そこが、ギューンとくるわけ!!」


 喋ってる間にだんだん元気が出てきた。

 やっぱりしんどいときには萌えるに限るわ。

 そんな私に、フィニスが声をかける。


「独り言の最中すまないが、もうちょっとザクトの言うことを聞いてやれ。夏至祭はザクトの晴れ舞台だ」


「はい、フィニスさま! すみません!」


 私は慌ててザクトに向き直った。

 ザクトの前に立った騎士たちは五人。全員ザクトの部下だ。

 ザクトは堂々と続ける。


「このヤキュウってぇのは土地を鎮める祭儀だって話だが、敵と味方に分かれて行う。うまくやりゃ得点が入り、勝負もつく。……だとしたら、俺たちのやるべきことはなんだ!?」


「戦争だ!!」


「敵は残らずぶちのめす!!」


「辺りを荒野にしてでも、必ず勝つ!!」


 青い空に向かって、次々と拳が突き上げられていく。

 みんなやる気十分だ。やる気っていうか殺る気だけど。

 私はつぶやいた。


「ふわー……なんていうか、ザクトの隊って、こう、控えめに言って、うるさいですね」


「一体なにが控えられたのかわからんが、うるさいな」


 フィニスはうなずき、トラバントがその横で咳払いする。


「フィニスさまはともかく、セレーナはひとのことを言えないと思いますねー。あなたの萌え叫びはよく通るんですよ。とにかく、そろそろ始まります。ヤキュウのルールのおさらいをしましょうか。

 セレーナ、どこまで覚えてます?」


「はい! えーっと、ヤキュウは基本、九人のチーム同士で戦います! 各チームがかわりばんこで『攻撃』と『守備』の役をやり、『守備』が投げた球を『攻撃』が棒で叩いて遠くへ飛ばす。それで……一番遠くまで飛んだ人が勝ち、でしたっけ?」


「最後が惜しいですね。団体競技だから、九人分集計してチームとしての勝ち負けを決めます。飛んだ球が地面に着く前に『守備』側が奪えれば、その球は集計されません」


「なるほど。頭にたたきこみました!」


 何度聞いても不思議な祭儀だよなあ、と私は思う。

 『攻撃』と『守備』に分かれるのに、やることは球飛ばし競争だなんて。

 実際、騎士団のみんなも最初は木の棒――バット、というらしい――を持った瞬間に相手チームを殴りにいったらしい。元から剣を振り回してるし、そういうもんだよね。

 トラバントはひらひらと片手を振った。


「ま、細部は適当に。元の文献が古すぎて、どうせ完璧に翻訳できたわけじゃないんです」


「えっ、雑! 大丈夫なんですか、それ!?」


 焦る私の肩に、ぽすんとフィニスの手が乗る。


「安心しろ。ヤキュウをやった年は、基本的に『アレ』にまつわる死人は出ていない」


「ううう、顔に似合わず雑なフィニスさまも素敵ですけど、ギャップは世界を救いますけど、今回ばかりは安心できません……。それに……」


 私は、ちら、と空き地を見渡し、各チームの数を数える。

 一、二、三、四、五、六、七。

 一、二、三、四、五、六。

 何度数えても、ザクトチームは七人。

 もう一チームは六人だ。


「……人数、足りなくないです? 九人チームを二つ作らなきゃなんですよね?」


 おそるおそる訊く。

 答えたのはトラバントだ。


「当たり前です。あなたたちも、我々もやるんですよ。セレーナはザクトのチーム。僕とフィニスさまはこっちのチームです」


「えええっ、待ってください!!」


「セレーナ。わたしとの別れがさみしいのはわかる。だが、人生には数え切れないほどの出会いと別れが寄せては返す波のように――」


「フィニスさま、違います! それでも人数足りてないですって! 八人ずつになっちゃう!」


「人数。そうか」


「なに騒いでんだ、セレーナ! 大丈夫だよ、打順の四番は空席にするのが決まりだ!」


 ザクトがちょっと遠くから割りこんでくる。

 私の頭の上には「?」が乱舞した。

 

「な、なんで? じゃ、ほんとは八人ずつでやる祭儀ってこと?」


「あー。セレーナは今年初めてだもんな。あのな。ヤキュウの四番ってのは――伝説なんだ」


 急に真顔になってザクトが言う。

 私はなんとなく唾を呑んだ。


「伝、説……?」


「うん。古文書に『伝説の四番』って単語がめっちゃ出てきたんだと。で、その打順ってのが、えーっと……どうなんでしたっけ、トラバントさま?」


 途中で混乱したザクトがトラバントを見る。

 トラバントはため息交じりに言った。


「何年目ですか、あなた。打順というのは、それ自体が高度に呪術的な意味を持つものらしいんですね。我々の代になるまでは適当に割り振っていたのですが、四番を打った打者の死亡率がやたら高かった。最強の騎士を配置すれば生き残れそうな感じではあったんですけど、もったいないんで僕の代で四番は『空席』にしました。この対処で死者は激減。めでたしめでたし」


「めでたしめでたしじゃないよ、トラバント!! 聞けば聞くほど物騒だよ、この祭儀! そもそもさ、『この祭儀をやったらひとは死なない』って言ったじゃない!? 死んでるよね、四番打者が!!」


「落ち着け、セレーナ。ここ数年は死んでない」


「フィニスさまのお声と顔面と魂と立ち姿と周囲にまき散らす光の粒が美しいこと以外、全然落ち着ける要素がない!! 私やっぱり実家に帰ります!!」


「だだをこねるのはやめなさい、セレーナ。いつまでも始めないと、もっと具体的に嫌なことが起こりますよ」


 ビシッとトラバントに釘を刺される。


「うう……」


 そう、だよね。もう、ここまで来ちゃったんだもんね。

 始めかけた祭儀を中止したら、きっとますます怖いことが起こる……。

 その予感だけは、私にもある。

 フィニスはそんな私の頭をぽんっと叩いて、もう片方の手を高く挙げた。


「では、これより東部辺境夏至ヤキュウを開始する。プレイボーーーール!!!!」


 プレイボール。

 怪しい響きの言葉にぶるっと震える。

 そんな私の視界の端を、ちらっ、と、何かが横切った。

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