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第31話 ルビンも改心してくれて、一件落着……じゃないですね!?

「うー……。優しくしてくださいね……」


 覚悟を決めた私は、ぎゅっと目をつむって左手を突き出す。


「出来うる限り優しくしているつもりだが、いっそう努力しよう」


「あっ、間違いました! フィニスさまはそもそもが優しいので、乱暴に扱っていただくくらいのほうが心臓にいいかもしれない。いっそ痛いくらいにやってください、ビシバシと!」


「それは無理だな。諦めろ」


「無理かあ……」


 がっかりしていると、二の腕あたりにきゅっと圧迫感が生まれた。

 思ったとおり、優しい力だった。

 指先だけを、きゅっ、とつかまれたときのことを、思い出した。

 あのときの、あなたの温度を。

 あなたの、気持ちを。


 すがるような、捕まえるような、きもち。


「きつくないか」


「心拍数以外は……」


 か細い声で言い、私はおそるおそる目を開けた。

 ふわー……あります、ね。

 二の腕に結ばれた紐。

 夢じゃない。


「似合っている」


 でもって、今日のフィニスは、三角耳がぴーんと立ってるぞ~。

 かわいくて、頭わしわししたいぞ~。

 でも、今は、心拍数がそれどころじゃない。

 私はほんのり頬を染めて、紐を見つめた。


「ただ、これ、着替えるたびに結び直さなきゃいけないやつじゃ?」


「せっかく同室なのだ、毎朝わたしが結べばいい」


「待って、ま、毎朝? 毎朝、こんな心拍数を記録しなきゃならないんです……? そもそもフィニスさまは心配性です! 騎士団本部で暮らしてる限り、いきなり戦闘になるなんてことは、わ、は、はひ、はわ、わわわわわ、なんです!? どうしました!?」


 途中からセリフがめちゃくちゃになったのは、フィニスが私の頭をなで始めたからだ。

 人間語をなくしかけた私に、フィニスは言う。


「東部国境の事情は入り組んでいる。騎士団本部にいきなり奇襲がかかることも、奇妙なものが侵入しようとすることも珍しくはない」


「奇妙なものってなんです、今の私よりぶっ飛んでます!?」


「微妙な線だが、まあ、そう心配するな。君はザクトやジークとは違う。何があっても死なない。死なずに、いい結婚相手を見つけて生前退団する。そのために、わたしが盟約者になった」


 ずきん、と心臓が痛んだ。

 今度は萌えじゃなく、純粋に傷ついたんだ。


 私は、ザクトやジークとは違う? どこが違うの。

 ……いいえ、知ってます。

 何もかもが違う。

 体格も、経験も、立場も、何もかも。


「フィニスさま」


 彼の名を呼んだ。

 彼はまぶしいものを見たように、目を細めた。

 大きな手が、ゆっくりと私の頭を撫でる。


「君はわたしのために死ななくていい。わたしが守る」


 フィニスの囁きは温かい。

 温かくて、ちょっと不自然なくらい、強い。

 ひょっとしなくても、あなたは、不安なんじゃないでしょうか?

 私が、私だから。

 私が、女だから。

 私が――公爵令嬢だから。

 どうにか無傷で追い返さなきゃと、必死なんじゃないですか。


「でも」


 口ごもる私。

 フィニスは撫でるのをやめて、そっと視線をあわせてくれる。


「信じられないか?」


「信じられます」


 これには即答した。

 戦闘になったら、フィニスはきっと、命がけで私を守る。

 絶対に。

 ……だって私、知ってるもの。

 前世で、大した思い入れのない婚約者だった私のためにだって、あなたは走った。

 あの死の間際に、それでも、あなたは、私を守ろうとした。


 知ってるの。

 あなたが、優しいひとだって。


「セレーナ?」


 フィニスの声が不安げになる。

 ごめんね。

 私が、泣き出しちゃったからだね。

 ごめん。ごめんなさい。

 私は、もっともっともっと、強くならなきゃならない。

 まだ、あなたにもらったものを、何ひとつ返せてない。


「信じ、られ、ます……信じられます、信じてます。信じてます……」


「よく泣く騎士だな。こっちへ」


 フィニスはやわらかく言って、天幕の奥へ私を招いた。

 狭い天幕だけど、自分の体で入り口からの視界を防いでくれる。


「……少し触れても、構わないだろうか」


 なんだ、その問い。

 こんなときなのに、萌えちゃうじゃない。

 とっくにわしわし撫でといて、ほんと、そういうとこだよ。

 私は泣きながら、何度もうなずく。


「いいです。フィニスさまなら。なんでもいい。どうしたっていい。殺してくれたって」


「ばか」 


 フィニスはたしなめるように言って、私を抱き寄せた。

 ふわ、と体温が伝わってきて。

 胴着と鎖帷子ごしだけど、それでも、よーく耳を澄ませば、鼓動が聞こえて。

 萌えるより何より、ああ、生きてる、と思ってしまって。

 新たな涙が、ぶわっと出た。


「ううう……うぇーん……フィニスさまぁ……」


「……なぜさらに泣く。困ったな」


 フィニスは困った声を出し、私をさらに抱きしめた。

 そのとき。

 ばさあ!! と天幕の入り口が開き、ルビンの大声が響き渡った。


「何を困ったのだ!? 困ったときには魔法使いだ!! 邪魔するぞ!!」


「帰れバカ」


 あ、フィニスの声、殺気立ってる。


「待て、まだ来たばかりだし、どっちにしろそろそろ帰る」


「殺すぞ。何か用か」


 フィニスは押し殺した声で言い、私を背中に隠してルビンと相対した。


「ふわわ……そ、その完璧に威嚇する目は初めて見たぞ、フィニス!! やはりお前は皇帝の器。凜々しく雄々しく獰猛だ!! しかし一応別れの挨拶くらいはしてほしい。『楽園』に帰ったら、またいつ出てこられるかわからんのだ」


 声だけで判断するに、ルビン、恋する乙女の顔になってるな。

 フィニスは相変わらず戦闘態勢だ。


「ならば手短に済ませろ。お前がしつこく『皇帝になれ』と迫らないようなら、手紙くらいは書いてやる」


「んんんんんん、手紙! ほしーーーい!! よーし、手紙のためにいい子で話を済ませるぞ。聖水の泉の場所を割り出したのは俺ひとりだが、帰ったらその痕跡は完全に消しておこう。泉の横にも魔法で経年劣化をさせた立て札に『楽園温泉はこちら』と書いておいたので、古い温泉が見つかったとして騎士団で運営してもいい」


「入場料を取るのはありだな。騎士団管理としておけば、暴れるやつや盗むやつも少なかろう。トラバントに相談する」


「そうしておけ。あとは――」


 その調子でどんどん喋り続けそうだったので、私は思わず顔を出した。


「ねえ、ルビン。フィニスと婚約者さんが結婚するのは、もう邪魔しない?」


「おわっ、セレーナ! そんなところにいたのか!? ぬぬぬ、あまりに推しに密着しすぎ……と言いたいところだが、貴様は布教神だからな。最前席をとるべきなのかもしれん!」


「最前席?」


 フィニスは首をひねり、私はうなずく。


「ありがと。それはそうと、結婚の話は?」


「結婚なあ。まあ、反対するにせよ、いきなり結婚控え室を水没させるようなことはしないと誓おう。もっと正規のルートは色々ある」


 ルビンは不満そうに顎をなでつつ、それでも譲歩してくれる。

 いきなりの暗殺からしたらすごい進歩だ!

 そうだよ、反対はしてもいいんだよ。フィニスの幼なじみなんだから、言いたいことは言えばいい。

 突然婚約者もろとも水没させよう、っていうその発想がおかしいだけで――んん?


 水、没?


「ルビン、水没って、なんのこと? いきなり式場を水攻めするの?」


「ん? ああ、いや、俺の攻撃魔法属性は『水』だからな!!」


「へ、え、あれ!? そうなの!? えーーーっ、そのうるさい顔で『水』魔法なの!?」


「うるさいって言うな!!『楽園』でも延々といじられ続けたんだぞ、そこ!!」


「あっ、それは申し訳なかった!! でも、水かあ……」


 私がうろたえていると、フィニスもフォローに入る。


「そこは間違いない。こいつ、ちゃんと魔法修業する前なのに洗面器一杯ぶんの水をどこからともなく出現させて、年上のいじめっ子を溺れさせかけたことがある」


「物騒!! うーん……」


 そうか、だったら本当に水魔法なんだ。

 私は戸惑いつつ、必死に考える。

 前世で私たちが死んだのは、魔法の炎によってだった、はず。

 だけどルビンの魔法は水。

 魔法技術で火を吐く装置は作れるだろうけど、ルビンのことだ。

 フィニスにとどめを刺すなら、自分の魔法を使いたがるんじゃないんだろうか?


 となると、私たちを殺したのは、ルビンじゃない……?


「それはそうと、いい天気だぞ。天幕になんぞこもってないで、外へ出てこい」


 ルビンが瞳をきらめかせて言い、天幕の外に出る。

 私とフィニスも顔を見合わせ、のろのろと外へ出てみた。

 むせかえるような、緑の匂い。

 騎士たちのざわめきが近くなり、ぽかーん、と頭上に青い空が広がる。


 しばらく空を見上げていると、こんがらがって興奮した頭も、ちょっとずつすっきりしてきた。

 色々あるし、犯人捜しは進んでない気がするけど、私はまだ生きている。

 フィニスも、ルビンも、騎士たちも。


 だったら、続けていくしかないんだ。

 フィニスがしあわせになる未来探しを。


「……まあ、また、頑張りますか」


「君はなんでもかんでも頑張るが、あまりひとりになるなよ。お前の盟約者を忘れるな」


 ぽすん、と頭に手を置かれ、私は自分の二の腕にある紐を思い出す。

 紐を巻いた場所から、じわり、と幸福がにじみ出した。


「はい。忘れません。――この命が尽きても、絶対に!」

ここで軽く一区切りとして、ラブとバカだけの番外編を挟んで新婚約者などの絡む話に入っていこうと思います。


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