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第3話 死に別れた推しと、十五年ぶりに再会します!!

「震えてらっしゃいますね、セレーナさま」


「うん。推しと同じ空気を吸ってるのが尊くて尊くて震えてる」


「またそんな寝言を言って……。起きてください! ほら、しゃっきりなさって!! あなたの念願の、黒狼騎士団本部ですよ、ここは!!」


 乳母に耳元で叫ばれて、私はようやく正気に戻った。

 危ない危ない、尊さのあまり立ったまま失神していた。

 軽く頭を振って見上げれば、そこには巨大な扉がそびえ立っている。真っ黒に塗られた扉の真ん中には、またまた巨大な狼の紋章。

 これぞ、帝国最強を誇る辺境騎士団、『黒狼騎士団』の紋章である。


「――ついにここまで来たって感じだね、乳母や」


 私がしみじみ言うと、前世ではとっくに死んでいるはずの乳母がすんすんと泣き真似をした。


「とうとう来ちゃった、の間違いですよ。明日はドレスを着てくださるかもしれない、明後日は女物の靴を履いてくださるかもしれない、そうやって望みを繋いで十五年。まさか男装で騎士団に入団されるだなんて! お育てした側からしたら悪夢です、悪夢!!」


「悪夢も毎日みたら慣れないか? 私がドレス嫌いなのは生まれつきだ」


「ええもう、そりゃあもう、赤ん坊のころからドレスを見せるだけで泣きわめき、いつの間にか脱走して男物の服にくるまっておられましたねえ!!」


「うん。そのうえ姫君教育の授業からはことごとく逃げ出して、図書室の本を読破した。あとは肉をむさぼり食って運動三昧。おかげで前世より……あー、えっと、母上より、大分背が高くなったのは嬉しかったな。代わりにウェストは太くなったけど」


「うぐぅ、矯正下着さえ着けていただければ、今からだってウェストも胸も作れますのに……」


「ないものを作って何が楽しいんだ? ないない、剣術には胸なんか邪魔なだけだ、いらないよ。それにしても乳母やは強情だね。親はとっくに納得してるんだから、乳母やも早く慣れたらいいのに」


 ため息まじりに言う私の服は、今日も今日とて男ものだ。

 胴体部分は星の文様を織り込んだ水色の生地、袖とぴったりしたズボンは品のよい光沢のある白。全体的に金銀をより合わせたモールで飾ってあり、羽織ったマントはすみれ色。

 銀髪のくせっ毛も顎の上で切りそろえてあるし、見た目は結構美少年だと思う。

 仕上げ、とばかりに吊られた剣帯には、『帝国』ではあまり使われないレイピアが下がっている。


 『推し』を守るため、今世では男装騎士として生きる! と決めて早十四年。

 前世の記憶を胸に突っ走る娘に、両親はわりと甘かった。


『この子は、本当は男の子なのかもしれんな。だんだんそんな気がしてきた』


『わたしもですわ。五人目の娘ですし、私、ひとりくらいは息子が欲しかったんです』


『いっそこのまま育てるか? 結婚はまあ、男装娘が大好きな相手もいるかもしれんし』


『あー。わかります。大貴族にありがちな趣味。そこ、狙いましょう』


 そんな密談の末、じゃ、そういうことで――となったらしい。

 皇帝を輩出したこともある公爵家がそれでいいのか、とも思うけど、あの人たちって結構そういうところがある。高貴だからこそさばけてるというか、ざっくりしてるというか。

 唯一強硬な乳母を前にして、私はしばし思案した。


「ねえ、乳母や。私を見て?」


「なんです、そんな、陸猫の子どもみたいなきらきらした目で見上げて。そんな顔しても私は騙されな、あっ、あっ、まあ、もったいない、ひざまずくだなんて、あっ、しかも、この汚い手にキスだなんて!」


 私が完璧な騎士の作法でひざまずいてキスをすると、乳母はめちゃくちゃうろたえた。

 老いた顔がすっかり夢みる乙女に戻ったのを見て、私は内心大きくうなずく。

 わかるよ、乳母や。

 今の私は見るからに白皙の美少年。

 そして何を隠そう、乳母やは大の少年好き。

 どれだけ怒っていようと、悲しんでいようと、私が乳母やを姫君扱いするとぱっと機嫌を直してしまう。私はその気持ちを知っている。

 『萌え』だよね。

 わかる。わかるよ、私は少年は守備範囲外だけど、『萌え』の強烈さだけはよーくわかる。

 溢れる共感を胸に、私は乳母の手をさすった。

 乳母がとろんとろんになったところで、ごほん、と咳払いの音が響く。


「……で、そろそろご案内していいですかね?」


「もちろんですとも。よろしくお願いいたします」


 私が即答して立ち上がると、疲れ顔の騎士たちがうなずいた。

 やりとりの間ずーっと辛抱強く待っていてくれた騎士はふたり。どちらも赤と黒の軍服をまとっており、背には狼の紋章が刺繍されていた。

 

「アストロフェ王国、メルクア公爵家ご息女、セレーナ・フランカルディさま!」


 私の紋章官の囁きを受け、騎士たちが呼ばわる。

 同時に漆黒の扉が開いた。

 きぃ――と思いのほか静かな音を立て、視界が開ける。

 扉の向こうは大理石張りの細長い部屋だ。両側の壁はすべて本棚。正面の壁の高いところには十字の剣をあしらった丸窓。窓の下には巨大な軍旗が垂れ下がり、そして。

 

 あなたが、いた。

 執務机の前で、牛ほどの大きさの黒狼を傍らに添わせ、たたずんでいた。

 私の、婚約者。

 いや、元、婚約者。

 私の――。


「私の推し!! 実在したーーーーッ!!!!」


 積もりに積もった本音が口からほとばしる。

 その声はびっくりするほどよく響き、執務室は「えっ……何?」みたいな空気に包まれたのだった。


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