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第28話 結局温泉に入るんですか!?

「萌えに関してはセレーナが詳しい。うまく説明してやってくれないか?」


「わ、私!? え、えーっと」


 いきなり話をふられて、私は大混乱だ。

 今までさんざん大声で『萌え!!』って叫んできたけど、説明って難しいな!?

 しかも、ルビン相手に?

 激重巨大感情をフィニスに向けてるルビン相手に、この、私が?

 

「た、多分なんだけど……、萌えっていうのは『情熱』の一種で、『推し』のすべてに心乱されて『好き!!』と叫び、勝手にしあわせになる状態のことだと思います」


「……なるほど。確かに、そういう気持ちは俺にもある。しかし、推しがこっちの手を取ってくれなかった場合はどうするんだ」


 ルビンは案外真面目に訊いてきた。

 でも、その発想はなんか違うな!?

 私はあわあわしながら叫ぶ。


「推しに手を取られたら困るでしょ!? 恋人じゃないんだから!!」


「恋人ではない、そのとおりだ、いや、しかし!」


「推しはどこかでおいしいご飯食べて、あったかい布団で寝て、しあわせに生きてくれたらそれでよくない!? 私たちは恋人じゃなくて、壁とか、天井になるんだよ!!」


「壁とか、天井に!? こわっ!!」


 ルビンは本気で震えている。

 いや、その、そうじゃなくてね!?


「違う違う、実際に漆喰に塗り込められなくてもいいの。気持ちの問題。壁や天井に手足はないじゃない。だから、推しに抱きつくことも抱かれることもないけど、代わりに絶対に傷つけることもない。

 ただひたすらに、空気みたいにそこにあって、泥棒や雨風の盾になる……そういう存在になるのが、『萌え』て『推し』てる人間の理想なんだよ!!」


「な、なんと……なんと、禁欲的な思想なのだ、『萌え』ッッ!!」


 ルビンがうなり、両目からぶわっ! と新しい涙が飛び出す。

 伝わった、ってことなんだろうか?

 どきどきして見守る。

 彼は地面に正座して、何度かうんうんとうなずいた。


「貴様の覚悟、高潔な意志、びしばしと伝わってきたぞ、セレーナ。貴様は今まで、そんな覚悟でフィニスの傍らにいたのだな……!!」


「ルビン、わかってくれた……?」


「セレーナ……!!」


 ルビンが深くうなずいたので、私は思わずその手を握りしめる。

 ばちばちっと視線が合い、私たちはうっかり魂で語り合った。


 ――おかしくなっちゃう気持ちもわかるけど、フィニスさまは、なんていうか、ラブより、萌えだよね。


 ――わかるぞ。恋愛じゃないのに変だなーとは思っていた。宇宙の法則を乱すこの思い、この心の名は、萌えだったのだ。


 ――やっばいのー、こやつらいきなり人間同士で通心術をマスターしておる。いくら聖水の泉の前とはいえ、聖水の力はほとんどわしが吸っちゃっておるというのに。軽率に奇跡起きとるの~。


 シロのぼやきを聞きつつ、私は口を開いた。


「ルビン。私たち、同志だよ」


「同志、その甘美なる響きよ。不思議だ、みるみる空っぽの体が満たされてくる。この感覚、一体何年ぶりであろうか? フィニスを誰かに奪われることを考えると、俺の心は荒れ狂った……。しかし、どうだ?『萌え』の心を学んだ今は、同志の存在で歓喜に魂が打ち震えているではないか! 俺たちの推しは宇宙一!

 フィニスの玄関マットに、俺はなる!!」


「いきなりレベル高いところにいったね!?」


 私が怒鳴っていると、すすすす、とフィニスが視界に割りこんでくる。


「話は済んだようだな。よし、ふたりとも離れようか」


「えっ、でも私、これからルビンにフィニスさまの幼少期について根掘り葉掘り聞く予定ですので」


「そうだぞ、フィニス。俺もこれから、騎士団内でのフィニスについて一から百まで聞く予定なのだ。お前はそのへんでしあわせに温泉でも入っていてくれ」


「……おかしくないか? お前たちが萌えているのは、わたしなのでは?」


 どこか憮然として腕を組むフィニス。

 はあ~~……。いいね。いい。不機嫌フィニスも完璧に格好いい。

 格好いいうえにちょっと幼いところもいいね!!

 完璧な成人男性が見せる少年み、その未成熟な魂の欠片を見せつけてくる危うさとはかなさのマリアージュ!! そんなところから推しの過去に思いをはせるのもまたよし!!

 ――でも。


「申し訳ありません。フィニスさまは最高至高完璧絶対強者萌え萌えご本尊なんですけど、でも、それでも、同志との萌え話はかけがえのないものなんですっ!!」


「ええー……」


「あーーっ、だったら俺も入れてくれよー! フィニスさまの騎士団内でのことなら一番詳しいぜ! フィニスさまが、うっかり陸猫の子ども拾っちゃって顔だけ冷静なままめっちゃ右往左往したときの話とかする!?」


 すかさず割りこんできたザクトに、私とルビンは真顔で叫んだ。


「「聞きたーーーーーーーい!!!!」」


「そんなもの、直接わたしから聞いたらいいのに……」


 ――セレーナちゃんや。萌え話が長くなりそうだから、ちょいと爺の話を先に聞いてくれんかの。


 ――シロ? どうしたの?


 私が顔をあげると、シロは聖水の泉のほうを見た。


 ――泉のことじゃよ。わしが復活に大分力を使ったとはいえ、まだ多少原初の魔法力が残っておる。このまんまにしておくと、ルビンなり、他の魔道士がいらんことを考えるんじゃないかと思ってのー。


 ――そっか。ここを立ち入り禁止にするか、泉の効力をなくしたりはできないのかな。


 ――ふぅむ。もう人間が水を浴びても気持ちいいだけのレベルにはなっておる。俗世のギラギラな欲望を浴びせかければ魔法力だけ蒸発しちゃうけど、セレーナちゃんたちの『萌え』は割と崇高なんじゃよな。


 俗世のギラギラな欲望、か。

 私は改めて辺りを見渡した。

 ザクトとルビン、フィニス。その向こうには、心配顔のジークと、その他騎士と、従者たちも全員居る。


 ここは、あれだな。

 ……うん、あれだ。


 自分との脳内会議を終えた後、私たちは騎士たちに向かって叫んだ。


「みんなー、私たちだけで盛り上がっててごめんね!! 噂の温泉地はここです!!」


「セレーナ?」


 怪訝な顔をするフィニス。

 私は気にせず叫んだ。


「しかもここはこの竜の管理する魔法の温泉! 入ると、男女関係なく、好きな相手に、めーーーーーっっっっっちゃ、もてる!! そうです!!」


「「「「「おお……おおおおおーーーーーー!!」」」」」


「魔法の力は早い者勝ち! どんどん薄まるよ!!」


 私が怒鳴り終えるが早いか、騎士たちは地響きを立てて次々泉に飛びこんだ。


「ひゃっはー、きもちいーい!!」


「もてたい、もてたい、もてたい、もてたい……」


「もてるのはともかく、お金持ちに好かれてめっちゃお金もらえたりしないかな~」


「ひっ!! 聖水の魔法力がぐんぐん減っていっているぞ!!」


 泉に浸かる騎士たちを眺めて、ルビンが引きつる。

 私はちょっと感心してしまった。


「さすがルビン、そんなことまでわかるんだね!」


「……セレーナ、貴様、なんというか、色々底知れぬ女だな」


 ルビンがおびえた目でこっちを見るので、私はあははと背中を叩く。


「いやいや、私はただの萌えやすい一騎士だよ。ね、フィニスさま? ふぃ、フィニスさ、ま……?」


 振り向くと、フィニスは半裸だった。


 はんら。

 はんぶん、はだか。


「ちょっとわたしも温泉入ってくる」


「死」


 私はその場にぶっ倒れ、ザクトとルビンが支えてくれる。


「せ、セレーナ!! ここで死ぬんじゃねえ、セレーナ! せっかく死ぬなら全裸を見てから!!」


「そうだぞセレーナ、俺たちをここまで萌えの深みに落としておきながら、ひとり幸福死するとは卑怯なり!!」


 ふたりの叫びは確かに聞こえていたけれど、でも、ねえ。

 半裸。

 しかも、軍服の半裸はさ……。

 全裸より、えっちなわけよ……。


 死。


「「せ、セレーナー!!」」


 そろそろ明け方にさしかかった空にルビンとザクトの声が響き渡り、私に、半裸の先を見る勇気は湧いてこなかった――。


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