第26話 かわいいおじいちゃんキャラはありですか?
「は、はああああああああ!!?? り、竜!? 我々が唯一合成できなかった、伝説の魔法生物の、竜!? そ、そんなものがこんなところに……!!」
ルビンが叫ぶ。
私は叫ぶどころじゃなかった。
ぽかん、と口を開けていると、ムギが音もなく傍らにやってくる。
――無事か、セレーナ。
「無事……うん、体は、完璧に無事……。それにしても、竜って。ムギは知ってたの?」
――見ればわかる。
「マジで!?」
――いや、ちょっと盛った。わたしは生まれつき、人間や魔法生物の心が読めるから気づいたんだ。気づいていない黒狼もいるよ。シロはおそらく、何らかの理由で黒狼の巣に紛れこんでいた個体だろう。たまにそういうことは起こる。
ひとや魔法生物の心が読める。それってつまり、シロの心も読めたのかな。
さらっと言われたけど、ものすごい能力じゃない?
びっくりしつつも、私は少し納得もしていた。
「……そういえばムギって、いつも周りの空気読んでたもんね。狩りの時も絶妙な位置にいるし、すごいなって思ってた。読んでたのは空気じゃなくて、みんなの心だったんだ」
――おや、気づいていたのか。敏いね、セレーナは。おそらくこれは、本来の魔法生物なら皆持っていた能力だ。魔道士がわたしたちを合成するときに、都合が悪いから奪った力。……わたしには、偶然残った。
「そっか。他の狼たちとは、こうやって話せたの?」
――いいや。ここは特別だ。聖水の力が強いから。
「そっか。じゃあ、ずっとひとりで、さみしかったね」
こんな時だけれど、私はしんみりしてしまった。
相手の心が読めるだけで、こちらの心を伝えるすべはないとしたら。
それはとってもとっても、さみしいことだろう。
耳の後ろをもふもふしてあげると、ムギは気持ちよさそうに目を細める。
――セレーナは優しい。だから、彼もセレーナのことが好きになった。
「彼」
――目の前の。
「やっぱり……シロか……」
私はおそるおそる、巨大化したシロを見上げる。
竜は超然とした瞳で私たちを見下ろしていた。
そしてルビンは。
ルビンは……這いつくばっていた。
「竜ーーーー! 頼む、生体標本を採らせてくれー!! 俺は、初めての竜を合成した魔法使いになる!!!! そして神話にな……!!」
そこまでで、竜がぱくっとルビンを口の中に入れる。
「あっ」
――あっ。
私とムギが同時に声を上げる。
竜はルビンを含んだ口をぴったり閉じたまま、心の声で言った。
――はー……うるさいわー。うるさかったわー。まっこと、古来より魔道士というのはめちゃうるさいもんじゃよなあ。わし、同じうるさいならセレーナちゃんの萌え話を聞いとるほうが気分がいいんじゃ。なんつーの。若さ浴びてるぅーーー、若返るーーーって感じ?
感じ? って言われてもな。
思ったのと大分違うシロの様子に、私はあっけにとられる。
すると、竜は急にシリアス顔に戻って訊いてきた。
――で、セレーナよ。この魔道士をどうしたらいいと思うんじゃ? わしはどっちにしろ殺されるわけがないんでええんじゃが、セレーナちゃんを殺そうとしたのは許しがたいのー。わし、セレーナちゃんファンだからの。
「えっと……シロ……あなた……おじいちゃんだったんだね……?」
――まずはそっちか? いやまあ、そりゃそうじゃわ。マジ竜じゃもん、わし。太古から生きとるわ。最近は空気が悪いからのー、無力でちっちゃい毛玉になって省エネな生き方しとったんじゃが、聖水のおかげで大分復活したわ。……で、どうする?
「おじいちゃん、おじいちゃんかあ。白くてふかふかでちっちゃいおじいちゃん……」
考えこむ私。
ムギが心配そうにのぞきこんでくる。
――セレーナ? 大丈夫か?
「大丈夫。『かわいい+かっこいい+おじいちゃん萌え』、そういうのもありかなって、今脳内会議してた」
――セレーナ……。
「ムギ、しょんぼりしてる? そっちこそ大丈夫?」
――んんんー、なんじゃー、結論出ないのかのー。そしたらあれか、結界壊してフィニスを呼ぶか、フィニスを。もとはといえば、あやつとこやつのすれ違いであるからのー。ほいさっ。
竜はばさり、と巨大な翼を鳴らした。
途端に風が湧き上がり、辺りの異臭とよどんだ空気を吹き飛ばす。
風が森まで届いたとき、きーん、と耳に響く不思議な音がした。
これが、結界の壊れる音なんだろうか?
ほどなく、森の方から多人数の足音と声が聞こえてくる。
「セレーナ……!!」
「ムギ~~! 聞こえたら返事して!」
フィニスと、ジークの声だ!
「フィニスさま!! 私、ここです!」
「うぉんうぉん!!」
私とムギが答える。
ほどなく、森からフィニスを先頭にした一団が現れた。
「セレーナ、ムギ、心配したぜっ……えっ」
ザクトはシロを見た瞬間、びしっと固まる。
だよねー、びっくりするよね。
そんな中、フィニスはざくざくこっちにやってくる。
「セレーナ、無事で何よりだ。シロはどうした」
フィニスが私の手を取る。
とっさに戸惑ったけど、私は彼の手を握り返した。
「フィニスさま……百年ぶりにお顔を見たような気分です。シロは……あの、これです。竜になっちゃいまして」
「そうか」
「……あんまり驚かれないんですね、フィニスさまは。さすが私の推し」
「思考停止して衝撃を受け流すのは割と得意だ。ちなみに、ルビンも野営地から消えていたんだが、一緒ではなかったか」
「一緒ですよ! 私とシロのこと殺そうとしたけど、今はシロの口の中です」
「そうか」
「思考停止してます?」
「してる」
フィニスは即答し、私の手を取ったままシロを見上げた。
「口の中のそれですが、そのまま食べていただくわけには……?」
――いやじゃ、こんな世俗にまみれた汚いもん食いとーない。それより人間は人間同士、とっとと話し合ってどうにかせい。
シロはきっぱりと言うと、べろんと地面にルビンを吐き出した。
「うぅわ、どっろどろ!!」
気を取り直したザクトがドン引きし、ルビンは四つん這いで何度か咳きこむ。
ルビンの目は案外きらきらしている。
「すごい、すごい経験をしたぞ……! それに生体標本採り放題だった!! やった、これで俺は、世界を手に入れる!! おおっ、しかも、そこにいるのはフィニスではないか!! どうか俺の手をとってくれ! 今からでも遅くない。この聖水の泉の前で神話を作り、皇帝と大魔道士として世界を作り替えるのだ!」
「嫌だ」
「軽く幻聴が聞こえたな。魔法生物の唾液の影響か?」
首をひねるルビンに向かって、フィニスは一歩前に出た。
私の手はつかんだままだった。
私はとっさに、もう一度、フィニスの手を握り直した。
フィニスは優しいひとだから。
多分、これから彼が言うことは、彼自身を傷つけるから。
フィニスは静かにルビンを見つめて言う。
「ルビン。私はあの日、嘘を吐いた」




