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第25話 私とシロの、絶体絶命大ピンチです!

「ムギ!!」


 私は思いきり呼んだ。

 ムギ。

 それは、ザクトの盟約者、ジークの狼の名だ。


 ぐるる、と低いうなりで答え、ムギが結界内に飛びこんでくる。


「何!? うおっ!!」


 ルビンは、横っ腹にムギの頭突きを受けた。

 吹っ飛ぶルビン。シロが投げ出され、岩場をぽんぽんと転がっていく。

 ムギが素早く駆け寄って、シロの首を優しく噛んで拾いあげた。


「ムギ、ありがとう! 私のことはいいから、そのままシロを守ってあげて!」


 私はほっとして叫ぶ。

 ムギは目を細め、心の声で言う。


 ――わかった。だが、気をつけて。ここにはルビンの結界が張ってある。わたしが入ってこられたのは、魔法生物だったうえ、君が呼んでくれたからだよ。


「なんとなくわかってる。でも、その話はあとで」


 私はつぶやく。

 ルビンは起き上がろうと、もがきながら叫んだ。


「やめろ!! そいつは初めて見る珍種なんだ、よせ!!」


「そんなこと言ってる場合? こっちに壁の花がいるの。相手にしてよ」


 私はちょっとだけ笑ってレイピアを抜く。

 一歩、二歩踏みこむ。

 ルビンは足を滑らせ、よたつき、必死に避けた。


「うわっ、ひっ、あがっ!! け、結界内なのに、なんで剣が振るえる!?」


「そりゃ、魔法剣じゃ、ないからだよ!」


「はあああああ!? 筋肉おばけか、お前! うわあっ!!」


 叫んだ直後、ルビンは岩に引っかかってすっころぶ。

 がら空きになった彼の背中に、私はレイピアを押しつけた。


「はい、詰んだ。とりあえず、魔法の結界を解いて。ここにフィニスさまたちが来られるようにして。あなたたちに必要なのは本音の話し合いだよ。幼なじみなんでしょ?」


「本音の話し合い? そんなものが今さらなんになる。俺たちは、幼なじみで……そうだ、今も昨日のことのように覚えているぞ。あの館で迎えを待っている間中、俺は、俺たちは、この世界を変える話ばかりしていた。あの気持ちは変わらない……絶対に、永遠に、変わらない」


 刻みつけるような声だった。

 私に話しているっていうより、独り言みたいな。

 なんでだろう。ぞわっとして、私は震える。


 そのとき。

 ルビンが急に振り向く。


「危なっ……!」


 私は、とっさにレイピアを引いてしまった。

 ぎら、と何かが光る。


「――だから、お前は邪魔なんだ、『二度目』。二度生きたくらいで、俺たちに割りこむな」


 ルビンはうっすらと笑っていた。

 その手には、銃がある。魔道士にのみ許された魔法の武器が、こちらを向いている。

 さっき光ったのは、銃口だ。


 ――私、死ぬ。

 

 そう思ったとき、ルビンが引き金を絞る。

 同時に、ルビンの手に白いものがぶち当たった。


「えっ!?」


 つぶやいた途端、 ぱんっ!! という乾いた音。

 私の頬を熱いものがかすめる。


 ――すまない、セレーナ。振り払われた。


 焦っているムギの声。

 やっぱり、さっきのはシロだ。

 私が撃たれる直前に、シロがムギを振り払ったんだ。

 そして、ルビンの銃を持った手に体当たりして、弾が外れるようにしてくれた。


「くそっ、放せ!!」


 見れば、シロはまだルビンの手に必死にすがりついている。


「シロ!! シロを放して!!」


「アホか!! すがりついているのは、この毛玉のほうだ!! いいかげんに、しろ!!」


 ルビンはすさまじい形相で怒鳴ると、シロを聖水の泉にたたきこんだ。


「嘘……!! シロ、シロ!!」


 叫ぶ私に銃口を向け直し、ルビンは歯ぎしりをする。


「お前のせいだぞ、セレーナ! せっかくの珍種の黒狼だったのに、お前なんぞが手懐けるから死ぬはめになったのだ!」


「シロは関係ないでしょ!? ルビン、頼むからシロを助けて! ムギ、ムギは? どうにかならない!?」


「ばーか、もう死んどるわ。黒狼は太古の魔法生物を手本にして、我々魔道士が合成したものだ。聖水の原液には耐えきれん。魔法力が溢れてはじけ飛んだだろ」


「……ルビン……あなた…………なんて、なんてことを!!」


 くらくらするほどに頭の芯が熱かった。

 剣の柄を握る手が熱かった。

 

 ころしてやる。


 生まれて初めて、その言葉が胸で弾けた。


 ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。

 繰り返しながらレイピアを握り直す。

 と、ムギが酷く冷静に囁く。


 ――何が珍種だ。お前の目は節穴か、ルビン。


 ――……ムギ?


 どうしてそんなに落ち着いてるの?

 シロが、死んだのに?

 驚きと、違和感。

 私は少し我に返って、聖水の泉を見る。


 ぽこり、と、泡が浮かんだ。


 次の瞬間、聖水の泉から、鮮やかな水色の水柱があがる!!


「うわっ!? な、ななななな、なんだ!?」


 ルビンが目を白黒させている背後に、どこまでも、どこまでも高く、水柱は伸びていく。

 ぼたぼたと彼の上に聖水の雨が降り、そして……『それ』は現れた。

 それ。

 泉の真ん中にうずくまる、白くて、もふもふの……。

 も、もふもふ?

 もふもふではあるね、確かに。

 いや、でも、その。


 でかすぎない……?


「は、はわ……はわ……!? こ、ここここここ、これは……!?」


 振り返ったルビンが、真っ青になって固まる。

 私も、ぼうっとしてしまった。

 目の前にいるのは、のけぞるくらいに見上げないと目が合わない、巨大なもふもふ。

 全身が輝くような白い毛に覆われており、その体を包むように白い大きな羽が生えている。優美な長い首のてっぺんには、すっきりと長い頭があり、長いまつげの下に人間の拳ほどもある真っ青な目がはめこまれていた。


 私は、のろのろとつぶやく。


「どこからどう見ても、これ……竜だね……?」

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