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第21話 野外料理と萌え飲み会、のはずでしたが!?

「ふわわわわ、お、おいしーーーい!!」


「だろー!? 俺の料理の腕は、野外でこそ冴え渡る!!」


 ザクトがきらめく笑顔で言う。

 私は鹿の串焼きを頬張りながら、必死にうなずいた。


「最高だよ!! 新鮮な赤身の肉が信じられないくらいやわらかーい……! ともすれば淡白になりがちな鹿肉だけど、脂身と香味野菜とぶどう酒を煮詰めて血を混ぜたソースが濃厚にお肉に絡んで、淡白さを補ってあまりある!

 香りもいいよね、直火焼きの肉の香ばしさとソースの甘酸っぱい香りの調和はまるで巨匠の室内楽……うっとりと酔いしれてるうちにお肉本来の奥深い旨味が滲み出てきて、脂っぽさを洗い流していく……」


「感想、長っ!! 食通皇帝に仕官したらめちゃ出世するやつじゃねーか!」


「つまりは最高ってことだよ! は~、運動したあとのお肉、最高! お嬢さまやってたときの狩りとは全然違う!」


 私は歓声をあげ、ふたたびとろんとしたソースの滴る肉にかぶりついた。


 黒狼騎士団の山中行軍訓練は最初の夜を迎えている。

 途中トラブルもなく、陽が落ちる前に野営地に到着。付近の森で灰色大角鹿を仕留め、天幕を張り、たき火を囲んで、楽しい宴会に突入したところだ。


「ザクト隊長の料理は確かに味がいいが、獲物を獲ったのはこの俺と狼のハナハナちゃんだ! もっと褒めてくれてもいいんだぜ!!」


「ヴルル!」


 大柄な騎士と巨狼が主張するので、私はうなずく。


「えらい!! 最高!! 仕留め方と血抜きの仕方から最高だからこその、この臭みのなさ! もはや奇跡だよ、ふたり揃って狩りの天才だよお!!」


「えへへ、そーかそーか! よかったなーハナハナー!!」


「きゅーん」


 騎士はへにゃりと笑ってハナハナに抱きつき、ハナハナは目を細めて尻尾をぱたぱたさせている。

 狼さんたち、かわいいなあ……!

 前々からかわいいとは思ってたけど、野外に出てのびのびしてる狼さんたちはいつもの五割増しくらいでかわいく見える。

 ザクトも、肉をほおばってうなずいた。


「ハナハナは狩り上手だよな~! ジークのムギとか、もの捜し、ひと捜しは最高に上手いけど、狩りとなるとぴくりとも動かないもんな! なあ、ジーク?」


「ザクトにはそう見えるんだろ」


「見えるも何も事実じゃねーか、事実!!」


 けらけらとザクトが笑い、ジークは素っ気なく肩をすくめる。

 うーん、あのふたりっていつもこんなだけど、上手くいってるのかなあ。

 ちょっと心配になりつつ、私はさりげなーく話を逸らすことにした。


「そもそも、黒狼さんたちってみんな信じられないくらい優しいよね。自分たちは光とか水とか土から栄養取れるのに、人間のために狩りまでしてくれるんだもん。あっ、ちょっと、シロ、もちろんシロが一番かわいいよ! 忘れてないってば!」


「きゅん!!」


 他の狼の話ばかりする私に腹を立てたのか、忘れないで! とばかりにシロが顎を舐めてくる。私がしっかり抱き直して眉間を指でこすってやると、シロはすぐにへにゃんと溶けた。


「んふふ、この、わかりやすい奴め。そういうところもかわいいかわいいかわいい!」


 私がめちゃくちゃにシロを撫でているうちに、辺りの空気がなんとなくゆるむ。

 やがて、食事を終えたザクトが立ち上がった。

 たき火をぐるっと回って私の後ろに周り、こそこそ囁きかけてくる。


「なー、セレーナ。この後ってすぐ寝るか?」


「そうだね、正直結構疲れたし、明日もあるし。ザクトは?」


「俺はね、料理に使ったぶどう酒、結構残してあんの。もしよければ、あれ、やらない?」


「あれって……あれだよね」


 ぴん、と来た私は囁き返す。

 ザクトも、にやりと笑った。


「俺たちふたりがやるあれっていったら、あれよ」


 あれ。

 つまり、野外でこっそり、お酒飲みつつ萌え語りだ!!

 いつもは別室だし、食堂や廊下じゃ人の耳がある。

 だけどここは山の中! どこにだって死角があるし、ちょっとくらい羽目を外すのも許される! 

 私は鼻息荒くザクトの手を取る。


「ザクト……!」


「セレーナ!!」


「……ん?」


 しっかと手を握り合った私たちだが、どうもまた、冷たい視線を感じる。

 辺りをきょろつくと、ジークの狼と目が合った。

 ひたすらに思慮深そうな目。

 何を考えているか、見当のつかない目。

 ジークとよく似た、目……。


「取り込み中すまないが」


 不意に低い美声が響き、私は座ったまま少し飛び上がった。


「フィニスさま! どうされましたか!?」


「全然取りこんだりしてませんよ、ほんとです!!」


 ザクトも真っ赤に頬を染めて言い、フィニスを見上げる。

 フィニスは今日も完璧に美しかった。

 きらめく星空を背負ったまま、フィニスはザクトの顎をついっと人差し指で撫でる。


「そうか。ならば、わたしの盟約者を借りていっていいか?」


 びきっ、と固まったザクトの耳に、冷たいフィニスの囁き。


「はひ……はい。はい、もちろんですとも……っっっ!!」


 ザクトの声がみごとにひっくり返った。

 これは腰が砕けたな。

 うらやましいけどうらやましくないな。

 私だったら心臓止まる自信がある。


 ……いや、違う、そんなこと冷静に考えてる場合じゃない!!

 これから借りて行かれる盟約者は私!

 フィニスに借りて行かれて、どうなるの?

 どうするの、私!!

 生きて帰れる自信が無い!!


「えっ、あっ、待って、ザクト、私の心臓が……!!」


「いい死に目を見ろよ!!」


「この、裏切りものーーーーーー!!」


 悲鳴もむなしく、私はフィニスに二の腕を掴んで立たされてしまった。


「こっちだ。来い、セレーナ」


「はい。はい、ちょ、ちょっと待ってください。すー、はー、すー……はい、整ってきました。で、その、どうかなさいましたか?」


 よたよたと森までついていく。

 肩で息をする私に、フィニスは端整な横顔をさらして言った。


「ルビンが急な運動ですっかり参っている。今は天幕で寝ていて、食事も要らないと言うが、さすがに倒れられてはまずい。どうしたらいいと思う?」


「あ、なるほど。そうですね……。あの補整下着みたいな帯をほどいてあげて、あとはスープに少し押し麦かちぎったパンを入れて煮たのを食べさせてあげたらいいと思います。肉が苦手な貴族の女性は、大体そういうものと果物で生きているんです」


 なんだ、そういうことか。

 騎士団って基本体力自慢の人間しかいないから、ルビンみたいなひとの扱いに困っているんだろう。

 ちょっとほっとした私に、フィニスはかすかに微笑んで見せた。


「すぐに命じよう。お前はなんでも知っているな」


「は、はわわわわ、はわ、そんな、まさかですよ! 私は何も知りません。さっきもザクトに、天幕の張り方を色々教えてもらったんですよ。紐の結び方にも色々あるんですねえ。私、なかなか覚えられなくて。寝る前も練習しようと思ってて、」


「ひとつ、訊いてもいいか」


「えっ」


 いきなり話を断ち切られ、私はびっくりしてしまった。

 フィニスは礼儀正しいひとで、今までそういうことはめったになかったからだ。

 なんだろう。何を訊きたいんだろう。

 どぎまぎしつつも、私はうなずく。


 フィニスはあらためて、私に向き直った。


「どんな答えが返ってこようと、罰するつもりはない。ただ、盟約者として訊きたいから、訊く。――お前は、ザクトのことが好きなのか?」


 ああ、どこまでも物憂げな推しの顔も最高で……え……あ……?


 ……はい????

 今、なんて??

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