第20話 おんせ――じゃなくて、山中行軍訓練です!
「本日の訓練は、軽装鎧での山中行軍訓練である!!」
「「「はいっ!!!!」」」
「おい」
「東部国境には山岳地帯が広がり、特にカグターニ大公国との国境には竜歯列山脈が横たわっている! 山岳地帯での立ち回りを日々訓練することは、東部国境守護者である黒狼騎士団の、大切な責務である!!」
「「「はいっ!!!!」」」
「……おーい!!」
「今回の訓練でもっとも成績優秀だった者には、わたしから『頑張ったねメダル』と、三日間の特別休暇を与える。各自、張り切って責務を果たすように!! 日が傾く前に、第一の野営地を目指す。それでは、出発!!」
「「「おおおおおおおおーーーーー!!!!」」」
「いいかげんに、俺の話を、聞けーーーーーッ!!」
ルビンは声をからして叫んだが、騎士たちはどっと駆けだしていく。
今回の訓練に参加するのは、フィニスとルビン以外には騎士五名、従者六名だ。
騎士は鎖帷子に胴衣という軽装鎧ではあるものの、今回は従者の数が少ないので騎士も荷物を背負う。かなりの重量を抱え、それでも騎士たちは元気いっぱいだ。
「久しぶりの山中行軍訓練だなあ! 天気がよくて最高だぜ!」
「おやつは揚げパンらしいですよ、揚げパン!」
「メダルはセレーナかザクトに譲るとしても、休暇は欲しいよなあ!!」
「えっ、待て待て、なんでおやつと休暇の話をしながら全速力で駆けていく? 普通、魔道士がこれだけ叫んだら、話を聞くのが常識だが!?」
真顔で突っこむルビン。
その背をぽん、と叩いて私は笑う。
「ルビン猊下、私たちも行きましょ! フィニスさまのメダルは前世からの執着執念全身全霊注ぎこんで私がゲットしますけど、最下位だと野営する場所が平地じゃなくなったりしますよ!」
「お前の手作りメダルとかいうガラクタに賭ける執念が怖い。そもそもそ魔道士にこのような訓練など必要ないのだ。一体どこから訓練などという話になった? 俺はのんびり温せ――むぐっ!!」
おんせ――なんだろう?
ルビンが言い終える前に、フィニスがその口を塞いでしまった。
彼の金の瞳がぎらりと光る。
「――猊下。口に出してはいけない『その言葉』を言おうとされましたね?」
「むご、む、むぐっ、ぷはっ!! えっ、こわい。なに、その禁忌魔法みたいな扱い。『その言葉』って、ただの温――むぐぐぐぐぐ!!」
「頭脳明晰な魔道士さまにしては物わかりが悪いようですね。『その言葉』は我が騎士団では禁句となったのです。団員の、命に関わりますので」
……??
…………????
地を這うようなフィニスの声はめっちゃかっこいいけど、『その言葉』って、何?
私は隣のザクトにこそこそ訊いた。
「ね、ザクト。『その言葉』って何? これってただの訓練だよね?」
「ん? あー、まー、そゆことにしといたらいいんじゃね? 『その言葉』については、お前は知らないほうがいいよ」
「待って、気になるんだけど!! ザクトは知ってるのに、なんで私は知らないの!?」
そんな言い方をされたら気になっちゃう。
焦る私に、ザクトは難しい顔で語ってくれた。
「じゃあ、ギリギリのところまで教えてやる。……お前は昨日『その言葉』にまつわる妄想の衝撃で気絶し、起きたときには『その言葉』のことだけを忘れていたんだ……」
「き、記憶喪失!? 私が!?」
「そう。そのとき、俺たちは悟った。『その言葉』は、お前にとっては過激すぎたんだ、と。……いいか、セレーナ。俺も身に覚えがあるけど、萌え気絶は体に悪い。無理に思いだそうとするな。『その言葉』は俺たちの団では永遠に封印された」
「私の萌え気絶のせいで永遠の禁句が!? ちょ、そんなの申し訳なさすぎるよ!! 駄目だって、私、絶対に思い出すから。思い出す、思い出す、思い出す、全裸。……ぜ、全裸!? 今ぽろっと口から出たけど、全裸って何!?」
「だーかーら!! めんどくさいから忘れてろって言ってんだろーが!! 俺だって恥ずかしいから詳しく説明したくねえんだよぉ!!」
ザクトは頭を抱え、私は途方に暮れてしまった。
なんなんだ、全裸。
なんなんだ、『その言葉』。
私とザクトがわいわいやっていると、ルビンが私を指さしてフィニスに怒鳴る。
「絶対おかしいだろ、お前の盟約者!! そもそも俺はただバカンスに来ただけなのに、どうしてこんな筋肉行事に巻きこまれているのだ? そもそもなんで騎士どもは、山を走って登るんだ!?」
「セレーナはちょっと癖があるだけで立派な騎士ですし、山は走って登るものです。大丈夫、あなたのようなひょろひょろ魔道士でも、我が騎士団と共にあれば一ヶ月で体の基礎はできます。――さ、走る!」
「くそーー、俺を誰だと思ってる!? 魔道士をこんなふうに扱うなど、ふ、は、ちょ、ま、待ってぇぇぇぇ!! 捨てないでーーーー!!」
涙声になりながらも、ルビンはフィニスと共に頑張って走り出した。
なんだかんだで、彼って結構真面目なひとだな。
私は軽くザクトの袖を引いた。
「ね、ザクト。ルビンさまって最初はむかついたけど、今はちょっと許せる気がしてる」
「わかるぜ。ルビンさまに塩対応するフィニスさま、最高だもんな」
深くうなずいてザクトが答える。
私はがしっとザクトの手を取った。
「そこーーーーー!! 推しの塩対応!! ご褒美!!!!」
「なーーーーーー!! 冷淡美麗な塩対応!! 未来永劫、安全圏から見守りたいぜ!!」
「この打てば響くような萌え同意! ザクト、大好き!!」
「生まれて初めて感じる仲間意識! セレーナ、愛してる!!」
「いざというときの看病は任せて!」
「お前も萌え気絶はほどほどにな!」
私たちは感極まってぎゅうっと抱き合う。
ふたりの間でちょっとつぶされたシロが、不満の声をあげた。
「きゅう!」
「あ、シロ! ごめんごめん、ちょっと苦しかったね。――ん?」
慌ててザクトから体を離し、私は辺りをきょろついた。
今、なんだかすっごい冷たい視線を感じた、ような……?
他の団員たちは先へ行っているし、フィニスとルビンも遅れつつ着いていっている。
特に異常はないな。気のせい、なのかな?
私が首をひねっていると、傍らから控えめな声がした。
「ふたりとも、先へ進もう? 遅れると目標時間に野営地に着けないよ」
青みがかった黒髪のおかっぱ頭に、同じ色の大きな瞳。
小柄な騎士が、困り顔で立っている。
「相変わらずお前は真面目だな~、ジーク。大丈夫、どうにかなるって」
「君はいつもそうだ。君に何かあったら、僕も怒られるんだよ?」
ため息をつくジーク。
彼はザクトの盟約者だ。
さっきの冷たい視線って、彼だったんだろうか……?




