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第18話 魔法使いってそんなに偉いんですか?

 魔法使い、もしくは魔道士。

 それは六門教の神に与えられし、『本』の研究者。

『楽園』と呼ばれる島に住み、様々な魔法技術の開発に当たっている。

 言うなれば帝国の『頭脳』である。


「さあ来い、フィニス! 俺のところまで来て、ひざまずいて挨拶してもらおうか!!」


「…………」


 嬉々として怒鳴るルビンと、冷え切った目をしたフィニス。

 な、なんだろ、この緊迫した雰囲気は。

 騎士たちも固まって様子を見ている。

 そんな中、フィニスが動いた。

 えっ、まさか、ほんとにひざまずくの? あのフィニスが? 騎士の礼を捧げるの?


 は、はわわわわわ、み、見たーーーーい!!

 フィニスが不満げなのは気になるけど、見てみたい!


 前世ではフィニスの婚約者だったからさんざひざまずいてもらったけど、今世ではろくに見てないもん。後れ毛がさらぁ……ってなるところを是非見たい!


「ほう、今回は素直じゃないか」


 ルビンがにやりと笑う。

 彼に歩みよりながら、フィニスも笑った。


「わたしはいつだって素直ですよ。あなたに対しては、いつもね」


 背筋が凍るような声で言い、フィニスは足を止める。

 そしていきなり、ポケットから取り出したあめ玉をぶん投げた。


「そーーら、とってこーーーい!!」


 すかさず、ルビンが、ざざざざざざーーーー、と床に這いつくばってあめをキャッチし、顔を上げる。


「何っ!? 貴様、一体なんのつもりだ!!」


「とってるし!?」


「素直じゃねーーか!?」


 私とザクトがほとんど同時に叫んだ。

 フィニスはというと、冷淡な顔でルビンを見下ろして言う。


「おや、どうしたんです? 魔道士なのに、騎士より頭を低くしてはいつくばって。そういうことはなさらない主義だったのでは?」


 う、うひゃーーーー!

 すごい! すごいすごいすごい、高慢フィニスだ!

 最近めったに見られない氷の冷淡美形だ!!

 私は唾を呑みこむ。


「ふ……ふふふふふ、ご挨拶だな、フィニス。貴様のそういうストレートに陰険なところも、俺の相棒にふさわしい」


 ルビンは顔を引きつらせながら、葉っぱに包まれたあめ玉をポケットに入れた。

 いや、入れるんかい。


「フィニスさまの、相棒だ?」


 ぴき、と青筋を立てて反応したのはザクトだ。

 ルビンはすばやく彼のほうを見る。


「そのとおり! 貴様、見ん顔だな。以前来たときはまだ従者だったか? いい機会だから教えてやろう。フィニスは近いうちに皇帝となり、俺は六門教の大司教に上り詰めるのだ。そしてふたりで、大陸を思うがままに染め上げる!!」


 フィニスは近いうちに、皇帝になる。

 確かに、前世と同じなら、フィニスはあと一年以内に皇帝に指名される。

 この魔道士は、それを知っているんだろうか……?

 私の頭の中で、警鐘が強く鳴る。

 前世でフィニスが殺されたのは、皇帝になる三日前。

 きっと、彼を皇帝にしたくない人間が関わっていたはずだ。実行犯には魔道士もいたはず。

 ルビンには心当たりがあるかもしれない。

 私が考えこんでいるうちに、フィニスが口を開いた。


「それはそうと、ルビン、顔に巨大なオオクサイミドリムシがとまってます」


「なんだと!? どこだ!?」


 慌てて顔を触るルビン。

 フィニスは革手袋の手をすっと差し伸べ、ルビンの鼻を思いっきりつまんだ。


「――ああ。すみません、あなたの鼻ですね、これ」


「ふぃにふ……きはま……!!」


 ルビンは必死に凄むが、鼻をつままれたままでは威厳もなにもない。

 騎士たちの間にも、笑いをこらえる気配が漂った。


「は、はわ、わわ、す、すごい、ドストレート嫌味なフィニスさまも、あり……ありだ!!」


 そんな中、私はひとりで萌えてしまった……だってだってだって、フィニスには嫌味もめちゃくちゃ似合うんだよ!! 美形だからこそのド迫力無表情で相手をコケにし倒すフィニスを額に入れたい! あの指になら鼻をつままれてもいい!!

 私がガン見していると、ルビンはフィニスを振りほどいた。


「いいかげんにしろ、鼻がもげるわ!! フィニス、貴様は俺をばかにしているのか!?」


「いいえ。ただ、そのお話は幼少期より百万回ほどお断りしているはず。わたしは皇帝の位など望んではおりません」


 えっ。

 そうなの?


 私はびっくりしてフィニスを見た。

 まさか、この世界に皇帝の位を望まない男子がいるなんて、想像もしていなかった。

 ルビンはにやっと笑う。


「ははーん? 貴様、自分の意志が通せるような立場だと思ってでもいるのか? そもそも騎士たちはどうなのだ。こいつの戴冠、皆は望んでおろう。そうだな!?」


「「「おおおおおおーーーーーー!!」」」


 響き渡る騎士たちの声。

 もちろんザクトも叫んでいる。


 黙っているのは、トラバントとフィニスと、私だけ。


「貴様は生まれつき、この椅子取りゲームに参加しているのだ。諦めろ。俺がついている。三日天下にはさせんさ。皇帝となった貴様の隣にいるのは、この俺だ」


 ルビンは楽しそうに自分を親指で指さす。

 私はなんだかいたたまれなくて、ついにルビンに声をかけた。


「あのー、すいません」


「おっ、なんだ、子ども。まだ従卒の歳じゃないのか?」


「私、騎士です。フィニスさまの盟約者です」


「セレーナ」


 トラバントがひそめた声で呼んでくる。

 これは警告。私を心配してくれてるんだよね。わかるよ。

 でも、言わなくちゃいけないことがある気がして。


「盟約? ああ、あのおままごとか。そんなもの、こいつが皇帝になったらチャラだ、チャラ。もしお前がこいつの稚児なら、せいぜい楽園守護騎士団あたりで引き立ててもらえるだろう。今はおとなしくして、こいつの邪魔をせんことだ。……ん? なんだ、この音は」


 ルビンが言葉を切ったのは、辺りにぐるるるるるるるる、といううなりが響いたからだ。

 ぐるるる、るるるるる。

 殺気に満ちたこの響きは、狼。

 私ははっとしてフィニスの後ろを見る。

 ひときわ大きな彼の黒狼が、真っ赤な瞳をらんらんとさせてうなっている。

 そのうなりはあっという間に広間中の狼たちに伝わり、ついには私の腕にいた子狼のシロまでがくるくるうなりだした。


 不穏なうなりの中、フィニスが一歩前に出る。


「ルビン猊下。今、ご自身がわたしとわたしの盟約者について暴言を吐いた自覚はおありでしょうか?」


 よく響く、低い美声。


 ――怒ってる。


「フィニスさま、ここは堪えてください。いくら幼なじみとはいえ、立場というものがある」


 マントを翻して、トラバントがフィニスの前に出た。

 真剣な面持ちだ。

 フィニスは彼に顎で指示する。


「どけ」


「フィニス、どうした。本心が狼からダダ漏れだぞ。魔道士にそんな態度を取っていいわけがあるまい? 貴様は、騎士だぞ?――わぷっ!?」


 にやにやとフィニスを煽るルビン――その顔に、私のシロが飛びついた!


「しゃーーーーー!!!」


「あっ、シロ! 待って!!」


 今だ!!

 私はシロを追いかける振りで、肩からルビンにぶち当たる!


「ひゃっ!!」


 よろけていたルビンは、甲高い声をあげて転んだ。

私はそのままルビンの腹に馬乗りになり、シロを顔から引き剥がす。


「ごめんなさい、この子、まだあまり私になれてなくて。どうか、許してあげてください!!」


「……ああ、まあ、それは構わん。とりあえず、俺の上から下りろ。内臓、つぶれる」


「はい!!」


 私は勢いよく起き上がって彼から飛び退く。

 ルビンはよろよろと立ち上がった。

 同時に、カラン――、と、音を立てて何かが木製の床に転がる。

 なんだ? と、騎士たちの視線が集まる。


「……? うっわ、おい、あの魔道士、簡易門落としてるぞ!? やっべ!!」


 ザクト、いいね!!

 最高のタイミング!!

 私はひっそりにこにこし、ルビンは真っ青になる。


「な、なななな、いつの間に鎖が切れた!?」


 大慌てで床を這いつくばり、簡易門を拾うルビン。

 騎士たちはざわついた。

 そりゃそうだよねえ。

 六門教の神に仕える魔道士が、首からかけてる金属製の神具、簡易門を床に落とすとか。

 不吉の極み、不信心の極みだよ。公の場でやったら降格も免れない。


 ま、さっきぶつかったとき、ベルトにしこんだ暗器で鎖を切ったの、私ですけど。


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