第17話 推しの私物を盗んだ犯人は誰ですか!?
「フィニスさまの紐が、盗まれたぁぁぁぁ!?」
その事実が公表された瞬間、大広間にはザクトの悲鳴が響き渡った。
ずらりと並んだ六つの隊。中でもザクトの隊は、精鋭揃いの第一隊だ。
その先頭で、ザクトは頭を抱えてしゃがみこむ。
「もったいねーーー!! そんなんだったら俺が先に盗んどけばよかった!!」
「聞き捨てならない本音を大声で叫ばないでください!! 事件にはまるで関係ないのに、聞いちゃったからには減点しなきゃなんないでしょうが。面倒だからやめろ!!」
怒鳴り返したのは、副団長のトラバント。
私は、ぶわっと目に涙をためてザクトに答えた。
「ごめんね、ザクト。私が覚悟を決めて、早めに紐を食べとけばよかった!!」
「えっ、何言ってんの、お前。そこはさすがにどっかに巻けよ。どんだけ腹が強いんだ」
「お腹は普通だけど、フィニスさまの紐なら萌えの力で光に分解して、吸収できる気がして」
「あー、なるほど……」
「なるほどじゃねーーーーーーーですよ!! とにかく! フィニスさまが盟約者であるセレーナに贈った紐が、セレーナの部屋から消えました。セレーナの部屋っていうのは、つまり、フィニスさまのとこの客用寝室です。紐を奪った何者かは、フィニスさまの部屋を通ったことになる」
トラバントが怒鳴り、じわっと瞳を鋭くする。
続いてフィニスが前に出た。
「これが内部の犯行であるなら、さらし刑のうえ免職の重罪である。外部の犯行であるなら、我々は騎士団本部に泥棒の侵入を許したこととなり、これも大問題だ」
しん、と静まりかえる大広間。
騎士たちの顔は真剣そのものだ。
フィニスの部屋は、国境を守る要塞である騎士団本部の一番奥にある。
そんなところで盗みが起きたというのは、本当に大問題なんだ。
「どうしましょうかねえ。黒狼騎士団は騎士だけで約360人の大所帯。ひとりひとり尋問するとなると考えるだけでうんざりしますが、やります?」
トラバントは諦めた口調で言う。
このひとは、もうやる気だ。
うんざりするような作業でもやりきって、犯人を見つけ出す気だ。そういうことができる、きっぱりとした厳しさを感じる。
……でも、やだな。
私としては、嫌だ。
私が紐をしっかり管理できなかったせいで、騎士団内に尋問の嵐が吹き荒れるなんて。
いくら必要なこととはいえ、きっと嫌な思いだって残ってしまう……。
じわっと落ちこんでいると、肩にフィニスの手が乗った。
私ははっとして彼を見上げる。
フィニスは私の肩に手を置いたまま、騎士団のみんなを見ていた。
「ここはわたしに案がある。――皆、一様に目を閉じ、顔を伏せよ」
命じることになれたフィニスの言葉に、誰もが反射的に目を閉じる。
もちろん、私も閉じた。
暗闇の中だと、肩に置かれたフィニスの手が不思議なくらい温かく感じる。
守られている。
……勝手に、そんなことを思ってしまう。
きっとフィニスとしては『置きやすい場所にあったからなんとなく』とかなんだろう。
でも、今は勘違いしていたい。
そして、彼を信じていたい。
フィニスならきっと、なるべく騎士たちを傷つけない解決策を講じてくれる。
「残らず目を閉じただろうな。――では、セレーナから紐を盗った者は手を上げろ。わたしからしか見えないから安心していい。本当のことを言ってくれるなら、わたしは絶対に怒らない!」
うん、わりと、原始的な解決策だったな。
私は拍子抜けし、トラバントは呆れ声を出す。
「そんなあなた、子どもだましみたいな……。あと、盗難は盗難ですからね。犯人には処罰は受けてもらいますよ」
「もちろんだ。処罰はする。わたしが怒らないだけだ」
「それに何か、意味ってありますか!?」
トラバントはキレたけど、私の閉じた目からは涙がこぼれた。
「うう……フィニスさまは騎士たちを徹底的に信じてらっしゃる。犯人捜しの方法は正直原始的だけど、その心意気が一億点です……!」
「わかるぞセレーナ、俺だったら十億点は堅い。……くそっ、気になる!! 犯人はどうなっちまうんだ!? フィニスさま、『怒らない』とか言いつつ割とビシバシ尋問してくる気がするし、無駄に手をあげたくなっちまう……!!」
「ザクト、だんだんあなたという存在自体が邪魔になってきたので、もうちょっと自重しましょう?」
トラバントの声は、もはや『無』だ。無感情、無情、虚無。
続いて、気弱そうな騎士の声がした。
「静かにしてて、ザクト。君、ただでさえ彼女のことうらやましがってたんだから」
「うらやましいのは当たり前だろ! やましいところはないんだから、堂々としときゃいんだよ」
「でも、世の中そうはいかないよ……」
ぼそぼそ言ってるこの声って、誰だろう?
ザクトの盟約者かな。
私が耳を澄ませた直後、ばーん! と扉の開く音がした。
「あっ、今は困ります、魔道士さま!!」
「勝手に困れ! ひざまずけーーーーっ、愚民ども!! 俺が来たぞ!! おっ、なんだこれ。葬式か?」
ものすごい大声で空気がびりびりする。
あまりのことに、私を含めた騎士たちは全員目を開けてしまった。
慌てて扉を見ると、すっごい派手な人がいる。
なめらかな褐色の肌に、腰まである波打つ赤毛。さらに真っ青に金銀の刺繍がやまほど入った魔道士服を着た男が、堂々と腕を組んで立っていた。
ざわつく中、フィニスが一歩前に出る。
「ルビンさま。なぜここに?」
ぞくっ、と私は震え上がった。
フィニスの声が凍っている。
ここまで冷たい声は初めて聞いた。
ルビンと呼ばれた魔法使いは、にぃっと笑う。
巨大な花が開いたみたいな、ど派手な笑顔だ。金赤のまつげに囲まれた青い目が、宝石みたいにきらめいている。
「俺がここに来るのに、理由なんて必要か?」
「はい。羊皮紙、羊一匹分の文書にして訪問の半年前に提出を」
フィニスの声は凍ったまま。
ルビンは面白そうに聞き、ゲラゲラと笑い出した。
「っは、はははははははは! あいかわらずだな、フィニス・ライサンダー! だが、せいぜい歓迎してもらおう。騎士団は魔法使いを守るために存在する。貴様は俺の存在を拒否はできん。そして貴様は、いずれ俺とともに、大陸を手に入れる男だ!!」
カチン、と私の頭に何かが当たった、気がした。
こいつ、私の、敵だ。
――なんで?
自分の直感に、私は問いかける。
この嫌な感じは、おそらく前世の記憶に原因がある。
前世でこんな魔法使いと会った覚えはないけれど……ああ、そうだ。
私とフィニスが死ぬ直前に見たものは、猛烈な勢いで迫り来る、真っ赤な炎だった。
あの勢い、速度。
あれはおそらく、魔法の炎だ――。




