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第12話 初めての萌え仲間ができました!!

「女がだめなのはなんで? 背が低いから? 非力だから?」


 私は問いを投げた。

 ザクトはきゅっと唇を噛んだのち、ぼそぼそと言う。


「女はフィニスさまを格好悪くする。女がいなけりゃ、フィニスさまは壊滅的にド下手なお世辞なんか言わなくてもいいんだ。根性悪のトラバントの特訓なんか受けなくてもいいし、婚約者への贈り物を選びに長々帝都に出かけたりもしなくていい」


「そういう理由? 私、フィニスさまの変な比喩けっこう好きだよ。トラバントの毒舌も」


 私が言うと、フィニスとトラバントは顔を見合わせた。


「さらっと悪口を言われている気がするが、気のせいか?」


「気のせいじゃありませんよ、フィニスさま。今殴ります? あとで殴ります? 日記に書いて百年遺します?」


「日記でいこう」


 つぶやく彼らの会話は、ザクトには聞こえていないようだ。

 彼はぐっと拳を握り、噛みしめるように続ける。


「お前は女だから女の味方だろ。だけど、俺は納得いかねーんだよ。フィニスさまは完璧じゃねーか。これだけ完璧なひとが、どうして舞踏場の女に媚びなくちゃならない? ここはいい結婚目当ての貴族だらけの楽園守護騎士団じゃねえんだ。最前線なんだ。フィニスさまは、俺たちは、命かけて戦ってんだよ!!」


 彼の言葉は必死で、重かった。

 聞くしかできない私に、ザクトは言う。


「ダンスがなんだよ。美辞麗句がなんだよ。贈り物の産地がなんだよ。衣装の柄がなんだよ。肖像画のこまけーとこがなんだよ。扇の横からちらちらそんなもんばっか見て、あいつはダサいだの、こっちがマシだの、何様のつもりだよ!?

 フィニスさまはお若いころからひたすら『楽園』のために戦ってきた。商売っけ全然ねーんだ。略奪はしない。報奨金も狙わない。派手な鎧も作らない。あんなに高潔で強いひとを、俺は知らない。なのに女どもは、冬の戦場で食う団子スープの味も知らずに、あのひとを値踏みする!!」


 胸が痛んだ。

 ちくちくとした痛みが、徐々にずくずくとした痛みに変わっていく。

 そうじゃないよ、貴婦人として生きるのも大変なんだ。学ぶことはたくさんあるし、禁止事項もたくさんあるし、ドレスはキツいし、会食中は小食ぶらなきゃいけないし――でも。

 でも、確かに、私は温かい暖炉の前で、フィニスさまの肖像画を見た。

 そして、顔だけで萌えたんだ。


 ザクトは軽く呼吸を整え、言った。


「俺はフィニスさまが好きだ。俺が好きなのは肖像画じゃない。生身の、フィニスさまだ!!」


 ぼろっ、と、私の目から大粒の涙がこぼれた。

 それだけじゃ止まらず、次から次へと涙はこぼれていく。


「なんだよ。ちょっとはキツいこと言ったけど、」


「うらやましいよぉ~~~~!!」


「は?」


 ザクトは変な声を出して固まる。

 私は一気にまくしたてた。


「私だって推しが戦うところが見たかった! 推しと同じごはん食べたかったし、せめて推しが動くところくらいは見たかった! でもないの、情報が! 肖像画くらいしかない。そりゃ衣装も贈り物も気にするよ、肖像画舐めるように見て考察したもん、このアクセサリーはどこの職人に作らせたやつだとか、この服の柄のモデルになってる花の花言葉はあれだからどうだとか、ものすごい少ない情報を必死に噛んで噛んで、味がなくなるまえに無理矢理荒野に種まいて、萌えを大きく育ててきたの!!」


「えっ、そうなの……?」


「そうだよぉ……!! 確かに私が好きになったのはフィニスさまの上っ面だよ。でも、フィニスさまの上っ面も、すごくきれいだと思ってる。貴婦人をやってたら殿方の上っ面にしか手が届かない。その上っ面をていねいにていねいに繕ってくれるフィニスさまも、最高に推せると思うんだよぉ……」


「…………」


 ザクトは黙りこんでしまった。

 周囲の騎士たちからも、すん、と鼻をすするような声があがる。

 なんだろ、この空間。

 自分でもよくわからないまま、私はなおも泣き続ける。

 沈黙に耐えかねたのか、やがて、ザクトがしぶしぶ口を開いた。

 

「……なんか、俺もちょっと勘違いしてたのかもな。女は女のやり方で、確かにフィニスさまを慕ってるのかもしれねー」


「ザクトぉぉおぉぉ!! わかってくれて嬉しいよぉ……一緒にフィニスさまを推そうよぉ」


「それとこれとは、って、うわ、手ぇ握るな、力強っ!!」


「萌えの前に男女差は大したことないよぉ!! 萌え苦しくて転げ回るしかないときに、一緒に固まってうめいたりしよ? 私は絶対あなたを気持ち悪いとか思わないし、むしろ自分のほうが気持ち悪いし、眠れない夜には胴着にフィニスさまの顔を刺繍しよ? で、自分たちが戦死したときは一緒に燃やしてもらおうよぉー……!!」


「……そこまで行くと信仰じゃないですかねえ。六門教からぶん殴られるんじゃないですか」


 トラバントが嫌々言う。

 フィニスは虚空にさまよわせていた視線を戻して答えた。


「――うっかり現実逃避して次の訓練について考えていたが、ふたりの話は進んだか?」


「大事故の方向に進んでますから、もう一息現実逃避しててください」


「そうか、わかった」


 フィニスは再び宙を見つめる。

 その間黙りこくっていたザクトが、ぼそりと言う。


「刺繍の胴着……死んだら燃やす……その発想はなかった」


「私、こういうことにかけては天才だから……」


「うん。だな。お前は天才だ、セレーナ!! やろう! それやろう!! 俺、お前と生きていける気がしてきた!!」


「ザクト……!」


「セレーナ……!!」


 私たちは感動を胸に抱き、思い切りがしっと握手した。

 周囲からも、おお!! という歓声と共に拍手の音が湧き上がる。

 トラバントは疲れ果てた顔で両手を挙げる。


「はいは~い、なぜかそこでふたりいい雰囲気にならないでくださいね~。勝負は引き分けになりましたけど、ザクトはもう盟約相手がいるんです。最初っからフィニスさまと盟約を結ぶのはセレーナで決まりだったんです」


「そういうことだ。セレーナ、短剣が出来るまではこれを身につけているといい」


 フィニスは無造作に髪をまとめていた金色の紐をほどくと、私に差し出す。

 ばらりとうるわしい黒髪がフィニスの肩にかかり、私は勢いよくその場に倒れた。


「は、はわわわわわわ……!? フィニスさまが、全裸に……っ!! はわあ……」


「? 着てるぞ」


「長髪美形が髪をほどいたら、それは全裸でしょ!? 全裸より全裸でしょ!」


 私は倒れて空を見上げたまま呆然と主張する。

 ザクトはそんな私に寄り添い、フィニスを凝視した。


「完全に同意だっ、セレーナ!! 俺、俺にも目に焼き付けさせてくれ、フィニスさまの全裸を!!」


「はーーー、やっぱりこいつらちょっと気持ちわるーーーい!!」


 トラバントの叫びを聞きながら、私はぼんやりと考える。

 萌え仲間と盟約を手に入れて、私は今、最高にしあわせだ。

 最高にしあわせだけれど、本来の目的を忘れるわけにはいかない。


 前世でフィニスが死んだとき、私たちの部屋は黒狼騎士団の騎士が守っているはずだった。なのに、フィニスが物音を確認しにいったとき、扉の向こうにひとの気配はなかった。


 おそらく、この騎士団内にも、フィニスの死を望んだ人間がいる。

 ひょっとしたらそれは、『婚約者のためにかっこ悪くなるフィニス』を許せなかった、ザクトかもしれないのだ……。

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