書籍発売記念短編【2】七年戦争の思い出【後編】
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こちらは「死んでも推します!!」書籍化を記念して書いた短編です。こちらがひとまずの最終回。楽しんでいってくださいませ。
トラバントはのろのろと顔を上げる。
他に聞こえないよう、囁き声で、わたしに告げる。
「表面的にはあなたは騎士団長のお気に入り。でも、その『お気に入り』はあなたの美しさへの執着ぶくみだったんでしょう。騎士団長はもとから男色の噂がありましたからね。騎士団長はアクアリオを亡くしたあなたに盟約を迫っていた」
「なぜ、そう思う?」
「あなたとの盟約を望んだ騎士たちが、なんだかんだと圧力を受けていましたから。あからさまでしたよ。ひょっとして騎士団長、あなたが自分の申し出を受けなければ、アクアリオ殺害をばらす、とでも脅迫をしましたか?」
トラバントの暗い目は静かに光っている。
私は答えない。トラバントは続ける。
「そして今日の戦闘です。確かに騎士団長の作戦はまずかった。あなたは騎士団長を逃がすふりで、敵の別働隊がいるかもしれない方角へ彼らを誘導した。騎士団長を偵察として使ったんだ。結果、彼らは死んだ……」
「トラバント」
「殺してくれてもいいですよ」
そう囁いたときだけ、トラバントはうっとりしていた。
殺されたいのだろうな、と思った。
殺されたくて騎士団に来る人間は、少なくない。
騎士団で死ねばその魂は救われるし、家族にとっても名誉だ。
もっとも後腐れなく死ねる場所。それがここ。
わたしはトラバントのような男が――いや、トラバント本人が、どんなふうに死ぬのかよくわかる。なぜだろう、昔からそうなのだ。目の前にいる人間の死に際がわかる。
わたしに殺されれば、トラバントはしあわせそうに死ぬだろう。
そうでなければ、戦死、謀殺、自殺……あらゆる不幸な死に様が見えてくる。
かわいそうに。
心からそう思って、わたしは言った。
「このあと、わたしたちはどうしたら勝てる?」
「はあ? ………………。勝つ気なんですか!?」
トラバントが目をむく。
わたしはうなずいた。
「そうだ。やり方はお前が考える」
「無茶苦茶だ! やめてください、自分でやるならともかく、なんで僕なんかができると思うんです!」
「できなければ死ぬだけだ。それに、お前が苦手なことは全部わたしがやる。指揮も、他人に愛されることも、人殺しも」
きっぱりと言い切ると、トラバントは黙りこんだ。
納得したわけではない。あきれているのだ。そして、恐怖している。
化け物を見るような目がわたしを見ている。
でも、その奥で、トラバントの思考は動いている。
考えている。
わたしをコマにしてどれだけのことができるか、考えている。
なるほど、お前はそういう男だ。
そういう男ならいくらでも使いようがある。
シュゼはお前を、戦うのが下手なこどもとして扱いたいかもしれない。
彼には悪いことをするな、と思いながら、わたしはトラバントの腕を取って引きずり立たせた。
「いっ、いててて、フィニス、あなた……」
トラバントの声はあえて無視する。
廃城の大広間を見渡した。
疲れ果て、傷つき、凍えた男たちばかりだった。
だが、彼らのほとんどはわたしを見ていた。
わたしが何かを言い出すのを待っていた。
すがりたい目だった。
まだ、生きたい目だ。
――ならば、生きよう。
「志を共にする同胞たちよ。我々が生き延びたのは、なんのためだ?」
わたしが静かに言う。
声は大広間に響き渡り、外の吹雪の音に入り交じる。
皆はわたしの声を聞こうと、わずかに身を乗り出す。
「ここでじわじわと凍え死にするためではあるまい。我々が生き延びたのには、意味がある」
皆の顔にじわじわと生気が戻り始める。
そうだろう。そう言われたかったからだ。
意味のない生。
意味のない戦争。
意味のない死。
そんなものは認められないからだ。
だからわたしは、すべてに意味をやる。
「我々は、まだ戦いをやめていない。戦い、そして、勝つために、ここにいる」
美しく生まれついた顔で、わたしはせいぜい華やかに微笑んで見せた。
何人かが息を呑み、興奮に震え上がる。
冷え切った空気が熱を持つ。
いくつもの拳が握られる。
「フィニスさま……俺! 俺も、戦います!!」
若い声が上がった。
見れば、さっきスープを作ってくれた従者だった。
砕けた星のように両眼をきらめかせ、わたしを見つめている。
いいぞ。君が今、空気を作った。
「もちろんだ。君も戦え」
わたしは立ち上がり、騎士剣を抜く。
簡易的に、この従者に騎士叙任の儀を行うのだ。
本当は騎士団長しかできない儀式だが、誰もわたしをとがめはしない。
この戦いが終われば、おそらくわたしは騎士団長になるだろう。
もちろん、そのときわたしが生きていれば、だ。
「はい! 僕、フィニスさまが勝つところが見たい」
若い従者はわたしの前にひざまずき、騎士剣に唇をつけてから真摯に言った。
わたしは静かに目を伏せる。
「繰り返せ。我が命は六門の神のために。神のご意志が憩う『楽園』のために」
「我が命は六門の神のために。神のご意志が憩う『楽園』のために……!」
誓いが終わると、どっと騎士たちから歓声があがる。
「うらやましいぜ、ザクト! あのフィニスに叙任とは!」
「ますます働けよ!! 俺たちがすぐには死なせやしねえ!」
「そうだ、やるんだ。やってやる……!」
単純なやつらは乗せられた。慎重なやつらは、まだ疑いの目でわたしを見る。
わたしは丁寧に、わたしを疑っている者たちの名を呼んだ。
「タロン、シュゼ……それと、ミーシャ。作戦会議だ。勝つための方法はこいつが考える。他の皆、まずは腹ごしらえして、体力の回復につとめろ」
「「「はい!!」」」
騎士たちの返事を聞きながら、わたしはトラバントを広間の隅に引きずっていった。
この先、何があるのかはなんとなく予想がついていた。
戦っても、戦っても、そして、勝っても。
何もかもが無に帰すような気はしていた。
それでも、わたしは勝ちが欲しかった。
勝ちの向こうの未来が、欲しかった。
まだその感情の意味は、知らなかったけれど。




