書籍発売記念短編【2】七年戦争の思い出【前編】
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こちらは「死んでも推します!!」書籍化を記念して書いた短編です。発売日の2021/6/2まで1日1編、3編更新する予定でしたが、量が増えちゃったので6/3まで連載します。楽しんでいってくださいませ。
これは、ちょっとだけ古い、戦争のお話。
フィニスが黒狼騎士団長になり、トラバントが副団長になる、きっかけのお話。
冬にずれ込んだ戦争は、敗色濃厚であった。
■□■
「フィニスだ」
「フィニスが帰ってきた」
「さすがだな。この吹雪の中を……」
囁き会う声。
その間を、わたしは歩く。
マントにも、頭にも、かたわらを歩く狼のロカイにも、雪が積もっていた。
周囲は薄暗かった。ここは戦場にぽつりとたたずむ廃城の中。
家具も、扉も、一部の天井すら失われた石の城。
そのあちこちに、騎士たちがうずくまっている。
おおおん、と風の音が響く。外は吹雪だ。
大広間に着くと、わたしは声をあげた。
「騎士団長は、亡くなられた」
のろのろと、騎士たちが振り返る。
どんよりと濁った、目、目、目、目。
この戦は負けだ。
はっきりわかる。
荒れ果てた暖炉で燃える火にかじりつく、二十名ほどの黒狼騎士。
彼らの背後に、わたしは『それ』を放り投げる。
ごとん、ごろごろ。
ころがるのは、マントの切れ端で包んだ騎士団長の手首だ。
戦死者の手首を持ち帰ってやるのは、六門教の楽園へ死者を送るためのつとめである。
ぬうっと起き上がった巨漢が、『それ』の中身を確かめた。
「確かに、団長の手首だ。よくやったな、フィニス」
無表情で言ったのは、古株のシュゼだ。
わたしは淡々と返す。
「お褒めいただき光栄だ、シュゼ。お前の盟約者は?」
「生きている」
「珍しい」
「子どもではないからな。子どもは冷えるとすぐ死ぬ」
シュゼはつぶやき、すぐに暖炉のほうへと帰って行く。
うち捨てられた石の城の室温は、ほとんど外と同じだ。
火で温まりでもしなければ、死は免れない。
「ん? ああ。我々も行こう、ロカイ」
ロカイに頭で押されて、わたしも暖炉へ近づいた。
わざわざ吹雪の中で死体探しをしたわたしに、皆が場所を空ける。
光栄なことだ。それとも、わたしに触れたくないのだろうか?
そうかもしれない。
わたしは、盟約者殺しだから。
盟約者のアクアリオを、裏切ったからといって、この手で殺した。
見逃してやることも、できたのに――。
「失礼、邪魔をする。……お前は、シュゼの?」
火の近くに割りこんで、ふと隣の者に声をかけた。
抱えた膝に顔を伏せているのは、線の細い若者だ。
といっても、わたしより三歳は年上だったはず。
名前は多分、トラバント。
「………………」
答えないが、とがめる気にはならなかった。
青ざめた指がひどく震えている。
成人してから入団したせいで、人殺しに慣れられないのだ。
つまりこいつはまっとうな人間で、まっとうな人間はここでは早めに死ぬ。
シュゼは哀れだな、と思っていると、廃城の奥から軽い足音が聞こえてきた。
「騎士さまがたー!! 燃料、見つけてきました!!」
真っ赤な髪の従者が、ずるずると何かを引っ張ってくる。
誰かがそれを見て、小さく笑った。
「バカ、それは祭壇だろーが。異教の神像を打ち壊して、代わりに設置したやつだ。燃やしたら罰が下るぞ」
「そんなことないですよ! 俺たちは六門教の教えを広めるために戦ってるんでしょ? 死んだら教えを広められない。ってことで、全然許されます。大丈夫ですって!」
従者はきっぱりと言い、腰のナタでがんがん祭壇を破壊し始める。
「この燃料で、ご飯作りますからね。揚げた肉団子を暖めましょう」
揚げた肉団子、と聞いて、ふわっと空気が軽くなる。
騎士たちが顔を上げ、隣の者と話し始める。
あれは出世するな、と思った。
あの従者は生き残れば騎士になるだろうし、出世もできる。
やがて配られた温かい肉団子スープを前にすると、久しぶりの空腹感が襲ってきた。
すぐに食べ始めようかと思って、ふと横を見た。
シュゼの盟約者は相変わらず、顔を伏せたままだ。
いずれ、シュゼにとっ捕まって食わされるのだろうが……。
「お前は、死にたいのか?」
わたしは、聞いてみた。
寒さと疲労に打ち勝つには、食べて休むしかない。
トラバントはもそもそと答えた。
「あなたは、殺したいんですか?」
「いや? 別に」
私は答える。
騎士団にいるのは、階段を上るためだ。
わたしのしょぼい経歴をきら星のように武勲で飾るのだ。
飾って、飾って、飾りきって、周囲の目がくらめば、わたしは皇帝になるだろう。
「でも、殺したじゃないですか」
「……何?」
わたしは聞き返す。
まさか、はっきり言われると思ってはいなかった。
アクアリオを殺した件は、騎士団内の暗黙の了解だった――。
「盟約者殺しの件なら……」
「違います。騎士団長殺しですよ」
やけっぱちの笑いを含んだ、声。
私は黙った。




