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書籍発売記念短編【1】我らセレーナ守り隊【後編】

「死んでも推します!!」をいつも応援してくださり、本当にありがとうございます!


こちらは「死んでも推します!!」書籍化を記念して書いた短編です。発売日の2021/6/2まで1日1編、3編更新する予定ですので、楽しんでいってくださいませ。

「推し!?!?!? なんで推しが空から降ってくるんですか!? 天の恵みか!? ぬいぐるみに優しくしたせいで私の魂のレベルが人間を超えたっていうことですか? ありがとうございます!!!!!」


 のけぞったままでまくしたてたので、肋骨とか背筋とかがギシギシ痛む。

 私はバネ人形みたいに元に戻り、目の前の推しを凝視した。


 いる。

 やっぱり、いる。

 サウナに来たら、脈絡もなく、推しが空から降ってきた。


「幸運すぎて、今すぐ死ぬかもしれない」

 

 私がつぶやくと、目の前の推し、フィニスは美しい真顔で囁く。


「死なれては困る。セレーナ、これには深遠な訳がある」


「拝聴します!! そして、末代まで記録に残します!」


「……………………つまり、わたしは、伝説のサウナーで」


「伝説の」


 思わず繰り返したものの、意味はよくわからない。

 固まる私の前で、フィニスは長いまつげを伏せた。


「伝説のサウナー……つまり、『サウナを極めし者』と言ってもいいだろう。サウナによってこの世界の真理と接続し、すさまじい力を得ることができるのだ」


「なるほど、それが東部辺境の本当の強さの秘密というわけですね? 黒狼騎士団に秘められた、究極の技。それがサウナ。ならば是非、私も経験したいです!!」


 身を乗り出す私。

 フィニスはなぜか押しとどめるように手を前に出す。


「いや、待て。それは、ちょっと待て」


「ダメなんですか……? それは、私が女だからでしょうか」

 

 私はちょっとしゅんとした。

 精一杯頑張っているつもりだけれど、やはり男女差は大きいんだろうか。

 私がそっと見上げていると、フィニスは美しい額に指を当てる。


「そうだ。いや、違うな。そうじゃない。……ちょっと待ってもらって、『伝説のサウナー』に話を戻してもいいか?」


「もちろんです。時を戻しましょう」


「感謝する。というわけで、伝説のサウナーであるわたしにも弱点がある。私は、定期的にサウナに入らないと魂が弱体化し、死んでしまうのだ」


「し、しししししし死んでしまう!? はははははは入って下さい、今すぐ入って下さいサウナに!!」


 死んでしまう、の一言がよくわからない説明を吹き飛ばし、私は必死に叫んだ。

 推しの死は宇宙の消滅! 自分の死よりも地味に怖い!!

 なぜなら、推しが死んでも自分が死ねるとは限らないからです!!

 ひとりで生きるなら一度で充分。

 二度目をやるのは、あなたがいるから。

 私が伝説になれようが、なれまいが、もうどうでもいい!!

 サウナくらいで推しの死を回避できるなら、百棟や二百棟は立てますよ、サウナ小屋!!


 私はフィニスをぐいぐい更衣室へ押しやった。


「さあ、今すぐ……!!」


「いいのか、セレーナ。このサウナの定員は六人。わたしが入れば、君は同時に入れないさだめだが」


「さだめも何も、私は次回入ればいいじゃないですか! フィニスさまと一緒に入ったら、真理に触れる前に宇宙が乱造されて小屋が消し飛びます! そもそも、女の人がひとりもいないのはちょっと心配でしたし……」


 私が言うと、物陰から大柄な女性が姿を現す。


「あーら。私、ひょっとしてちょうどいいところに来たかしら? セレーナお嬢ちゃんが次に入るんなら、私と一緒でどうだい?」


「あ、パン屋のおかみさん! 是非是非お願いします! わ~、よかったー。色々教えて下さい」


 パン屋さんは騎士団本部に配達に来てくれるから、おかみさんとは顔見知りだ。

 一緒に入ってくれるなら心強い。

 私はほっとしたし、おかみさんもにっこにこだ。


「もちろんだとも!」


「わたしも安心した。今、世界の流れは正された」


 フィニスはなぜかカッコイイことを言う。脈絡はないけどカッコイイ。

 は~~……額に入れたい。

 名言とフィニスをセットで入れたい。

 私が見ていると、フィニスはなぜか、おかみさんを見た。

 おかみさんもフィニスを見つめ、ふっ、と笑う。

 ……………………?

 さらに、なんで腕と腕をがしっと当てるんですか?

 なんで、俺たちは戦友だぜ、みたいな空気なんですか!? うらやましいな!!


「そうと決まれば、わたしはとっとと入ってくる」


 フィニスは囁き、更衣室に向かいながら上着のボタンを外した。

 ………………は?

 今、なんて?


 ボタンを!?

 人前で!?!?!?!?

 ぐああああああ、指先がきれーーーい!!

 推しのボタンホールになりたい!!!!!!!!!


「って、ここで脱ぐんかーーーーーーい!!!!」


 最後のつとめ、とばかりにつっこんで、私はおかみさんの腕の中にひっくり返った。

 

 その後、サウナには入ったんだけど、記憶に残ったのは『伝説のサウナー』と、『フィニスのボタンホール』だけだったのでした。



■□■



 と、いうことで。

 この事件以降、騎士団本部にはセレーナ専用サウナテントが立ち、城下町の『セレーナ守り隊』は解散となった。

「フィニスに任せときゃどーにかなるだろ」という空気が、隊に広がったからだ。

「あの隠密スキルは、はっきり言って恐怖でした」と、仕立屋談。


 なお、ぬいぐるみはフィニスの自作だったという……。


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