書籍発売記念短編【1】我らセレーナ守り隊【前編】
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こちらは「死んでも推します!!」書籍化を記念して書いた短編です。発売日の2021/6/2まで1日1編、3編更新する予定ですので、楽しんでいってくださいませ。
これは、セレーナ・フランカルディが黒狼騎士団に入団して間もない頃の話。
男だらけの騎士団に乗りこんだ乙女、セレーナ。
彼女を守るため、奮闘した者たちの物語である。
「……おい、来るぞ」
ここは黒狼騎士団本部の城下町。
騎士団の生活を支えるこの街には、鍛冶屋に仕立屋、雑貨屋、散髪屋、飲み屋にパン屋など、ひととおりの施設がそろっている。
その一角に、大通りを見張る人影があった。
「セレーナちゃんと……あとは誰だ?」
「第一隊の隊長、ザクトと、ジーク。あともう一人騎士がいて、従者は三名」
「男が六名も……っ! セレーナちゃんが危ない……!!」
囁きあう三人の男は、普段は城下町で働くただのモブ。
しかして、その正体は!
「ここは我々」
「セレーナ守り隊の出番!!」
「我々はセレーナちゃんを守る影なのだ!!」
――と、いうわけなのだった。
彼らが見守るのは、大通りを行く騎士たち。その真ん中にいるセレーナだ。
守り隊のひとりが、うっとりと言う。
「それにしても、セレーナちゃんが初めてやってきたときは衝撃だったなあ~~。あの麗しい騎士服。こんなど田舎では絶対見ないいい仕立てだった!」
「大事なのは服じゃねえだろ! しっかりした骨格にほどよい脂身のお肉……たまらん!!」
「みんな発想が変!! そうじゃなくて、かわいかったでしょ? 元気で、明るくて、僕らにも気さくに接してくれて。だからこそ、あの子の身も心も守ってあげようって話になったんだ!! セレーナに手を出す奴は、騎士でも殺す!!」
三人目が力強く言ったので、その他二人はさーっと引いた。
「いや、お前が一番怖いよ」
「だよなあ。オレたちはそんな、殺すとかはなあ」
「えええ、いきなりひとりにしないでよ! 気持ちの問題じゃない、ねえ!!」
三人がわいわいやっていると、背後に巨大な影が迫った。
「んふふふふ。あんたたち、まだまだ青いねえ!!」
「おおっ、姐さん!!」
「守り隊隊長!」
「頼りにしてます!」
声援を浴びながら現れたのは、腕にもりっと筋肉の乗ったパン屋のおかみである。
おかみは三人の後ろから顔を出し、大通りを観察した。
「あんたらはまだまだ青いねえ。守り隊はあくまで影さ。出て行くときはわきまえなけりゃ。ごらん、あの笑顔を。セレーナちゃんはみんなになじみたいんだ。ただ連れだって歩いているだけなら、そうそう間違いも起こらないだろうしね」
なるほど、とうなずく男たち。
そんな四人の前を、セレーナと騎士たちが通り過ぎる。
「久しぶりに街のサウナ、楽しみだね、ザクト」
ジークが穏やかに言う。
セレーナは、見るからにわくわくしながら聞いて回った。
「私、この地方のサウナに入るの初めてだよ。何か特別なの?」
「初めて来るとびっくりするぜ~~。ま、安心しな! 俺が、手取り足取り教えてやるから!」
張り切って言ったザクトに、おかみが野太い声をあげる。
「処刑!!!!」
「落ち着け、かみさん!!」
「ナタはやめて! ナタは!」
「血は、血だけは出さない方向で!!」
「あれ? なんだか路地裏が騒がしいね」
ジークが振り返ったので、守り隊の四人は素早く伏せる。
「んー……。でも、気のせいかな」
首をひねり、ジークはととと、と走ってザクトたちに追いついた。
守り隊はほっと息を吐き、額を付き合わせる。
「で、どうしよう!? セレーナがあいつらとサウナに入るのを、このまま見過ごすの!?」
「うむむむ、サウナはいかんな。あきらかに、いかんよな」
「ゆるすわけにもいかないけど、騎士に怪我をさせたらこっちが処刑だし……」
「一計を案じる必要があるねえ。……ん? ありゃ、なんだい? セレーナちゃんの周りに、何か……」
おかみの声に、他の三人も顔を上げた。
見れば、確かに、何かいる。
セレーナの後ろの路地、頭上のひさし、行く手の壁のうしろ。
超高速で移動しつつまとわりついている、謎の黒い人影がひとつ。
□■□
「ほわー、これが東部辺境のサウナ! っていうか、小屋だね!?」
私、セレーナ・フランカルディは思わず叫んだ。
目の前にあるのは、小屋。
湖畔の小屋。
めっちゃ丸太小屋。
街のお風呂なのに、神殿風の石造りじゃないんだな!?
びっくりしていると、ザクトがしみじみと言う。
「そう、小屋だ! テントじゃなくて小屋のサウナ。豪華だよな」
騎士団本部のサウナは、基本テントらしい。
なるほど、それに比べれば、小屋は大分上等だ。
それでも何か、違和感があるなあ。
私はしばらく考えてから、ちょっと大きな声を出した。
「あ! この小屋、なんか変だと思ったら、煙突がないんだ!」
「その通りッ。よく気づいたな、セレーナ隊員! このサウナは、煙突なしの小屋の中でガンガンストーブ焚いて室内をあっつあつにあっためるんだ。入るときは煙は出すから安心しとけ。んで、更衣室はこっちな」
ザクトの説明に、ほうほうほう、と私はうなずいた。
やっぱり知らない文化って面白い。
更衣室は簡素なテントで、男女の間は布一枚しか仕切りがないけど……まあ、あるだけいいや。
普段は部屋でたらいにお湯を張ってる身だから、正直サウナはめちゃくちゃ嬉しい!
私はわくわくして、ザクトに敬礼した。
「了解、隊長! それではセレーナ、着替えます!」
「よし、脱衣を許可す、へぶっ!!」
「ん!? ザクト、大丈夫!?」
「い、いてて……いや、あんまし痛くはねーな。なんか、かわいいもんが落ちてきた」
ザクトはよろめきながら、頭に当たったぬいぐるみを見せてくれる。
黒い、犬のぬいぐるみかな?
素朴だけど作りはかわいい。ただし、中には砂が入っていて、結構重かった。
サウナ小屋の上や、周囲の建物の上を見上げてみたけれど、怪しい人影はなし。
私はぬいぐるみを受け取り、ザクトの頭を撫でてあげた。
「痛かったねえ。これは預かっといて、持ち主を探そう。きっと男の子の持ち物だと思う。遊んでるうちに落っこちて来ちゃったんだよ。必要以上に怒っちゃダメだよ、ザクト」
「んだよ、その態度。俺まで子ども扱いすんじゃねーよ。優しいのは、いーけどさ……」
ザクトは、ぷっとふくれている。
けど、まんざらでもなさそう。
かわいいなーと思っていると、先に行っていたジークが足早に戻ってきた。
「ちょっと! ふたりとも何してるの? とっとと行かないと、サウナが冷めるよ!」
「わーったって。何ぷんぷんしてんのよ、ジークは」
ザクトはいたずらっ子みたいな顔になって、ジークを見下ろす。
ジークはじとっとした目でザクトを見上げた。
「ぷんぷんくらいするよ。先に更衣室に入ったら、テントの天井に何か落ちてきて、びっくりして出てきたの。そしたら、目の前でザクトとセレーナがいちゃいちゃしてるし」
「はああああ? いちゃいちゃはしてねーだろ、いちゃいちゃは!!」
「そこに反応するの!? テントに落ちてきたものの心配は!? もういい、とにかく着替えて!!」
ジークは軽くキレながら、ザクトを更衣室へ引きずっていく。
二人を見送り、私はにこにことぬいぐるみを撫でた。
「みんなかわいいねえ。それと、お前もかわいい。ざっくりな作りに見えて、丁寧な仕事のぬいぐるみだ。かわいい子のために、お母さんがせっせと縫ったんだろうね。私が必ず、持ち主を見つけてあげる」
「くうっ……いい子!!!!」
「ん……? 今、どこかから、野太い女性の声が……って、うわっ!!」
声の主を探してきょろついた時、目の前に何かが落ちてきた!
とっさに飛び退き、目をこらす。
何が落ちてきたのか見極めようとして――私はのけぞった。




