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ホラー小説集

歪んだ水転写デカールの祟り

作者: 大浜 英彰
掲載日:2025/08/28

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。

 休日の午前中に届いた宅配便の荷物は、小学生になる娘の京花がネット通販で頼んだプラモデルだった。

挿絵(By みてみん)

「有り難う、お父さん。受け取ってくれて。このメッサーシュミットのBf109、届くのを楽しみにしてたんだ!」

 小学三年生の女子が第二次世界大戦中のドイツ軍戦闘機のプラモデルを一日千秋の思いで待ち焦がれるとは、我が娘ながら実に渋過ぎる。

 しかし僕自身もプラモデルや模型は好きな方だから、親子で趣味を共有出来るのは喜ばしい限りだよ。

「さ〜て、ハルトマン機仕様にしようかな?それともバルクホルン機仕様にしようかな?って、あれっ?」

 嬉々として初期不良の有無を確認していた娘が素っ頓狂な声を上げたのは、水転写デカールを手にした瞬間だった。

「あれ?鉤十字のマークがバラバラに印刷されている…」

「ああ、それは海外需要を見越した自主規制だよ。ヨーロッパなんかだと鉤十字みたいなナチスの象徴は使えないからね。」

 漢字の「田」の字を印刷して一部を切り取らせたり、今回みたいに分割状態のを組み合わせたり。

 リアリティを追求するユーザーを支える模型メーカーの努力は、本当に涙ぐましい限りだよ。

「成る程、要は『大人の事情』だね。だけど組み合わせるタイプだとズレないように気をつけないとね。」

「そうだね、京花。そういう分割式の水転写デカールには、お父さんも泣かされたクチなんだよ…」

 ランナーとデカールの確認を終えた娘に笑い掛けながら、僕は少年時代の事に思いを馳せたんだ。

 あれは確か、僕が今の京花と同じ位の小学生の頃の話だったなあ…


 冬休み後半の松の内、両親からのお年玉を握り締めて僕が近所の模型店で買い求めたのはVI号戦車ティーガーE型のスケールモデルだった。

 多色成形で接着剤も塗料も不要なロボットアニメのプラモデルに比べると、過去の歴史で本当に起きた戦争の兵器を模したスケールモデルは子供心にも大人びて見えたもんだよ。

「せっかくだから武装親衛隊仕様にしたいけど…デカールはこれか…」

 子供の時のお父さんが買ったティーガーのデカールも、京花のメッサーシュミットみたいに親衛隊の部隊章がバラバラに印刷されていたんだ。

 普通のデカールより手間は かかるけど、自分ならきっと出来るはず。

 子供の時のお父さんには、そんな自信があったんだ。

 ところが、そんな自信はクシャミ一つで脆くも崩れ去ってしまったんだよ。

「ハッ…ハクション!」

 気付いた時には、もう遅かった。

 せっかくの部隊章もヨレヨレに歪み、おかしな模様になってしまったんだよ。

「あ〜あ、どうしよう…」

 駄菓子屋で売っている安物のプラモデルなら打ち捨てて次のを買えば良いけど、ティーガーE型はお年玉をはたいて買ったのだからそうもいかない。

 溜め息混じりに組み立て中のプラモデルを箱に片付けると、僕は途方に暮れながら布団に入ったんだ。


 その日の夜、僕は不思議な夢を見たんだ。

 そこは慣れ親しんだ子供部屋ではなくて、石造りの建物が並ぶヨーロッパの街角だった。

 しかもアチコチの建物が崩れたり燻ったりしていて、まるで戦場みたいだった。

 いや、あれは紛れもなく第二次世界大戦で戦火に焼かれたヨーロッパの町だったんだよ。

 何故なら僕の目の前には、一分の隙もない武装親衛隊の軍服を着た男達が立っていたのだから。

「おい、小僧。自分が何故ここにいるか分かるか?」

 ドイツ人の武装親衛隊なのに流暢な日本語で喋っているのも変だったけれど、そんな些細な事を気にする余裕なんて夢の中の僕にはなかった。

 何故なら武装親衛隊の軍帽を被った男達の顔は、グニャグニャに歪んでいたのだから。

 それはまるで、水転写デカールを貼り損ねたみたいだったよ。

「分かるな、小僧!貴様は我等の誇りを歪めたのだ!撃ち方、始め!」

「うわああっ!」

 軍用小銃であるヘーネルStG44の銃声に追われるようにして逃げ出した僕だったが、逃げた先にはVI号戦車ティーガーE型がいたのだから堪らないよ。

 しかも車体に描かれた親衛隊の部隊章もヨレヨレに歪んでいたのだから。

「うわあっ!誰か、助けて!」

 無我夢中で走っているうちに、僕は水溜りに足を取られて転んでしまった。

 いや、それは水溜りじゃなかった。

 水底にはビッシリと、ナチスの部隊章の水転写デカールが沈んでいたのだからね。

「うわあ〜っ!痛いっ、痛いっ!」

  そうして巨大なピンセットに摘み上げられた所で、僕は漸く目を覚ましたんだ…


 話を聞いている最中の京花は、口をポカンと開けたままで一言も喋ろうとはしなかった。

 いや、出来なかったんだろうな。

 やっとの思いで絞り出せたのが、次の一言だったんだ。

「それで…お父さんはどうしたの?そのティーガーE型のプラモデル…」

「勿論、きちんと組み立てたよ。駄目になったナチス関連のデカールはマークセッターで剥がして、結局は国防軍仕様にしたけどね。それ以来、ティーガー戦車に追われる悪夢は見ていないよ。」

 それに思う所があったのだろう、数日後に京花が完成させたメッサーシュミットには国防軍仕様のデカールが貼られていたんだ。

「二枚のデカールを貼り合わせるのは、今の私には早いからね。もっと上手くなってからにするよ。」

 だけどメッサーシュミットを組み上げる時に使わなかった鉤十字の水転写デカールも京花は決して無駄にはせず、母親名義のフリマアプリで売ってしまったらしい。

 あの水転写デカールも、きっと新しい持ち主の元で有効活用されているのだろうな…

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― 新着の感想 ―
渋すぎる趣味で驚きました! プラモデルのチョイスも渋くて良いと思いました。 悪夢としては地味に嫌な部類に入りますね……。 せっかくなら綺麗に作りたいものですもんね! 面白かったです!
デカールは上手く貼れない、やり直しが利かない、予備がない、とないない尽くしだったからなあ…………。 ワタシが買ったのはガンダムとかボトムズとかだったが。 それもゾイドが出始めてからは買わなくなったけど…
 面白かったです。  小学生の女の子が戦闘機のプラモデルを……、という設定から意外性がありました。そこからお父さんの不思議で怖い経験への展開がスムーズに感じました。デカールが歪む、からの悪夢が面白い…
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