15
ラルネシオにうながされ、ヤマトは調査の結果を説明し始めた。
「では最初から説明します。総長たちには時々報告を上げていましたが、ハル様もいらっしゃるので改めて。まず、俺は始め、他の竜騎士たちと一緒にドラニアス内で調査をしていました。国内にいる混血の竜人を探すと同時に、国外へ出て行った竜人の情報を集めるために」
うんうん、と頷きながらハルは真剣に話を聞く。
「結果、国内にいる混血の竜人は見つけられなかったんですけど、国外へ出て人間と結婚したらしいという竜人の情報はいくつか得る事ができました。やっぱり国外へ出て行ったのは職人が多かったですね。ドラニアスとは違う文化を学ぼうとして異国へ向かい、その地で人間の伴侶と出会い、そのまま定住するというパターンがほとんどです」
ヤマトの話によると、国を出た職人たちでもドラニアスから遠い国にいきなり向かう者はまずいないようで――職人として腕を磨くために国を出ても、皇帝からあまり離れたくないという気持ちもあるようだ――皆最初はラマーンやサイポスを訪れるのだという。
しかしその二つの国はドラニアスと同じく排他的な一面があるようで、よそ者はあまり歓迎されないらしい。
また、王都以外は小さな町や村ばかりなので住民同士の結びつきも強く、ひっそりと紛れ込む事も難しいとか。
それにラマーンとサイポスはドラニアスから近いので、肌色の違う者や筋肉質で体の大きな者が現れたりするとすぐに竜人だと気づき、敬遠されるようだ。
そこで、ドラニアスを離れた職人たちが次に目指したのはジジリアだったようだ。
ジジリアはラマーンやサイポスと違ってどちらかというと裕福な国なので、出稼ぎに来る移民も多く、人口の多い大きな街に出れば、竜人だという事を隠し、ただの職人として生活をする事も可能なのだ。
ヤマトは続ける。
「でもですね、ジジリアでも一か所に長く留まる事はできません。何故なら竜人は寿命が長い分、老いるのが遅いですから、十年十五年とジジリアで暮らしていれば、いつまでも若いままの竜人は、やがて街の住民たちから不審がられる事になります。それで彼らは――ドラニアスを出た職人たちは、ジジリアの各地を移動する事になるんです。人間の伴侶や、その伴侶との間にできた子どもがいる場合は、家族と一緒に」
ヤマトは膝をついたまま、ハルを見上げて話す。
「そしてそうやって移動しているうちに、彼らは自分と同じような境遇の者たちと出会う事になります。つまり、人間と結婚した竜人たちに」
ある家族はまだ夫婦共に若いかもしれないし、ある家族は人間の方だけが老いて見た目には夫婦とは分からなくなっているかもしれない。
けれど彼らは寿命の違いを受け入れて、それでも夫婦になった者たちだ。
「自分たちと同じような家族を見つけた竜人たちは、皆で集まって、ジジリアの辺境の山奥に小さな村を作りました。そこでは夫婦の片方がいつまでも老いなくても、おかしいと言う者は誰もいません。皆、同じ状況だからです。俺は今回そこに行ってきましたが、彼らはそこで人目を気にする事なく生活をしていました。見た目は親子のように見える夫婦が仲睦まじく暮らしていたり、人間より優れた運動能力を持つ混血の子どもが山を駆け回っていたりします」
ジジリアの街中にいても、ドラニアスに帰ってきても、老い方に差がある夫婦は周囲の注目を集める事になる。ジジリアでは竜人が奇異の目で見られるし、ドラニアスでは人間の方が居心地の悪い思いをするかもしれない。
だから彼らは自分たちの村を作るという方法を取ったのだろう。
「それじゃあアリサは、その村に住んでいる人なんだね」
ハルが尋ねると、ヤマトとアリサは同時に「はい」と答えた。
ヤマトは再び説明を始める。
「村では現在、七つの家族が生活をしています。竜人と人間の夫婦に混血の子ども、という構成の家族もいれば、人間の伴侶に先立たれた竜人と成人した混血の子ども、また、竜人も亡くなって混血の子どもだけが残されている家もありました」
「子どもだけが残されていると言っても、その子どもももういい歳なのだろう? 寿命が百八十年の竜人の親が亡くなるくらいなのだから、子どももその分成長しているはずだ」
サザが口を挟むと、ヤマトは頷いた。
「はい、そうですね。その村にいた混血の子どものうち、最高齢の者は百四十歳でした」
ヤマトが唇の端を上げてさらりとそう答えると、一瞬、大広間は時間が止まったかのように静かになった。
「百四十歳……っていう事はつまり……」
ハルは目を見開きながら、ヤマトとアリサを見つめた。
ヤマトは白い歯を覗かせて笑うと、こう答える。
「そうです。俺が調べた結果では、どうやら混血の子は、竜人と同じだけ生きる事ができるようです」
ハルは丸い瞳をさらに丸くして、目を見開いた。
アナリアが息をのむ音、そしてグオタオが「おお」と声を漏らしたのは聞こえてきたが、他の皆は慎重で、まだ大きな反応は見せずヤマトの話の続きを待っている。
「運動能力なんかは竜人には劣るようですし、ハル様もそうだったように、人間と同じく風邪にかかったりはするようですが、寿命に関しては竜人と同じだと結論づけていいと思います」
最初にそう言ってから、ヤマトは続けた。
「今、村にいる混血の子ども――あ、俺が言う混血の子どもっていうのは全部、〝竜人の血が二分の一入った混血の子ども〟の事です。村には四分の一竜人の血が入った子どももいましたが、彼らは数に入れていません。――それで今、村にいる混血の子どもは七人ですが、アリサを含めた三人はまだ若かったり子どもだったりするので、老いる早さから寿命を推測する事はできませんでした。ただ、他の四人は竜人と同じように老いているので、寿命は竜人と同じだと推測できます。さらに、村はアリサが生まれるずっと前からあったので、過去にも混血の子どもはたくさんいました」
「彼らがいくつで亡くなったかは分かったのか?」
サザが尋ねると、ヤマトはすぐに答えた。
「はい。村では代々の住民たちの名簿が作られていたのですが、そこに亡くなった年齢も記録されていたので」
「それで、どうだった?」
「混血の子たちは例外なく長生きでした。竜人と同じように」
ヤマトははっきりと言う。
「その名簿から俺はさらに十一人の混血の子の情報を得る事ができましたが、皆、竜人と同じだけ生きています。二人は山の事故で、一人は病気で寿命を全うせず亡くなったようですが、それでも享年は百歳を超えています」
「つまり、今、生きている四人と名簿の十一人を合わせて、信頼できる情報が十五人分集まったという事か」
短いあご髭を触りながらラルネシオが言うと、ヤマトは大きく頷く。
混血の子どもがいつまで生きられるのかという情報は、一人の例だけでは心許ない。その一人が長生きでも、他の一人は人間と同じく短命であるかもしれないからだ。
けれど十五人分の情報が集まって、その全員が竜人と同じように年を取っているという事であれば、竜人の血が二分の一入った混血の子は皆、竜人と同じ寿命を生きると結論づけていいのではないだろうか。
レオルザークや将軍たち、クロナギたちもそう思ったようで、そこでやっとクロナギは安堵したように息を吐き、レオルザークはヤマトを褒め称えた。
「よくやった、ヤマト」
ヤマトは少し照れくさそうにしながら言う。
「アリサたちが一か所で固まって暮らしてくれていたので助かりました。ドラニアスを出た職人の一人を辿って、彼らが暮らす村を見つけるまでは大変でしたが、そこにたどり着けさえすれば、後の調査は楽でしたから。住民はちゃんと名簿を残してくれていましたしね。混血の子の情報をいくつか集めるのに、世界中を回る覚悟もしてたんですけど」
そうする事なく、アリサの住む村だけで十分な例が得られたのは幸運だった。
ヤマトは明るく続ける。
「村の住民たち――特に一度ドラニアスを出た職人たちは、ハル様の事を話すと皆泣いて喜んでいましたよ。ジジリアの山奥にいても、エドモンド様が殺されたという情報は耳に入っていたようですから」
「今回、私は父の故郷を見てみたくてヤマトさんにお願いして一緒に連れてきてもらったんですけど、本当は父の方が陛下にお会いしたがっていたんです」
アリサはハルを見上げて言う。
「ただ、三日前に私の母が山で転んで足の骨を折っていて、父は今は母につきっきりなんです。行きたいけど、母さんも心配だから行けないって言ってました」
アリサの言葉に、ヤマトがこう続けた。
「たぶんそれだけじゃなく、親父さんたちは、自分たちは皇帝やドラニアスの皆に会わせる顔がないって思ってると思う。国を出たまま戻ってないっていう罪悪感があるみたいだから」
「あ! そうですね。父は最初、竜騎士だって名乗ったヤマトさんに驚いて、国を出た自分たちを罰しに来たんだと勘違いして、家族や村の皆と逃げようとしてましたから」
「そうそう」
「そんなの気にせず、帰って来たいならいつでも帰ってくればいいのに」
アリサとヤマトの会話を聞いて、ハルが言葉を挟む。
しかしすぐにレオルザークはこう続けた。
「いいえ、竜人でありながら皇帝の側にいる事を選ばず、国に帰らないという道を選んだ彼らを、私は心から歓迎する事はできません」
「レオルザークは厳しいな」
ラルネシオが苦笑して言い、
「まぁまぁ、彼らが国を出て人間と夫婦になったから混血の子が生まれ、今、我々は陛下の寿命を知る事ができたのだから、その点は感謝できるだろう。よくぞ国を出て行ってくれたと」
サザは穏やかにほほ笑みながら冗談めかして言う。だが、レオルザークは確かにそうだと思ったのか、反論する事はせずに黙った。
「ほら、レオルザークがそんな事言うから、アリサが怖がってる」
自分も歓迎されていないのかと思ったアリサが、ちょっぴり怯えた目でレオルザークを見ている。
ハルの言葉に笑ってから、ラルネシオが言う。
「怯えなくても、お嬢さんのような混血は、むしろ今はドラニアスの国民たちに歓迎されるぞ。なにせ〝皇帝と同じ混血〟だからな。差別されるような事はないだろう」
「だといいんですけど……。実は、少しドラニアスを見て回りたいと思っているので」
アリサはそう言って隣りにいるヤマトをちらりと見た。少し恥ずかしそうな、けれど期待の込もった目で。
しかしヤマトはそれに気づかず言う。
「そうそう、それでアリサ一人では不安だろうしと思って、誰か暇な竜騎士をお供につけてやろうかと思ってまして。いいですよね、総長? アリサは村で俺の調査にかなり協力してくれたんですよ」
「仕方がない、いいだろう」
「え、あの、ヤマトさんは?」
アリサは慌ててヤマトを見たが、ヤマトはあっけらかんと言う。
「俺? 俺はちょっと、これから報告書も書かなきゃならないし、久しぶりにハル様と一緒にいたいんで」
「そんな事言わずにヤマトがついて行ってあげなよ。知らない竜騎士と一緒だとアリサが緊張するよ。報告書は後でいいし。ね? レオルザーク」
「……そうですね」
報告書は後ではよくなさそうだったが、レオルザークはハルに言われて渋々頷いた。
ヤマトも「えー」と言いつつ、最終的にはこう言う。
「でもまぁ、そうですね。俺が案内した方がよさそうです」
「ありがとうございます、ヤマトさん! 皇帝陛下! 嬉しい!」
アリサは目を輝かせて喜んだ。
彼女はヤマトに好意を持っているのだとハルでさえ気づいたのに、どうして当人のヤマトは気づかないのだろう。今も「そんなに喜ばなくても」と少し困惑しているだけで、全くアリサの気持ちに気づく様子はない。
他人の関係性などはよく観察しているヤマトだが、自分に向けられている感情には疎いのかもしれない。
たぶんアリサはヤマトと別れるのが嫌でここについて来たんだろうな、とハルはそう思った。
『父の故郷を見てみたくて』という理由は半分は本当なのだろうけど、もう半分には、ヤマトと村で別れてそれきりになるのが嫌だったという理由もあるのではないだろうか。
ヤマトは予想外に鈍そうなので大変だろうが、アリサには頑張ってほしいなと思う。ヤマトを好きになるなんて、アリサは見る目がある。
「じゃあヤマト、また後でね。今回はありがとう」
クロナギにうながされて、ハルはそう言いながら玉座から下りた。
「アリサの案内が済んだら、たくさんお休みをあげるからね」
最後にそう伝えて手を振って、クロナギたちと大広間を去る。ヤマトにはご褒美として、おやつのお菓子も分けてあげよう。
そして廊下へ出てアリサが見えなくなったところで、ハルはくるりと振り向いて自分の真後ろにいたクロナギを見上げた。
「よかったね。これでずっと――」
しかし話している途中でアナリアが間に入ってきてハルを抱きしめたので、ハルはクロナギと視線を合わせてお互いに困ったように笑う。
ハルは一旦クロナギに話しかけるのはやめて、アナリアを抱きしめ返した。強い力で抱きしめられているので少し苦しいが、これもアナリアからの愛情の表れだと思って我慢する。
「アナリア、心配かけてごめんね。これからもずっと一緒だからね」
「ハル様……本当によかった……っ」
アナリアはハルの肩に顔を埋めて泣き出してしまった。それを見たグオタオも目を赤くして「よかったよかった」と娘の背中を撫でる。
オルガもサイファンも他の三人の将軍たちも安堵したように笑っていて、レオルザークとソルも珍しく口の端を上げている。
「ほんと、よかった」
アナリアに抱きしめられながらハルもほほ笑んで、独り言のように呟いたのだった。




