表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたシゴデキ令嬢、ユニークスキル【万能ショップ】で田舎町を発展させる  作者: 絢乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/55

053 反逆のローランド

 その日のうちに、私は〈ドーフェン〉を発った。

 伯爵家の馬車に続く形で、自分の馬車で〈モルディアン〉に向かう。

 しばらく町を空けるため、ルッチには町長の代行を頼んだ。


 代わりに御者を務めるのは、新米のトムだ。

 新米とはいえ40歳で、先月、〈モルディアン〉から移住してきた。

 〈モルディアン〉でも御者を務めており、私も市長時代にはお世話になった。


「〈モルディアン〉が見えてまいりました」


 トムの声が聞こえる。

 昔と変わらぬ淡々とした口調だ。


(ルッチさんとは大違いね)


 私は一人、馬車の中で笑う。

 トムは必要最低限のことしか話さない寡黙な男だ。

 絵に描いたような職人で、ルッチとは対照的な存在である。


「わかりました」


 私は返事をし、表情を引き締めた。

 〈ドーフェン〉を発ってから数日、いよいよ修羅場がやってきた。


 ◇


 〈モルディアン〉に入ると、真っ直ぐ城に向かった。


「マリア様だ! マリア様が帰ってきた!」


「ライルの野郎、マリア様に泣きついたのか!」


 私に対する歓声と、ライルに対する恨み言が聞こえる。

 敬称が堂々と省かれているあたり、ライルに対する不満の高さは相当だ。


(こればかりはライル様が気の毒に思うわね……)


 都市の経営権は、長らくエステルが握っていた。

 しかし、市民にはそのことが知らされていなかったのだ。

 だから、彼らはエステルの失態をライルのせいだと思い込んでいた。


「マリア様! どうか〈モルディアン〉をお救いください!」


 私は窓を開けて、笑顔で手を振って応じた。


 ◇


 城に到着した。

 亡き父の考えが反映された、小さくて質素な城だ。

 この城を眺めるたびに、『貴族は民の模範たれ』の精神を思い出す。


「私はローランド様やライル様とともに市長室で作業をします。6時間ほどかかりますので、トムさんは自由になさってください」


 馬車から降りると、私はトムに言った。


御意(ぎよい)


 トムは短く答え、馬を引いて厩舎(きゆうしや)に向かう。


(相変わらず律儀な人ね。長めの時間指定をしたのは正解だったわ)


 今回は長丁場だが、それでも4時間で済む予定だ。

 どれだけ長引いても5時間はかからない。


 トムに「6時間ほど」と言ったのは、彼の性格を考慮したからだ。

 ルッチと違ってプロ意識が高いため、必ず1時間前には待機している。

 6時間ほどと言っておけば、4時間半後には準備を済ませるはずだ。


「マリア様、こちらへどうぞ!」


 ローランドに案内されて、私は城に入った。


 ◇


 私たち3人は市長室にやってきた。

 小さな城に相応しい小さな部屋で、内装は〈ドーフェン〉の町長室に似ている。

 部屋の奥には執務机とそれ用の椅子があり、手前には応接用のソファと木のローテーブルが設置されていた。

 いずれも〈モルディアン〉の職人が製作したものだ。


「それでは契約を済ませましょう」


 私はローテーブルに契約書を並べる。

 契約書は二通一組で、複数用意してある。

 〈ドーフェン〉で事前に作成したもので、両者の署名と押印は済んでいる。

 私のほうは、町長印による割印まで済ませていた。


 残るは市長印による割印だけだ。

 それが済めば、契約は締結される。


「ライル、市長印を」


「はい!」


 ライルは執務机の引き出しから市長印を取り出した。

 それを手にソファに座ると、緊張の面持ちで割印を押していく。


「これで契約完了ですね」


 私が言うと、ライルは「ふぅ」と息を吐いた。

 ローランドも安堵の笑みを浮かべている。


「マリアが来ているとはどういうことですか!? テーブルに並んでいる紙は何ですか!?」


 そこにエステルがやってきた。

 ノックもせずに扉を開けて、鬼の形相で私たちを睨んでいる。


「エステル様、お久しぶりです」


 私は座ったまま微笑んだ。


「黙りなさい! あなたには話しかけていません! 私はローランド伯爵に尋ねているのです!」


「マリア様には〈モルディアン〉の再建をお願いすることにしました。ここにあるのは、そのために必要な契約書でございます」


 ローランドは契約書に目を落としたまま答える。

 その口調は氷のように冷たかった。


「なんですって!? どうしてそのようなことを!?」


「それが最善であると判断したからです」


「最善……!? 私は認めておりません!」


「エステル様に認めていただく必要はございません。決定権があるのは市長のライルですから。そうでございましょう?」


「ぐっ……! ですが、マリアは公爵領の町長ですわ。そのうえ、ここは伯爵領の第二都市です。重要な都市にもかかわらず、他領の人間に頼るのはいかがなものですか?」


 エステルは声を震わせながらローランドを睨む。


 その瞬間、ライルの表情が変わった。

 不安そうにローランドを見つめている。

 その様子を見て、私はライルの心中を察した。


(エステル様と同じ考えというわけね)


 他領の人間に都市経営の実権を渡すなど、通常ではあり得ないことだ。

 エステルが疑問を呈し、ライルが不安そうにするのは当然だった。

 提案を受けた私自身、「思い切ったわね」と感じたほどだ。


「申し訳ございませんが、エステル様――」


 ローランドは大きく息を吐き、エステルに顔を向けた。


「――もう、そういう時代は終わったのです」


「は……?」


「この国の精神は『貴族は民の模範たれ』でございます。最優先にすべきは自らの地位や名誉ではございません。ヴァレンティン王国の国民に喜んでもらうことこそ大事であって、地位や名誉は勝手についてくるものなのです」


「ローランド伯爵、あなた、何をおっしゃって……」


「たしかにマリア様は公爵領の貴族です。でも、それが何だというのですか? マリア様が承諾されていて、我々も納得している。そして〈モルディアン〉の市民も喜んでいる。ならば何も問題ないではございませんか」


 一連の発言には、ライルとエステルだけでなく私も驚いた。


(ローランド様が地位や名誉を二の次として扱う日が来るとはね……)


 レオンハルトから、ローランドとの関係が改善されたとの報告は受けている。

 しかし、これほどまでに浄化されたとは聞いていなかった。


「いや……いやいや……」


 エステルは何か言おうとするも、何も言えないでいた。

 ひたすら「いや」を繰り返すだけで、次の言葉が浮かばないようだ。


「ちょうどいい機会ですので、エステル様にはこの場でお伝えしておきましょう」


「伝える? 何をですか?」


 ローランドは静かに口角を上げると、ライルの肩に右手を置いた。


「ライル、わかっているな?」


「………………はい」


 ライルは少し考えてから立ち上がった。

 どうやら理解するまでに時間を要したようだ。


「エステル様、大変申し上げにくいのですが……」


 ライルは体をエステルに向けると、目を泳がせながら言った。


「本日付で副市長職を廃止することになりました。それに伴い、エステル様は解任となります」


「え?」


 エステルは固まった。


評価(下の★★★★★)やブックマーク等で

応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ