036 プレオープン
本来、公爵にこのようなことを言ってはならない。
そうわかっていても、私は言わずにはいられなかった。
「正気ですか?」
それほどまでに、レオンハルトの告白は意外だった。
とりわけ驚いたのは「君のことが好き」というセリフだ。
政略的な都合で告白されるのであれば理解できる。
〈万能ショップ〉は自分でも「ずるい」と思うほど強力だからだ。
前世の知識があることも拍車をかけている。
「正気だ。俺が惹かれるのは、外見や地位ではない。知性だ」
そう言い切ったあと、レオンハルトは慌てて補足した。
「誤解しないでほしいが、君の容姿を貶しているわけではないからな!」
「承知しております」
ありがたいことに、私の容姿は「端麗」と評されることが多い。
容姿のおかげで得をしたことはあっても、損をしたことは一度もない。
だから、レオンハルトの言いたいことが理解できた。
「マリア、君は誰よりも聡明だ。卑下でも何でもなく、純然たる事実として、俺は君に遠く及ばない。それはわかっているが、それでも俺は君がほしい。俺の隣に立つ女性は君でなくては満足できない」
レオンハルトの目を見れば本気だとわかった。
だからこそ、私もまっすぐ彼を見つめて答えた。
「申し訳ございません、レオンハルト様」
「どうしてもダメか?」
私は「はい」と頷いた。
「レオンハルト様の告白を断ることがどれほど畏れ多いかは理解しています。ですが、今の私は〈ドーフェン〉の町長として職務を全うするだけで手いっぱいです。そのため、レオンハルト様の恋人として適切に振る舞うことができません」
「……そうか」
レオンハルトが残念そうに呟いた。
「私のことを最大限に尊重していただいたにもかかわらず、自分勝手な対応をしてしまい、誠に申し訳ございません」
告白が政略的な都合によるものであれば、私は承諾していた。
その場合、私の選択肢に「拒否」が含まれていなかったからだ。
断れば公爵家の看板に泥を塗ることになる。
レオンハルトも理解していたに違いない。
だからこそ、彼は恋愛目的であることを前面に出してきた。
私の選択肢に「拒否」が含まれるように。
(わかってはいたけれど、本当に誠実な方ね……)
レオンハルト以上の異性と巡り会えることはないだろう。
そのことは、他人に指摘されなくてもわかっている。
しかし、自分の選択に後悔はしていない。
「自分勝手なことはないさ。率直な気持ちを教えてくれてありがとう」
レオンハルトが優しく微笑んだ。
残念そうではあるが、どこか清々しさも感じられた。
「念のために言っておくが、告白の件は恥ずかしいから他言しないでくれよ」
冗談っぽく笑うレオンハルト。
私に罪悪感を抱かせないように配慮しているのが丸わかりだ。
「もちろんでございます。とりあえずコーラでも飲みますか!」
「お、いいな!」
「では、今日は特別に〈ポテトチップス〉……略して『ポテチ』もお付けしましょう!」
「ポテチ!? なんだそれは……!」
「コーラに合う最高のお菓子でございます!」
私は〈万能ショップ〉でポテチを購入した。
「さあ、どうぞ!」
「うおおお! なんだこれは! コーラに合うではないか!」
「そうでしょう! コーラとポテチの組み合わせはたまりません! もはや罪……そう、罪の味でございます!」
しばらくの間、コーラとポテチで盛り上がった。
◇
数日後。
私とレオンハルトは、同じ馬車で〈モルディアン〉に入った。
今回の私は公爵の同伴者という立場のため、大人しくしていた。
本当は窓を開けて市民に「やっほー!」と声をかけたいが我慢する。
「ショッピングモールに到着いたしました!」
御者が扉を開け、私たちは馬車から降りた。
「これは……立派だな」
レオンハルトは前方を眺めながら呟いた。
私も「ですね」と同意する。
ショッピングモールは、想像していたよりも大きかった。
四階建ての四角錐台で、簡素ながら独創的なデザインだ。
このデザインが採用されたのは、建築速度を優先したからだろう。
合理的で悪くないと思った。
「マリア様だ! マリア様がいるぞ!」
「マリア様ー! どうですか! ショッピングモールは!」
「ライル様がマリア様に負けじとやってくれましたよ!」
「しかも俺たちの税負担は変わらずです!」
「これにはマリア様も驚いたんじゃないっすかー!」
市民たちが集まってくる。
ショッピングモールは好意的に捉えられているようだ。
そんな中で「うーん……」と渋い反応をするわけにもいかない。
水を差すような発言は控えておこう。
「なかなか悪くないですね! ですが、〈ドーフェン〉だって負けていませんから! 今にすごいネタを発表するから楽しみにしていなさいよー!」
私は笑いながら返した。
「すごい人気だな、マリア。まさか俺が見向きもされない日が来るとは思いもしなかったよ」
レオンハルトが笑っている。
「す、すみません! 同伴者の分際で調子に乗ってしまいました……!」
「気にするな。俺も楽しませてもらっている」
私たちが話していると――
「レオンハルト様! ようこそお越しくださいました!」
息を呑むほどの美女が近づいてきた。
白銀の長い髪と真紅のドレスが特徴的で、年齢は私と同じくらい。
ライルとメアリーも一緒にいる。
(この方がエステル様ね)
一目でわかった。
「これは……エステル様。本日はご招待いただきありがとうございます。ライル殿もお久しぶりです」
レオンハルトが表情をきりっとさせた。
「あ、ああ……久しぶりです」
ライルは緊張の面持ちで答えると、視線を私に向けた。
「マリアも久しぶりだな」
「はい、お久しゅうございます、ライル様」
私は一歩下がって一礼した。
すると、今度はエステルが私に言った。
「あなたがマリアですか」
「はい、マリア・ホーネットと申します」
「私はエステル・ヴァレンティン。お会いするのは初めてですが、あなたにはいろいろとお世話になりました」
エステルが「ありがとうございました」と頭を下げる。
(いろいろって何だろう? 参考書や香水のことかな?)
真意は不明だが、私は「いえ」とだけ答えておいた。
「それでは、〈モルディアン〉の新たなランドマークであるショッピングモールをご案内いたします! レオンハルト様、どうぞこちらへ!」
「ありがとうございます」
レオンハルトとエステルが並んで歩き出す。
私とライル、メアリーの3人はその後ろに続いた。
(エステル様の恋愛がうまくいきますように!)
レオンハルトは、どういうわけか私に好意を抱いている。
そのため、今のエステルは苦境に立っているようなもの。
しかし、恋愛にこうした困難はつきものだ。
惚れた相手が別の人間に惚れていることなど日常茶飯事である。
最初から相思相愛で始まるほうが珍しい。
そして、エステルは間違いなく血の滲むような努力をしている。
債券やショッピングモールの案は、付け焼き刃では絶対に思いつかない。
私は彼女の案に否定的だが、そこへ至るまでの過程は高く評価している。
だからこそ、エステルの恋が成就することを心の底から願っていた。
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