029 移住希望者の対策
「もう一つの理由って何すか?」
ルッチが尋ねてくる。
「他所から人を奪ってしまうことです」
「人を奪う?」
ルッチにはわからなかったようだ。
「例えば〈ルインバーグ〉から〈ドーフェン〉に移住したとします。すると〈ドーフェン〉の人口は増えますが、〈ルインバーグ〉の人口は減ります。それはわかりますよね?」
「わかります! ただ、それの何が問題なんすか? どこもやっていることじゃ?」
「おっしゃるとおり、どこもやっていることです。それなのに〈ドーフェン〉ではどうして問題になるかというと、移住を認めると際限なく受け入れることになりかねないからです。最終的には付近の小さな町や村がなくなり、そこに住む人たちはすべて〈ドーフェン〉に移住するでしょう」
「最高じゃないっすか!」
ルッチが声を弾ませる。
私は「いやいや」と苦笑した。
どうやら説明方法を変えないと伝わらないようだ。
少し考えてから、別のアプローチで説明を試みた。
「ルッチさんは、休みになるとナンパした女性を連れて都市部に行きますよね?」
「ギクッ! たしかに行っています……。あ! もしかして、マリア様も俺とデートをしたくて――」
「いえ、まったく興味ありません」
「…………」
ルッチが凹んだ。
「そういうことではなくて、都市部に行ったらお高い飲食店を利用していますよね? よく私にお話を聞かせてくださるじゃないですか」
「はい!」
「そのためのお金はどうやって稼いでいますか? 給料だけでは足りませんよね?」
「そりゃ転売ですよ! 行商人から買ったものを他所で売って、そのお金を使うっす! 俺だけじゃなくて、みんなそうだと思うっすよ!」
私は「ですよね」と相槌を打った。
「当然、移住希望者もそういうことをしたいと考えますし、実際に移住してきたら同じことをするでしょう。しかし、転売できる商品の数には限りがあります。というのも、補助金の対象になるのは定期の行商人だけだからです」
「そっか! 転売で稼げるお金が減るんだ!」
私は「はい」と苦笑する。
自分の損得に直結すると、途端に理解力が高まる男だ。
「まとめると、町の財政負担が大きくなり、すでにいる町民の快適度が下がるうえ、他所の貴族から『税収が下がった』と文句を言われてしまうためです」
「それは大変だ! マリア様ってそんなところまで考えているんすねー! やっぱりすげーや! 天才かよ!」
ルッチが「ほへぇ」と感心している。
「幸いなことに〈ドーフェン〉は出生率が高いため、移住者に頼らなくても時間をかければ自然に発展します。とはいえ、今のようにすべての希望者を断り続けるのも問題があります」
「問題?」
「先ほども言ったように、際限なく受け入れると他所の貴族から『税収が下がった!』と不満が出ます。しかし、まったく受け入れないと、今度は他所の平民から『お前たちだけずるいぞ』と文句を言われるのです」
「それって何が問題なんですか? 別に他所の奴らが不満を言っても、法的には問題ないっすよね?」
「たしかに法的には問題ありません。ですが……」
私は詳しく話そうと思ったが、「いえ」と考えを改めた。
ルッチが理解できるとは思えなかったからだ。
「細かい部分を端折って話しますと、巡り巡って災いのもとになるのです」
「そうなんだ」
「ですので、このままではいけません」
移住希望者の受け入れ基準をどう設定すればいいのか。
私は冷房の効いた快適な部屋で頭を抱えた。
◇
1週間後、絶好の好機が訪れた。
レオンハルトが公爵領の貴族たちを召集したのだ。
臨時の円卓会議を開くとのことだった。
「子爵領で郵便事業を展開することにした。各都市の領主には協力をお願いしたい」
円卓の間に全員が集まると、レオンハルトが切り出した。
「いよいよですな」
第三都市の市長・ザルスが笑みを浮かべた。
他の貴族たちも嬉しそうだ。
皆の反応を眺めたあと、レオンハルトは話を進めた。
「これは事後報告になるが、男爵と侯爵からマリアの力を借りたいとの要望があり、すでに断っている」
「断ったのですか? 侯爵はともかく、男爵とは友好的な関係を築いているはずですが……」
先ほどまで笑顔だったザルスが怪訝そうに目を細める。
他の市長や商業ギルドの会長たちも不安そうだ。
「条件面で折り合わなかった。向こうの要求は、『貴族の間でのみ広まっている化粧品を協力して庶民に普及しないか?』というものだ」
レオンハルトの言う化粧品とは、一般的な化粧品とは異なる。
現代の日本で売られている化粧品のことだ。
香水などと合わせて一部の貴族に提供していた。
「素晴らしい条件じゃないですか! どうして断ったのですか?」
尋ねたのはバイホーンだ。
「それがマリアの希望であり、通貨供給量との整合性を保つためでもある」
「まぁ、マリア様の希望なら仕方ないですね……」
と言いつつ、バイホーンは釈然としない様子だ。
彼だけではなく、ザルスや他の者も納得していなかった。
皆が引っかかっているのは、「通貨供給量」というワードだ。
レオンハルトがそうであったように、皆にはその概念がない。
すでに何度も説明しているため、何となくは理解している。
しかし、どこまでいっても“何となく”でとどまるのだ。
完全には理解していないため、どうしても釈然としない。
だから「マリアが望むなら仕方ないな」という形で我慢していた。
「申し訳ございません」
私は頭を下げた。
「いやいや、マリア様が謝ることじゃありません! 自分の考えが及ばないだけです! こちらこそ申し訳ございません!」
バイホーンが慌てて謝り返してきて、話が一段落した。
「今回は以上だが、皆のほうからは何かあるか?」
レオンハルトが問いかける。
私は皆の反応を窺い、誰も挙手しないことを確認してから言った。
「皆様にご相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「マリアが相談だと?」
レオンハルトが驚いている。
「珍しい……いや、初めてですな」
ザルスも同様の反応を示していた。
「実は最近、〈ドーフェン〉に移住希望者が殺到していて……」
私は事情を説明した。
ルッチに話したことと同じような話をする。
「――ですので、移住希望者をまったく受け入れないのも望ましくないと考えます。現実的な解決策としては、厳しい基準を設けるのがいいと思うのですが、その基準をどの程度に設定すればいいか悩んでいます。皆様のご意見をお聞かせいただけないでしょうか?」
私が言い終えると、ザルスが「さすがですな」と感心した。
「マリア様にご説明を受けるまで、そこまで考えておりませんでした」
「たしかに〈ドーフェン〉で際限なく移住希望者を受け入れるのは望ましくないな。遥か先まで読めば騒動に発展する可能性がある」
レオンハルトも神妙な顔で呟く。
「商人よりも庶民の心を読んでいる……マリア様はすごいな……」
バイホーンも驚いていた。
「……これは一つの意見だが、こういうのはどうだ?」
レオンハルトが提案する。
それを皮切りに、他の貴族からもさまざまな意見が飛び出した。
思ったよりも話が弾んで深い議論になる。
「皆様のご意見を勘案した結果、次の条件を移住希望者に提示しようと思います」
そう言って、私は最終案を説明した。
以下の通りだ。
――――――――――――――――――――
①〈万能ショップ〉で買った家に住まなくてはならない。
②家の代金を移住者の自己負担とする。
③無税を認めず、公爵領の平均的な税率で徴税する。
④行商人補助金の利用を認めない。
――――――――――――――――――――
これは事前に想定していたよりも厳しい条件だ。
とはいえ、十分に妥当性が認められる範疇に収まっている。
私自身は問題ないと思ったし――
「「「異議なし」」」
皆も問題ないと判断した。
「ご協力いただきありがとうございました」
私は皆に頭を下げた。
「いやいや、お礼を言いたいのはこちらのほうだ。君と話すたびに自分が賢くなっていくのを自覚するよ。同時に未熟であることを痛感する。いつも学びがあるよ」
レオンハルトが笑いながら言うと、ザルスが「同感ですな」と微笑んだ。
「いえいえ、私など全然……!」
などと言いつつ、私は「うへへ」と照れ笑いを浮かべる。
その後、〈ドーフェン〉では移住希望者に対する条件が公表された。
また、他の都市でも、掲示板や手紙を通じてこのことを広めてもらった。
効果は絶大で、移住希望者が急減した。
問題解決だ。
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