019 格の違い
ライルを家に招いたのはいいが、中に入ってから問題に気づいた。
応接間が用意されていなかったのだ。
建て替え前の家は、町民たちと大差ない藁葺き屋根の民家だった。
「しょ、少々お待ちください!」
私は大慌てで空き部屋を応接間に仕立てた。
ライルの目の前で、〈万能ショップ〉を連発して環境を整えていく。
ふかふかのソファを二脚向かい合わせにし、間にローテーブルを置いた。
「今のが噂に聞くユニークスキルか……。すごいな、何もないところから次々に高級品が出てきた……!」
「そういえば、ライル様が〈万能ショップ〉をご覧になるのは今回が初めてでしたね」
私は立ったまま「どうぞ」と言い、テーブルを指した。
部屋の奥に位置する上座か、それともドアに近い下座か。
ライルがどちらに座るのかを見たかったのだ。
「失礼する」
ライルは迷うことなく上座に腰を下ろした。
(そこは下座でしょ!)
私は席次にこだわらないが、他の貴族は違う。
もちろんライルも上座と下座にはうるさい。
つまり、ライルは意図して上座を選んだのだ。
彼の情けないプライドが垣間見え、私は呆れてしまった。
「遠路はるばるお越しくださりありがとうございます。それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
私は下座に座った。
高価なソファを買ったので、座り心地がいい。
「実は、〈モルディアン〉で面倒くさいことになってな」
ライルはぽつりぽつりと話し始めた。
私と目を合わせず、俯き気味に説明している。
話すペースがカメのように遅い。
(ずいぶんと慎重に言葉を選んでいるわね)
おそらく父・ローランド伯爵に命じられているのだろう。
ライルは不遜で傲慢だが、父親には頭が上がらない。
「……というわけだ」
長々とした説明が終わった。
「要するに、一緒に〈モルディアン〉へ行き、ライル様のために『私たちは仲良しです』という嘘をつけと言っているわけですね」
私は、彼の話を要約した。
「そうは言っていない。ただ、表向きの真実を話すように言っているんだ。必要なら褒美をくれてやる。お前は商売に熱心なんだろ? いくら払えばいい?」
「表向きの真実とは、つまり嘘をつけということですよね?」
「それは……」
ライルの目が泳ぐ。
「あと、お金は不要です。この町には唸るほどのお金がありますから。それより、あまりにも自分勝手な要求だとは思いませんか?」
「うっ……」
「ライル様、あなたは嫉妬に駆られて私を陥れました。それなのに、ご自身の妾の尻拭いを私に頼んでいるのですよ?」
「ぐっ……それは……その……」
ライルはしどろもどろになり「だから」や「あれだ」などと繰り返している。
このまま待っていても進まないだろう。
無駄な時間を省きたいので、私から話を進めてあげた。
「まぁ、いいでしょう」
「え?」
「ライル様のお望みどおり、〈モルディアン〉に行って市民に『私たちの婚約解消は合意に基づく円満なものだった』と言いましょう」
「本当か!?」
「それだけではございません。必要であれば、ライル様が娼館に入り浸っていた件を私が容認していたことにしましょう。そうすれば、この問題はきれいに解決しますよね?」
「おお!」
ライルの目に希望の炎が灯る。
「ただし、条件があります」
当然ながら、私は無償で引き受けるつもりなどなかった。
「何でも言ってくれ! 俺にできることなら何でもする!」
ライルが前のめりになる。
「ご安心ください。条件といっても簡単なものです」
そう前置きしてから、私は笑顔で言い放った。
「私の条件は一つ――謝罪してください」
「……は?」
ライルが固まった。
「私たちが婚約を解消するに至ったのは、ライル様に濡れ衣を着せられたからです。今さら掘り返して騒ぐつもりはありません。ライル様にも真相を公表しろとは申し上げません。ただ、この場で罪を認めて、私に謝罪してください」
私は〈万能ショップ〉を発動してICレコーダーを購入した。
「なんだ? その黒いものは……」
ライルが首を傾げるので、実際に使用してみせた。
『なんだ? その黒いものは……』
「な!? 今のは俺の声!?」
「これは〈ICレコーダー〉と呼ばれるもので、録音――すなわち音を記録することができます」
「音を記録……!?」
「はい。そして、これでライル様の謝罪やあの件の真相を録音します」
「そんなことをしたら、お前に弱みを握られるではないか!」
「ご安心ください。ライル様やローランド様が私に危害を加えようとしない限り、ICレコーダーの音声を他人に聞かせることはありません」
「信じられるか! お前は俺を恨んでいるだろ!」
ライルがテーブルを叩いて立ち上がった。
「座りなさい」
「なっ……! お前如きが俺に命令す――」
「おとなしく座りなさい! ライル!」
私が怒鳴ると、ライルは大人しく座った。
おそらく私の反応が予想外だったのだろう。
目に見えて驚いている。
「失礼しました。つい呼び捨てにしてしまいました」
「…………」
ライルは何も言わずに私を見ている。
その目からは恐怖が感じられた。
「ライル様、私のことが信じられないのであれば、お一人で〈モルディアン〉に引き返してください。ですが、そうなればあなたは……いえ、ブリッツ家の存続も危ぶまれるでしょう。ローランド様もそうお考えになっているのではございませんか?」
「ぐぐぅ……!」
ライルの唸り声は肯定を意味していた。
「ライル様、よく考えてください。私があなたのことを恨んでいるなら、復讐する手段などいくらでもあるのです。例えば伯爵領にだけ商品を卸さないようにすることもできます」
実際、レオンハルトからそういう提案を受けたことがある。
冤罪の報復として、伯爵領だけ不遇な扱いをしてはどうかと。
そのときは領民がかわいそうなので断った。
「他にも、ライル様が思いつかない方法で復讐することが可能なんです。でも、私はこれまで何もしませんでした。それはあなたのことを恨んでいないからです」
「恨んでいない……?」
「あなたのしたことは残酷であり、醜悪でもありました。私は極刑に処される寸前まで追い込まれましたので、当然ながら不快な気持ちになりました。だからといって、あなたに復讐したところで晴れやかな気持ちにはならないのです」
「どうしてだ……」
「ライル様のプライドを傷つけてしまって申し訳ないのですが――」
私は真っ直ぐライルを見つめて言った。
「――私とライル様では格が違いすぎます。格下をいたぶって喜ぶ趣味はございません」
「…………!」
ライルの顔が歪んだ。
怒っているふうには見えない。
どちらかと言えば絶望しているように見えた。
「ですから、どうかご安心ください。過ちは誰にでもあるものです。そして、間違ったときは謝るのが立派な人間です。我々は貴族であり、民の模範たる存在です。ご理解いただけましたか?」
私が微笑むと、ライルはガクッと項垂れた。
そして、しばらく沈黙した末に口を開いた。
「マリア、本当にすまなかった。君は不貞行為などしていない。すべては俺とメアリーが企てたことだ。申し訳なかった」
ライルは観念して、素直に謝った。
「お許ししましょう」
私はにっこりと微笑んだ。
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