013 原価率
日本では、「原価」や「原価率」という言葉が広く用いられている。
これらの用語は、簡単に整理すると以下のようになる。
・原価:商品の仕入れや生産にかかった直接的なコスト。
・原価率:原価を販売価格で割ったもの。
これを先ほどの洗口液に当てはめると、以下のようになる。
・販売価格:30ルクス
・原価:6ルクス
・原価率:20%
ここで注目したいのは20%という原価率だ。
これは日本の一般的な飲食店より低く、高級飲食店と同程度になる。
別の言い方をすると、「高級飲食店並みの原価率」ということだ。
当然、この原価率であれば、日本で問題視されることはない。
むしろ、もっと高く設定しても許されるだろう。
ユニークスキルを使えるのが私しかいないからだ。
しかし、日本の常識がこの世界で当てはまるとは限らない。
衝撃を受けている皆に対し、私は「えへへ」とごまかすように笑った。
「30ルクスはちょっとした気の迷いと言いますか、そのぉ……」
怒られる前に10ルクスに訂正しよう。
そう思いながら話していると――
「30ルクスは安すぎる……!」
「マリア様、あなたには『欲』がないのか!?」
「なんて器の大きな方なんだ……!」
皆が口を開き始めた。
「へ?」
予想外の反応に、私はきょとんとする。
「自分なら1000ルクスは要求していただろうな……」
バイホーンが言うと、商業ギルドの会長たちは同意した。
どうやら私の価格設定は、「高すぎた」のではなく「安すぎた」ようだ。
「マリア、君には驚かされてばかりだよ。本当に器が大きいな。まさに民の模範、真の貴族と言えよう」
レオンハルトも感心していた。
「ありがとうございます……」
私はペコペコと頭を下げる。
その内心では――
(なんてこった! これだったら100ルクス、いや、200ルクスでも激安扱いだったじゃん! 安売りしすぎたー!)
――器の小ささをさらけ出していた。
「よし、洗口液は社会保障に含めよう」
場が落ち着くと、レオンハルトが言った。
「社会保障?」
首を傾げる私を見て、レオンハルトは「ああ」と頷いた。
「我が領では、全領民に毎月1本の洗口液を無償配布することとする。同時に、毎日2回、朝と夕方に洗口液を使用することも義務づけよう」
「名案ですな。1本30ルクスなら、小さな村でも税収の余剰で賄えるでしょう」
ザルスが賛成する。
他の市長たちも「異議なし」と口を揃えた。
「レオンハルト様、洗口液の交易権をお認めいただけないでしょうか?」
バイホーンが手を挙げて言った。
交易権とは、他領――公爵領以外――で商売する権利のことだ。
「認めよう。我が領で洗口液を売っても儲からないだろうからな。価格は自由に決めてもらってかまわない」
商業ギルドの会長たちが「うおお!」と湧いた。
「ありがとうございます!」
バイホーンも満面の笑みで頭を下げる。
「今回の円卓会議はこれにて終了とする。諸君、ご苦労だった」
レオンハルトは会議の終了を告げて立ち上がる。
私を含む他のメンバーは座ったままだ。
「マリア、このあと俺の執務室に来てくれ」
「え? あ、はい、わかりました!」
レオンハルトは頷くと、悠然とした足取りで円卓の間を出る。
それを確認してから、他のメンバーも続々とその場をあとにした。
◇
円卓の間を出た私は、その足でレオンハルトの執務室に向かった。
「失礼します」
ノックしてから執務室に入る。
中には豪華な調度品や絵画が並んでいた。
私が買った執務用の机やリクライニングチェアもある。
中世と現代の技術が入り混じる奇妙な空間だ。
「疲れているところ悪いな」
「いえ、問題ございません。それより、どういったご用件でしょうか?」
「実は君に渡したいものがある」
レオンハルトは机の引き出しを開けて、一枚の硬貨を取り出した。
「それは……白金貨!?」
「そうだ。これを君にプレゼントしよう」
白金貨は、1枚で金貨100枚と同じ価値がある。
つまり1枚100万ルクスの最上級貨幣というわけだ。
ただし、それは「代金として使用した場合の価値」である。
一般には流通していない貨幣ゆえ、プレミアが付いていた。
白金貨を買うには金貨500枚が必要だと言われている。
その性質から、貨幣というより勲章に近い扱いだった。
「どうして私に……?」
「君の貢献に対するせめてもの謝礼だよ」
「いやいや、受け取れません!」
私は大慌てで固辞した。
「どうしてだ?」
「私は恩返しをする側です!」
謙遜ではなく事実だ。
レオンハルトに対する恩は計り知れない。
それは、冤罪による極刑から救ってくれたことだけではない。
例えば、郵便事業を推進したのも彼だ。
私は提案しただけで、実務はレオンハルトが担っていた。
そのうえ、大貴族にありがちな手柄の横取りなども一切しない。
むしろ私の功績として大々的にアピールしてくれた。
「君がどう思っているかは関係ない。これは受け取ってもらう。さもなければ、私がお叱りを受けるからな」
レオンハルトが優しく笑った。
「レオンハルト様がお叱りを受ける……?」
「これは聞かなかったことにしてほしいが、この白金貨は国王陛下から君への謝礼なのだ」
「陛下の!?」
「陛下もユニークスキルの虜だからな。とはいえ、表立って君の功績を讃えることはできない。それは君もわかるだろ?」
「はい」
ライルの裏工作によって、私は不貞の濡れ衣を着せられている。
庶民はおろか多くの貴族すら知らないが、立場上、私は重罪人なのだ。
「だから、陛下からであることを伏せて渡すように命じられた。ということで、俺のことを思うのならもらってくれないか?」
「わかりました……! そういうことであれば、ありがたく頂戴いたします……!」
私はレオンハルトから白金貨を受け取った。
レオンハルトは「助かったよ」と微笑むと、私の耳元で囁いた。
「ここだけの話だが、陛下は君の処遇を再検討したいと考えておられる」
「え?」
「俺がそうであったように、陛下も君が不貞行為に及んだとは思っていない。そのうえ、君ほど優秀な人間は他にいない。片田舎の〈ドーフェン〉で収まる器ではないとお考えになるのは当然さ」
「片田舎……」
「あと半年ほどで〈アルケオン〉の市長職が空席になる。通例であれば候補者を募り、市民の意見と円卓会議を通して決めるのだが、今回は君に任せたいと考えている」
「〈アルケオン〉って……公爵領の第二都市じゃありませんか!?」
「そうだ。〈ドーフェン〉の町長が〈アルケオン〉の市長になることなど異例中の異例だ。史上初の大出世と言えるだろう。そして、我が領で君をどう扱うかは俺に一任されているわけだから、君を市長にすること自体は何ら問題ない」
「たしかに……!」
「そうして君の存在感をアピールしたあと、陛下が君に恩赦を与える。こうして君の冤罪は、罪そのものがなかったことになる。これが陛下と俺の考えだ」
レオンハルトは力強い眼差しを私に向ける。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
レオンハルトの気持ちが嬉しかった。
彼にはどれだけ感謝しても足りないくらいだ。
それでも――
「ですが、申し訳ございません。私、〈アルケオン〉の市長にはなれません」
レオンハルトの話に乗ることができなかった。
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