邪法使いの魔女 (1)
マリウスが公爵領の領主館に戻ってきたのは、二日後のことだった。ジェレミーと二人で出かけたのに、戻ってくるときには三人になっていた。ジェレミーに加えて、ステファンまで同行していたからだ。
全員で話をするために、居間に集まる。そこでマリウスは、重々しく切り出した。
「結論から言うと、邪法の呪いでした」
すでに結果を知っていたステファンとジェレミーを除き、全員が息をのむ。サビーヌは頬に手を当て、ほとんど悲鳴を上げるようにしてマリウスに尋ねた。
「その呪いは、解けるのですか?」
「大丈夫です。すでに魔法陣は無効化してあります」
「よかった……。よかったわ。ありがとうございます」
サビーヌは大きく息を吐き出し、震える声で礼を言った。感極まった母に抱きしめられながらも、フェリシエンヌにはどこか現実感がないような、不思議な感じがした。
だって「邪法」である。すでに存在自体が抹殺されているはずのものだ。もちろん「邪法」という言葉自体は、誰もが知っている。けれども具体的な内容について知る人は、ステファンのような研究者を除けばほとんどいない。そもそも魔法陣に関する文献はあれども、その起動の仕方は誰も知らないはずなのに。
しかし続けてマリウスが説明したのは、さらに不思議な話だった。
「この呪いは、フェリから光魔法の力を奪うためのものでした」
ただし呪具と対象が離れていると、効力を発揮しない。だからフェリシエンヌのもとに送りつけられてきたのだ。
「あのとき、燃やさなくて本当によかった。無理矢理に破壊された場合には対象を即座に呪い殺すよう、魔法陣が組まれていました」
悪質さにゾッと寒気がする。彼女は思わず身震いした。それを痛ましげに眉をひそめて見やりながらも、マリウスは続けた。
「フェリのこの病気は、無理矢理に魔法の力を奪われたことによるものです」
人間は誰しも生きていくために、空気中にある魔素を体内に取り込んでいる。たいていの人間は、生命維持に必要な分だけを取り込むものだ。しかしそれを大きく超えて取り込める者も、一定の確率で生まれる。これが魔法使いである。
油絵の裏側に仕込まれた邪法の魔法陣は、「呪う対象から魔力を奪い、呪った者の力とする」というものだった。
つまりコレットの光魔法は、フェリシエンヌから奪ったものだったのだ。
しかも、生命維持に必要な分であっても無理矢理に奪う。だから時間とともにフェリシエンヌは弱って行った。肺病のように見えるのは、体が足りない魔素を必死に取り込もうと肺を酷使し、傷つけてしまっていた結果のことだった。
このまま奪われ続けていたら、遠からず彼女の命は尽きていただろう。
ここまでマリウスが話したところで、パトリスが苦々しげに吐き捨てた。
「許せないな。そこまでわかっているなら、どうしてさっさと捕まえて処罰しないんだ」
「それが難しくて、困ってるところなんですよ」
「いったい何が難しいって言うんだ? 犯人ははっきりしてるじゃないか。罪状も明確で、証拠まである。捕まえればいいだけだろう」
「相手が普通の人間なら、そのとおりなんですが……」
まるでコレットが普通の人間ではないかのような言い方ではないか。そう不思議に思ったのは、フェリシエンヌだけではない。彼女の両親やパトリスも、同じように怪訝そうな顔をしていた。
マリウスは少し考えてから、父に質問をした。
「父上、以前コレット嬢が『前世』という言葉を使ったことがあるのを覚えてますか?」
「あったか……?」
「あったんですよ。うちに押しかけてきたとき、『フェリさまにも前世の記憶があるんですか』と尋ねたそうなんです。『フェリさまにも』。つまり、彼女には前世の記憶があると言ってるわけです」
「それがどうしたって言うんだ?」
首をかしげるパトリスに、マリウスは説明を続ける。
「古い文献で、異界からやってきて体を乗っ取る魔女の話を読んだことがあります。その魔女は『前世は異世界で生きていた』と言っていたそうなんです」
「なるほど。同じようにしてコレット嬢の体を乗っ取った魔女のしわざだと、お前は考えているんだな」
「その可能性が高いと思っています」
しかしパトリスは、なおも首をかしげた。
「完全に乗っ取られてしまっているなら、もう魔女として裁けばいいんじゃないのか」
「父上、相手は邪法を使う魔女ですよ。コレット嬢を捕まえたとしても、別の体を乗っ取られたらおしまいです」
「そんなことができるのか」
「そういう事例も文献にありました。この魔女がどうかはわかりませんが、可能性としては考えておくべきです」
「やっかいだな……」
パトリスは苦虫をかみつぶしたような顔になった。そう簡単には事が運ばないと、ようやくマリウスと認識を同じくできたようだ。それはフェリシエンヌや両親も一緒だった。
それまで口を挟まずに静かに聞き役に回っていたステファンが、ここで彼女に声をかけた。
「フェリ」
「はい」
「これまで、他にコレット嬢から受け取ったものを教えてくれないかい?」
「そうですね……。マリウスさまとの婚約祝いに、ハンカチをいただきました」
「ふむふむ。それも調べたほうがいいな。どこにある?」
「王都の公爵邸に置いてきてしまいました」
ステファンは、油絵以外にも魔法陣の仕込まれた品があると確信しているようだった。
そう言われてみれば、あの見るからに不吉なデザインのハンカチを受け取った直後から、咳が始まったのだった。
ステファンは重ねて質問する。
「他には何があるのかな?」
「それだけです」
「え、それだけ? それはおかしいな」
フェリシエンヌの答えに、老紳士は難しい顔をした。だが彼女には、何がおかしいのかがわからない。
「それより前からコレット嬢は光魔法を使っていただろう?」
「そうですね」
「ということは、もっと前から呪いを使っていたはずなんだよ」
そう言われて、彼女は眉根を寄せた。しかしいくら考えても、思い当たるものがない。そもそもコレットとは、彼女が光魔法を発現したから引き合わされたのであって、それより前には接点がなかったのだから。




