夏至祭
夏至の当日、フェリシエンヌはアメリーによって腕によりをかけて飾り立てられていた。しっかり者のこの侍女は、いつの間にやら夏至祭用のドレスも公爵邸に持ち込んでいたのだ。それも事前に色柄についてサビーヌからお墨付きを得てあるという、抜かりのなさ。
王宮の夏至祭は、室内パーティーが半分、ガーデンパーティーが半分という、とてもオープンなスタイルだった。室内は主に親族、それ以外でご機嫌伺いに訪れた者は庭園に、と大雑把に分かれている。
なお、ガーデンパーティー組は大半が平民である。もちろん富裕層ではある。王宮と取り引きのある者たちが中心に招かれていた。
パトリスに連れられているフェリシエンヌはもちろん、案内される先は室内だ。ほぼ全員が王族という、なかなか目にする機会のない集まりだった。
王弟という立場のパトリスは、どちらかというと挨拶を受ける側である。が、彼はある老紳士の姿を認めると、近づいて行って挨拶をした。
「叔父上、お久しぶりです」
「やあ、パトリス」
「先日、うちの子が婚約しまして。こちらがお相手のフェリシエンヌ嬢です」
紹介されたフェリシエンヌは「デュシュエ家のフェリシエンヌと申します」と丁寧にお辞儀をした。
「そうかそうか。ステファンだよ。どうぞよろしく」
ステファンは前国王の弟で、パトリスにとっては叔父、マリウスにとっては大叔父に当たる。エベール侯爵が魔術師団の団長となる前に、団長を務めていたと言う。
マリウスはにこにこと、彼女にも親しみのわく話題を出した。
「うちの犬は、ステファン叔父上に譲っていただいたんだよ」
「犬は元気にしてるかい?」
「今は二代目ですけど、みんな元気ですよ」
せっかく振ってもらった話題なので、フェリシエンヌも乗っておく。
「先だって生まれた子を、弟に分けていただきました」
「おお、そうか。何と名付けたのかな?」
「アローです」
「うん、いい名前だね」
「ありがとうございます」
「おとなしくて賢い、いい子だろう?」
「はい」
ここでステファンは、いたずらっぽくからかうような表情を浮かべた。
「アローは何もないところで急に吠えたり、初めて見たはずの人間にうなり声を上げたりすることはなかったかい?」
「まあ。どうしてご存じなんですか?」
フェリシエンヌは目を丸くした。コレットがフォンテーヌ公爵家を突撃訪問したときに、ジェレミーと鉢合わせしたときの光景が頭の中に浮かぶ。アローが激しく吠えたのは、後にも先にもあのときだけだ。
ところが彼女の返事に、ステファンは笑みを消して真顔になった。
「あったのか」
「はい」
フェリシエンヌは困惑した。ステファンが表情を変えた理由がわからない。
「差し支えなければ、そのときの状況を教えてもらえまいか」
「はい」
彼女がマリウスの様子をうかがうと、彼は肩をすくめたものの、うなずいてみせた。そこで彼女は、コレットの名前を伏せたまま簡単に説明した。
公爵邸を訪ねてきた者と、彼女の弟とが、玄関ホールで偶然に顔を合わせた。そのときアローが激しく吠え、弟はどうしたわけか怖じ気づいて逃げ出したのだ、と。
ステファンは彼女の話をうなずきながら聞いた後、質問をした。
「ジェレミーくんは何歳かね?」
「六歳です」
「ふむ。相手はどのような人物だった?」
「若い女性です。明るくて人懐こいかたなのです」
何やら事情聴取めいてきた。
「具体的にどこの誰だか、教えてもらってもいいかな?」
フェリシエンヌは答えに詰まった。コレットの名前を出してよいのか、迷ったのだ。事情を知っているパトリスやマリウスはともかく、そうでない者の前で「仔犬に吠えつかれ、少年に怖がって逃げられた少女」として名を挙げるのは、何だか気の毒に思えた。
しかしマリウスのほうには、躊躇がない。彼女が迷った一瞬の隙に、名を告げていた。
「エベール侯爵預かりになっている、コレット嬢です。グランジュ男爵家の娘ですね」
「ああ、なるほど。例のお嬢さんか」
ステファンは腑に落ちたように、何度もうなずいた。しかしフェリシエンヌには、彼が何に納得しているのかさっぱりわからない。
戸惑う彼女に、老紳士はさらに質問を重ねた。
「あの犬種は気配に聡いと聞いたことはないかい?」
「あります」
「あの犬はね、邪法や呪いの気配にとても敏感なんだ。昔は邪法を探知するのにも活躍していたそうだよ」
フェリシエンヌは息をのんだ。邪法とは、現代では禁忌とされ、存在自体が抹殺されている魔術のことである。つまりステファンは、コレットが邪法の気配をまとっていたと言っているのだ。
そして彼によれば、十歳未満の幼い子どもは、邪法をかぎ分ける犬種の犬と一緒に過ごすうち、犬と同じように鋭敏な感覚を持つことがあると言う。「前回」のジェレミーは、アローを飼っていなかった。だからコレットをこわがることなく、懐いたのかもしれない。
そのままステファンは、マリウスと魔術について議論を交わし始めてしまった。専門的な会話について行けず、彼女は右から左へと聞き流す。パトリスは閉口したようにくるりと目を回し、フェリシエンヌに手を振ってから、声をかけてきた者とその場を離れていった。
そのとき、彼女の名を呼ぶ声がした。
「フェリ!」
振り向いてみれば、そこにいたのは笑顔のエヴラール王子だった。
「本当にフェリだ。よく来てくれたね」
「王太子殿下、ごきげんよう」
「そんな他人行儀にしないで、いつもみたいに名前で呼んでよ」
フェリシエンヌは返事に窮した。その要望には、素直に応じかねる。だって彼女は、もう彼の婚約者ではないのだ。婚約者だったときと同じ距離感で接するわけにはいかないだろう。
何と答えたものやら悩んでいると、ステファンと話していたはずのマリウスがぴったり隣に立ち、彼女の肩に手を回して抱き寄せた。驚いた彼女が彼を見上げると、にっこりと微笑みかけてきた。つられて彼女も微笑み返す。
マリウスは彼女の肩をもう一度キュッと軽く抱き寄せてから、エヴラールへ振り向いて挨拶をした。
「やあ、エヴラール。久しぶり」
「うん、久しぶりだね」
エヴラールも挨拶を返しながら、その顔からはすうっと笑みが消えていく。そればかりか、血の気が引いたように顔色も悪くなるではないか。
どこか具合でも悪いのだろうか。フェリシエンヌは不安になった。しかしエヴラールは、ぎこちなく笑みを浮かべて祝福の言葉を口にした。
「ああ、そうか。二人は婚約したんだっけ。婚約おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人が礼を言うと、エヴラール王子は「楽しんで行ってね」と手を振り、再び人混みの中に消えて行ってしまった。エヴラールの体調が心配ではあるが、ここは彼の自宅だ。少々体調を崩したとしても、すぐに誰かが対処してくれるだろう。
いつの間にかマリウスはステファンとの話を切り上げていたようだ。
「父の挨拶回りが終わったら、帰ろうか」
「はい」
パトリスが戻るまで、二人はガラス窓のそばで飲み物を片手に、ガーデンパーティーを眺めながらおしゃべりに興じた。
六月二十一日。冬至の日まで、残り183日。




