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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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公爵邸への帰還

 夏至祭が近づいた王都は、普段より静かだ。貴族たちは領地に帰り、近隣の町村から出稼ぎに来ている庶民も、夏至祭には実家に戻る者が多い。


 フェリシエンヌがマリウスとともに王都に戻ったとき、両親と弟はすでにデュシュエ伯爵領に発った後だった。公爵領と違い、馬車で片道一週間かかるのだ。


 二人を出迎えたフォンテーヌ公爵パトリスは、王都に戻った事情を承知しているようだ。苦い笑いを浮かべていた。


「災難だったな」

「本当ですよ。なんだって伯父上は、こんなわがままを許しちゃったんですかね」

「兄上もお困りなんだろうよ。まあ、詳しくは後で話そう」


 夕食の席でマリウスは、三人そろって食事を始めるやいなや、父をせっついた。


「それで、伯父上の事情とは何ですか?」

「ああ、それなあ。コレット嬢の光魔法が弱まってきてるそうなんだ」


 皮肉げな表情のパトリスが口にした言葉に困惑して、フェリシエンヌは目をまたたいた。ここでも状況が「前回」と違うことに、戸惑いを感じる。「前回」のコレットは、順調に光魔法の力を伸ばし続けていたのに。


 マリウスは苛立たしげに吐き捨てる。


「そんなの、僕の知ったことではありませんよ」

「まったくもってそのとおりなんだが、タイミングが悪かったんだ」

「どういうことですか?」


 パトリスの説明によれば、コレットの光魔法が弱まったのは、マリウスが王宮魔術師を辞した後からなのだと言う。最初のうちは誰も気づかないほど、わずかな変化だった。だが数週間が経つうちには、講師を務める魔術師たちも気づき始める。


 コレットがフェリシエンヌと一緒に講義を受けたいと言い始めたのには、こうした背景があった。コレットの言い分としては、これまでと環境が変わったのが原因に違いないと言う。だから「フェリシエンヌと一緒に講義を受けたい」とか「マリウスを講師に戻してほしい」と要望していたらしい。


 その都度、周りがたしなめていたのだが、彼女の主張を補強するような出来事があった。それが、彼女のフォンテーヌ公爵邸への突撃訪問だ。


 あの突撃訪問の後、コレットの光魔法は一時的に力を取り戻した。ところが、その後また緩やかに弱まっていった。コレットはそれを「マリウスさまとフェリさまに会えたおかげで力が戻った」と主張しているそうだ。


 パトリスからの話を聞いて、マリウスは心底げんなりといった様子で顔をしかめる。


「ほぼ言いがかりじゃないですか」

「まったくだね。だが困ったことに、確かにタイミングだけは一致しているんだ」

「たまたまでしょう」

「だろうね。だから兄上としては、それを彼女に納得させるために、一回だけでいいからとお前に頼んでるんだと思うよ」


 マリウスはイライラとため息をついた。


「あの調子だと、フェリも連れて来いとか言い出しかねない」

「実際、言ってるそうだ。だが、さすがにそれだけは兄上からもきっぱり拒否してる。病気療養中の身に無理をさせるような、非道なことはできないとね」

「当然です」


 マリウスは憮然としている。息子のその表情を見て、パトリスは苦笑いしながら続けた。


「そうしたら『病気療養なら王宮に滞在してもらって、王宮医師に診察をお願いしたほうがいいんじゃないですか』と言い出したんだと」

「もう講義も何も関係なくなってませんか」

「うむ。もちろん兄上からも『公爵家のお抱え医師を馬鹿にするような真似はできない』と断ったそうだが」

「まったくふざけてる。まあでも、伯父上もそれなりに苦労なさってそうですね……」

「それなりどころじゃないね」


 親子の会話を静かに聞きながら、フェリシエンヌはコレットの行動がやっと腑に落ちた。すべてはコレットの光魔法が弱まっていることが原因なのだろう。


 彼女は「フェリシエンヌと光魔法の力の強さを競わなくてはならない」という、強迫観念にも似た考えに取り憑かれている。「前回」は順調に力を伸ばしていたから、何も問題を起こさなかった。


 けれども今回は、理由はわからないが、成長が安定していない。伸びていたかと思えば、弱まり始める。急に力を戻したかと思えば、また弱まり始める。それに焦ったコレットは、彼女の考える「元の状態」に戻そうとしたのではないか。なり振りかまっていられないほど、精神的に追い詰められていたのかもしれない。


 もっともそのように事情に見当がついたところで、あまり同情する気にはなれないのだが。だってコレットは、他人のせいにしてばかりいる。『フェリシエンヌが一緒に講義を受けていないから』とか『マリウスが講師から外れたから』とか。


 言いがかりも甚だしいし、よしんば真実だったとしても、コレット個人の問題は個人的に解決していただきたいものである。個人的な望みをかなえるのに、他人の犠牲を前提にするのはおかしい。


 そんなことをつらつらと考えているうち、ふと心配になってフェリシエンヌは尋ねた。


「夏至祭には、コレットさんも王宮にいらっしゃるのでしょうか?」

「来ないと思うけど。親族でも縁者でもないからね。エベール侯爵と一緒に領地に行ってるんじゃない?」

「えっ」

「え?」


 思わず彼女は、驚きに目を見開いてしまった。しかしマリウスの怪訝そうな表情に、あわてて「何でもありません」と首を横に振る。


 確かにコレットは王族の親族ではない。けれどもエヴラール王子の婚約者となれば、挨拶のために王宮を訪れても何の不思議もないはずだ。まだ婚約発表の前だから、マリウスには知らされていないだけなのだろうか。


 ところが彼女の予想に反して、夏至祭の前日になってもエヴラールとコレットの婚約が発表されることはなかったのだった。


 領地で迎える夏至の前夜祭と違い、フォンテーヌ公爵邸で迎えた夏至前夜は、いつもの夕食とあまり変わりがなかった。領地であれば、集まってきた親類たちが勢揃いした賑やかな晩餐となる。


 けれども公爵邸での晩餐は、いつもと変わらず三人だけ。夏至にちなんだ食材が使われているところだけが、夏至の前夜祭っぽさを醸し出していた。彼女の知る夏至前夜とは違って、静かで穏やかな晩餐。これはこれで幸せだ、とフェリシエンヌは思った。


 六月二十日。冬至の日まで、残り184日。

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