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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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初めての公爵領 (2)

 マリウスに思い出話を語りながら、フェリシエンヌの頭の中には別の記憶が蘇ってくる。


 サビーヌが血縁上は母ではなく、叔母だと知ったのも領主館でのことだった。毎年、夏至祭のときには、親類縁者がこぞって領主館に泊まりに来る。


 数多い訪問者たちの中には、頼みもしないのによけいなことを教えてくれる「親切な者」もいた。そのひとりからあるとき、こんなふうに言葉をかけられたのだ。


「あなたは本当の母上によく似ているね。継母に似なくて、よかったよ」

「本当の……?」

「おや。まだ知らなかったのかな」


 彼女の生母はサビーヌの長姉で、フェリシエンヌの出産時に命を落とした。その後妻として入ったのが、末の妹のサビーヌだ。


 このことを初めて知ったとき、彼女は少なからずショックを受けた。


 誰よりも美しいサビーヌは、彼女の自慢の母だったから。「実母ではない」とか「似ていなくてよかった」などと言われて、うれしく思うはずがない。


 教えてくれた彼によれば、フェリシエンヌの実母は「顔だけが取り柄でわがままに育ったサビーヌとは違って、とても聡明な人格者」だったそうだ。彼にしてみたら、フェリシエンヌを持ち上げているつもりだったのかもしれない。けれども彼女は、聞けば聞くほど気分が悪かった。


 サビーヌが美しいのは、美しくあるために努力を惜しまないからだ。


 もちろん生来の顔立ちや、卓越したセンスのおかげもあるだろう。でも、それを磨く努力を怠らないのがサビーヌなのだ。なのに、言うにこと欠いて「顔だけが取り柄」だなんて、失礼にもほどがある。


 だいたい、サビーヌのどこがわがままだと言うのか。


 確かに色彩やデザインの好みは、はっきりしている。けれども彼女が意見を曲げないときには、わがままを言っているわけではない。ただ妥協したくないだけ。そして彼女が妥協を許さないとき、それに従っておくのが一番よい結果を生むと、フェリシエンヌはよく知っている。


 そう言えば、彼女の幼い日にサビーヌが泣いていたのも、夏至祭のときだった。


 あのとき母を泣かせたのは、幽霊ではない。間違いなく、生きている人間だった。サビーヌは他人の悪意にとても敏感だ。そして繊細で、傷つきやすい。きっとあのときも、嫌味を言われたり、陰口を叩かれたりしたのだろう。


 フェリシエンヌの下になかなか子どもができないことも、口さがない親類たちから何かにつけてとがめ立てられていたらしい。子どもなんて天からの授かり物だと、幼かった彼女だって知っていたことなのに。


 そんなふうに過去のことを思い出しはしたものの、その思い出にはそっと蓋をして、マリウスの前で口に出すことはしなかった。聞いて楽しい話題ではないだろうから。


 ただし、ひとつだけ、マリウスの意見を聞いてみたい事があった。当時から不思議に思ったまま、いまだ解明できていない疑問があるのだ。


「そう言えばジェレミーが母のお腹の中にいたとき、周りから『おめでとう』と言われるたびに、母が『こんな歳になって、恥ずかしいわ』と赤くなっていたのです。歳なんて関係なくおめでたいことなのに、何がそんなに恥ずかしかったのかしら」

「────どうしてだろうね」


 答える前にマリウスのまばたきが一瞬とまったのを、フェリシエンヌは見逃さなかった。答えを知っているくせに、しらばっくれてはぐらかされた気がする。思わず彼女がムッと眉根を寄せると、マリウスは困ったように視線をそらして上方にさまよわせた。


 そしてどこか嘘くさい真顔を作って、うなずいてみせる。


「たぶん、サビーヌ夫人は照れ屋なんだと思うよ」

「照れ屋、ですか……?」

「うん。きっと『おめでとう』と言われるたびに、『いつまでも新婚みたいにアツアツでうらやましい』って言われたような気がしたんじゃないかな」

「なるほど」


 いまひとつ釈然としないながらも、フェリシエンヌはうなずいた。


 サビーヌが照れ屋というのは、何となく納得できる。「おめでとう」から「アツアツ」を連想するのは、いくらなんでも飛躍しすぎじゃないかとは思うけれども。


 彼女が首をかしげて疑問を言葉にする前に、マリウスが質問した。


「ジェレミーはどうだったの? やっぱり甲冑をこわがった?」

「ああ。初めて行ったときには、壁に映った影もこわがって泣きそうになってましたよ」

「へえ。今は?」

「最初の年だけでしたね。今は全然です」


 質問に答えながらも彼女の頭の中には、サビーヌが泣いていたあの日の記憶がふわふわと舞い戻ってきた。そう言えば、あの頃からすでに母は「あなたはわたくしの自慢の娘よ」と彼女に言い聞かせていたのだった。


 そうして、はたと気がついた。


 エヴラールとの婚約が解消されたとき、フェリシエンヌが「不肖の娘に成り下がった」と思い込んだのは彼女の被害妄想だった、ということに。あのときだってサビーヌは一貫して「わたくしの自慢の娘」と思ってくれていたに違いないのだから。


 ただサビーヌはあのとき、「母親がダメだから婚約解消になった」と周りから責められるのではないかと恐慌状態に陥ってしまっただけなのだ。そんなことは、ありえないのに。


 でも、ありえないことを心配して勝手に落ち込んだのは、フェリシエンヌも一緒だ。だって、サビーヌが彼女のことを「不肖の娘」だなんて言うはずがない。


 それを思うと、幼い日の彼女のほうがずっと賢かった。


『お母さま、泣かないで。大丈夫よ』


 彼女が母にかけるべき言葉は、これだったのだ。それだけでよかった。


 そう気づいたら、胸の内がぽかぽかと温かくなった。自分でも気づかぬうちに、彼女は心からの笑みを浮かべていた。


 それを見たマリウスも、うれしそうに目を細める。だが残念なことに、フェリシエンヌは母への誤解が解けたことを喜ぶあまり、彼のこの表情を見逃してしまっていたのだった。


 五月十五日。冬至の日まで、残り220日。

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