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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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二度目の肺病

 幸せな日々が続くので、フェリシエンヌは心のどこかで期待してしまっていた。もしかしたらこのままずっと、幸せが続くのではないかと。


 しかし残念ながら、運命は変わらなかった。


 五月一日の昼前、「前回」と同じように、急に彼女はむせたように咳き込んだのだ。


「ナバール風邪のようですな」


 フォンテーヌ公爵家のお抱え医師は、彼女が「前回」王宮の医師から聞いたのと全く同じ診断を下した。「前回」と違うのは、離宮に隔離されたりしなかったことだ。


 一応、隔離はされた。滞在中の客室に。


 感染症を疑われたのだから、そこは当然の処置である。食事は三食とも、客室でとることになった。部屋の出入りをする使用人には、ナバール風邪に罹患(りかん)したことのある者が選ばれている。この風邪は、一度かかれば二度とかからなくなるのだ。


 客室で療養を始めて三日目、思いがけない人物が部屋を訪れた。


「お嬢さま、お加減はいかがですか」

「まあ、アメリー。どうしたの?」

「お嬢さまの具合が悪くなったと耳にいたしましたので。居ても立ってもいられなくなり、押しかけてまいりました」


 どうやらアメリーも当分の間はフォンテーヌ公爵邸に滞在することにしたようだ。すでに父ジャン=クロードとフォンテーヌ公爵パトリスの間で、話がついていると言う。


「それで、お加減はいかがでしょう?」

「咳がとまらないの。だけど、それ以外は元気なのよ」

「さようでございますか」


 元気だと伝えたのに、アメリーは眉尻を下げる。沈んでしまった空気を何とかしたくて、フェリシエンヌは最初に頭に浮かんだ明るい話題を口にした。


「そう言えば、アメリーには縁談があったのではなかった?」

「あらやだ。お嬢さままでご存じだったんですか」


 ところがアメリーの反応は、フェリシエンヌの予想したものとは全然違った。不快そうに鼻の上にしわを寄せる。


 あれは確か、コルネイユ伯爵家の長男ルイゾンとの縁談だったはずだ。彼女の実家であるバイヤール子爵家と、領地が隣り合っている縁だと聞いた。


 フェリシエンヌもルイゾンとは何度か夜会や王宮行事の場で顔を合わせたことがある。そのときの印象では、明るく朗らかで、社交もそつなくこなす好青年だった。その彼との縁談と聞き、良縁だと喜んだものだ。残念ながら彼女は隔離療養中だったため、アメリーにじかに祝福の言葉を贈ることはできなかったけれども。


 なのに今のアメリーの表情からは、とてもそんな良縁があったようには読み取れない。


「あれはお断りしましたよ」

「えっ」


 もしや、「前回」とは違う相手との縁談だったのだろうか。首をひねるフェリシエンヌに、アメリーは深々と頭を下げた。


「お断りできたのは、お嬢さまのおかげです。本当にありがとうございました」

「えええ?」


 フェリシエンヌは驚きに目を見開いた。ここに彼女の名前が出てくる理由がわからない。アメリーはあるじの困惑を見てとり、苦い笑みを浮かべながら説明した。


「縁談はコルネイユ伯爵家のルイゾンとのものでした。ですがこの男、とんだクズなのです」

「クズ」


 彼女は思わずアメリーの言葉を復唱し、ぽかんとしてしまった。縁談の相手は、フェリシエンヌの予想どおりだった。ところがアメリーはその相手を憎々しげに呼び捨てにしたばかりか、クズと言い捨ててはばからないではないか。


 戸惑うフェリシエンヌに、アメリーはことの次第を話して聞かせた。


 アメリーに縁談があったのは、ほんの二週間ほど前のこと。あたかも見計らったかのように、実家にいる全員がナバール風邪に感染したところへもたらされた縁談だった。


 地方ではその頃、ナバール風邪の特効薬が品薄となり、価格も高騰していた。フォンテーヌ公爵家の慈善事業として特効薬の寄付と販売をおこなったのは、王都とその周辺、およびフォンテーヌ公爵領に限られていたからだ。


 そのような状況の中で、コルネイユ伯爵家から持ち込まれた縁談だった。コルネイユ伯爵家からは「ルイゾンとの縁談をアメリーが受ければ、家族全員分の特効薬を融通する」と申し入れてきた。融通すると言っておきながら、法外な価格をつけて。


 もしも特効薬の入手が難しい状況なら、背に腹は代えられず、縁談を受けざるを得なかったかもしれない。しかし実家のバイヤール子爵家では、フォンテーヌ公爵の慈善事業を知って、自領内で同じ施策を講じていた。このため領主はもちろん、領民たちも特効薬に不自由していなかった。


 おかげで縁談を断ることができたのだ。しかもこの縁談は、いわく付きだった。


「ルイゾンには身分違いの愛人がおりまして、お飾りの妻を求めていたのです。得た妻は軟禁して、愛人のほうを妻として扱うつもりだったようですよ。それで背格好や、髪と目の色合いが似ているわたくしが狙われたというわけです」

「ひどい」


 パトリスの慈善事業は、彼が影響を及ぼせる土地に限られていた。つまり王都内とその周辺、およびフォンテーヌ公爵領である。地方の施策は、各領主に動いてもらうしかない。


 しかし事業開始時、ナバール風邪の大流行はあくまでもひとつの可能性にすぎず、確証のある話ではなかった。だからパトリスは、ある程度親交があり、かつ良識があると見込んだ貴族にのみ慈善事業のことを話した。フェリシエンヌの父、デュシュエ伯爵はもちろんそのひとりだ。


 そうしてデュシュエ伯爵ジャン=クロード経由で、アメリーの父にも施策の助言があったのだった。バイヤール子爵は、助言を受けてすぐさま動いた。


 コルネイユ伯爵は、この施策を知らなかったらしい。それでいてナバール風邪の流行をいち早く聞きつける程度には、世情に通じていた。この情報をもとに領内の特効薬を買い占め、高値で売りつけたのだ。


 王家がパトリスから事業を引き継ぎ、全国展開するまでのわずかな期間に、領内で荒稼ぎしたとアメリーは聞いている。間違いなく、領民からは深く恨まれているだろう。


「公爵閣下の事業は、お嬢さまの発案と伺っております。本当に感謝してもしきれません。ありがとうございました」

「いいえ、動いてくださったのはパトリスさまとマリウスさまよ。でも、本当によかったわ」


 フェリシエンヌは心の中で嘆息した。


 もしかしたら「前回」は、アメリーが不幸せな婚姻を強いられたばかりか、彼女の実家も経済的に大きな損失を被っていたのかもしれない。ルイゾンが好青年の皮をかぶったクズだなんて、アメリーから話を聞くまで想像もしていなかった。そんな縁談を回避できてよかった。


 アメリーはこのままフェリシエンヌ付きの侍女として、公爵邸で働くことになった。


 そうして「前回」と同じように、フェリシエンヌの咳はナバール風邪によるものではないとの診断が、数日後に下された。


 感染症の疑いが晴れた日、マリウスがフェリシエンヌを誘った。


「フェリ、公爵領に行かない? 少しは楽になるかもしれない。王都より空気がいいと思うんだ」

「まあ、すてき。ぜひお願いします」


 彼女は満面の笑顔で承諾した。マリウスと一緒にできることなら、何でもしたい。今ならまだ移動にも体が耐えられるのだから。


 さっそくその二日後、彼女はマリウスとともに公爵領に向けて出発した。

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