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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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18/40

歓迎されざる訪問者

 この日はちょうど、弟のジェレミーが仔犬のアローを連れて犬舎を訪れる日と重なっていた。アローは生後四か月を過ぎ、すくすくと成長している。


 とはいえ、まだまだ仔犬。移動時はかごに入れられ、かごのふちからひょっこり頭をのぞかせていた。今日も付き添いは乳母見習いだ。実を言えば、乳母はとっくにギックリ腰から回復している。しかし少年と仔犬が公爵邸を訪れるときには、本職の乳母ではなく乳母見習いが付いてきていた。経験よりも体力勝負ということらしい。


「ねえさま、にいさま、ごきげんよう」

「ごきげんよう、ジェレミー」

「やあ。よく来たね」

「ねえさま、犬舎に行こう」


 ジェレミーはフェリシエンヌのドレスを引っ張るが、彼女は眉尻を下げた。


「ごめんなさい。今日はお客さまがあるの」

「ふうん。誰?」

「コレットさんとおっしゃるかたよ。楽しいかたなんだけど、今日はジェレミーと遊んでくださる時間はないと思うわ」

「そっか」


 玄関ホールで弟と話しているところへ、再び玄関ドアが開かれた。はしゃいだ少女の声が響き渡る。


「フェリさま! やっと会えた!」

「あら、コレットさん。ごきげんよう」


 せっかくなので弟を紹介しようと、フェリシエンヌはジェレミーを振り返った。そして弟を二度見した。いつもなら誰にでも人懐こい少年が、顔をこわばらせて目を見開いていたからだ。しかもコレットを凝視したまま、姉の後ろに隠れようと後ずさっている。


(え? いったいどうしちゃったの?)


 いぶかしく思いながらも、コレットから弟がよく見えるよう一歩ずれてから紹介した。


「この子は弟のジェレミー────」


 しかし紹介の言葉を言い終わる前に、思いがけないところから横やりが入った。


「ウウウウウ、ワン! ワンワン! ワン! ワンワン!」


 アローである。これまでいつだっておとなしかった仔犬が、コレットに向かってうなりながら激しく吠えていた。かごを抱えた乳母見習いが、あわてて小声で「アロー、しーっ!」と声をかけるが、収まらない。


 仔犬の姿に「かわいい!」と歓声を上げたコレットも、アローのあまりの剣幕に顔が引きつりがちだ。


 さすがにこの状態の仔犬に手を出さないだけの理性はあったらしい。なでたそうに上げた手を、しょんぼりと下げていた。うっかりなでようと手を伸ばしていたら、間違いなく全力で噛みつかれていたことだろう。


「コレットさん、ごめんなさいね。まだ仔犬で、しつけの途中なの」


 フェリシエンヌはコレットに謝ってから、弟に向き直った。


「さあ、もう犬舎にお行きなさい」

「うん」


 ジェレミーは素直にその場を離れた。ただし、コレットを避けるようにぐるっと遠回りして。その間も、かごの中のアローはコレットに向かって、今にも噛みつきそうに殺気立った様子で吠え続けている。


 ジェレミーはコレットからできるだけ距離をとろうとするかのように、壁際ギリギリのところを歩いていた。


 チラチラとコレットを気にしながら歩いていたかと思えば、突然、乳母のほうを振り向いてアローの入ったかごを奪い取った。そのままかごを手にして脱兎のごとく廊下を駆けていく。乳母もあわてて小走りにその背中を追いかけた。


 フェリシエンヌはため息をつき、すでに小さくなりつつある弟の背中に声をかける。


「家の中を走ってはいけませんよ」


 もちろんジェレミーの耳に届いた気配は、全くなかった。フェリシエンヌは肩をすくめ、コレットに向き直った。


「コレットさん、騒がしくてごめんなさい」

「い、いいえ」


 コレットの作り笑顔は引きつっていた。


 仔犬ばかりか幼い少年からも、あからさまに拒絶されたのだ。高位貴族の家を突撃訪問してしまうような図太い彼女にも、それなりに感じるものがあったのかもしれない。


 コレットは笑顔を引きつらせたまま、遅ればせながらやっとマリウスにも挨拶した。


「マリウスさまも、ごきげんよう」

「ああ」


 マリウスの返事はそっけなかった。挨拶でさえない。露骨に不機嫌そうな低い声。驚いたフェリシエンヌは、後ろにいる婚約者へ振り向いた。そして二度見した。これではコレットの笑顔も引きつるわけだ。


 マリウスは冷ややかに見下す目をして腕を組み、仁王立ちしていたのだ。コレットを歓迎していないことを、これでもかとばかり態度で見せつけていた。彼のこんな姿を見るのは、初めてだ。思わず驚きに目を見張ってしまう。


 彼女と目が合うと、マリウスは気まずそうに小さく苦笑した。そこへ執事が声をかける。


「どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」


 執事はこの一連の騒動にも、動じなかった。何ごともなかったかのように、真顔を貫いている。もっとも真顔という時点で、コレットを歓迎していないことは明らかだった。普段ならもっと愛想よくにこやかなのだ。


 何だかもう、コレットと話をする前から前途多難だ。


 執事に案内されて向かった先の応接室で、マリウスは当然のようにフェリシエンヌのすぐ横に座った。彼女にソファーを勧められて正面に腰を下ろしたコレットは、居心地悪そうにチラチラとマリウスを盗み見ている。


「あの、ええっと、フェリさまと二人きりでお話ししたいんですけど……」

「どうぞ」


 おずおずと申し出たコレットに、マリウスは足を組んで腕組みをしたままよそよそしく応じた。しかし「どうぞ」と言った割には、立ち上がる気配がない。


「フェリさまと二人でってお願いしたんですけど……」

「だから、どうぞと言っている」

「えええ……」


 コレットは助けを求めるような目をフェリシエンヌに向けた。だが彼女にできることは何もない。マリウスの同席が最低条件だと、朝食の席で申し渡されているのだから。


 コレットが不満そうに眉根を寄せると、マリウスは素っ気なくこう言った。


「二人で話したいと言うなら、僕は口を挟まない。それとも何かい、きみは僕に聞かれたら困るような、いかがわしい話でもするつもりなのかな?」

「いっ、いかがわしい⁉ そんな話はしません!」

「だったら何も問題ないだろう。どうぞ」


 コレットは何か言いあぐねるように、口を開いたり閉じたりしている。マリウスは聞こえよがしにため息をつき、面倒くさそうに彼女に尋ねた。


「僕の同席じゃ不満だと言うなら、父に頼むけど。どうする?」


 コレットはマリウスの言葉に目をむく。


 だがマリウスは本気だ。彼女がマリウスでは嫌だと言えば、きっと本当にフォンテーヌ公爵がここに現れるだろう。彼の本気具合がコレットにも伝わったらしい。彼女はあわてて、やけくそのように答えた。


「いえ! マリウスさまで結構です!」


 マリウスはフッと小馬鹿にしたように薄く鼻で笑い、どっかりとソファーの背もたれに体を預けた。


 のっけから空気が険悪すぎる。フェリシエンヌは頭痛をこらえるように額に手を当て、小さくため息をついた。

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