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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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17/40

突撃訪問予告

 翌朝、朝食の席でのこと。執事が途方に暮れた顔で、マリウスに一枚の封筒を差し出した。執事は彼の耳もとで何かささやく。するとマリウスは表情を一変させた。眉間にしわを寄せ、見るからに不機嫌そうだ。封筒は受け取ろうともしない。


(そんなに困ったかたからのお手紙なのかしら)


 ひとごとながら気の毒に思っていると、チラリと横目でフェリシエンヌに視線を向けたマリウスと目が合った。すると彼は肺の空気をすべて出し切る勢いで、深くため息をついた。


 息子の様子に気づいて、パトリスが声をかける。


「マリウス、どうした?」

「コレット嬢から、フェリに書状が届いたそうです」


 自分宛てと聞いて、フェリシエンヌは意外に思った。だったら彼女に渡してくれればよいだけなのに。どうしたことだろう。


 しかも不思議なことに、パトリスまでが難しい顔をするではないか。


 パトリスは不快そうに鼻の上にしわを寄せつつも、封書を彼女に渡すよう執事に指示をした。その上で、彼女にこう言った。


「ここで封を開けてくれるかな」

「はい」


 執事から封筒とペーパーナイフを受け取り、封を開ける。中から便箋を取り出して広げてみれば、コレットの丸みを帯びたかわいらしい文字が並んでいた。しかしその文面は、残念ながらあまりかわいらしいとは言えない内容だった。


 困惑顔の彼女に、パトリスが尋ねる。


「差し支えなければ、内容を教えてもらってもいいかい?」

「はい。わたくしを訪ねて来たいとおっしゃってます」

「ほう。いつ?」

「ええっと、その……。今日の十時だそうです……」


 パトリスは「はあ?」と鼻で笑う。


「なんだ、そりゃ。いつまでに返事をよこせと言ってる?」

「いえ、お返事はお求めではないようです。たぶん、今日の十時になったらいらっしゃるのだと思います」


 パトリスは心底げんなりした顔で鼻を鳴らした。そして執事に指示を出す。


「たとえ来ても、門から中に入れるな。最低限の礼儀を学んでから出直すように言って、追い返せ」

「かしこまりました」


 けんもほろろな当主の指示に、執事はうやうやしく礼をしてきびすを返した。これにあわてたのが、フェリシエンヌだ。


「ちょっと待ってください」

「どうしたかね」

「追い返すだなんて、そんなかわいそうな……」


 せめて門前払いだけはとめようと声をかけたら、パトリスに真顔で諭された。


「何がかわいそうなものか。フェリ、いいかい? こんな無礼を許してはいけないよ。こちらを馬鹿にするにもほどがある」

「でも……。コレットさんには、ええっと、そう、天衣無縫で少し幼いところがおありだから────」


 何とか弁護しようと言葉をつむいでみたが、言い終わる前にパトリスにスパッと斬って捨てられた。


「それこそ、しつけのなってない未熟な子どもなど外に出すなって話なんだよ」

「確かにちょっと無邪気なところはおありですけど……」

「これは無邪気なんてものじゃない。ただの恥知らずだよ。無作法で図々しいだけだ」


 さすがにこれ以上は擁護のしようがない。フェリシエンヌは途方に暮れた。


(コレットさん、ここまで言われるほどの何をしでかしたの……)


 この手紙の内容は、確かに無作法で図々しいと言われても仕方のないものだ。相手の予定も聞かずに、一方的に自分の都合で日時を通告するなど、常識を疑う。しかもそれが当日の朝に届いたのだ。ましてありえない。


 けれどもパトリスとマリウスは、彼女が手紙を開封する前から険しい顔をしていた。いかにもこの内容を予測していたかのように。


 フェリシエンヌはおずおずとパトリスに尋ねた。


「もしかしてコレットさんは、ほかにも何か失礼をなさったのでしょうか……?」


 パトリスとマリウスは、顔を見合わせる。これはもう、何かあったと答えたも同然だ。いったい何があったのだろう。彼女が固唾をのんで答えを待っていると、パトリスが肩をすくめてマリウスに向かって片眉を上げてみせた。


 マリウスは「フェリには心配させたくないから、黙ってたんだけど」とため息をつきながら前置きをする。


「いろいろあったんだよ」


 その「いろいろ」の具体例を知りたいのだが。


 彼女が辛抱強く続きを待っていると、マリウスはすさんだ目をして、もう一度深くため息をついた。そしてガシガシと頭の後ろを乱暴にかく。


「魔法の講義を僕から受けたいとエヴラールにわがままを言ったり、僕が王宮魔術師を辞めたと知ったら戻らせろと陛下に直談判に行ったり」


 信じられないほどの厚かましさに、フェリシエンヌは目をむいた。しかし、マリウスの話はまだ終わらない。


「陛下が断ると、僕宛てに手紙を送りつけてきた。王宮魔術師に戻って彼女に講義をしろってね。僕が断ったら、今度は父上宛てに手紙が来たんでしたっけ?」

「うん」


 なかなかすごかった。想像のはるか上をいく厚顔無恥ぶりに、フェリシエンヌはもはや何と言ったらよいのかわからない。


 だが、これはほんの序の口にすぎなかったらしい。マリウスの言葉は、まだまだ続く。


「どうしてフェリと一緒じゃないのかって、滞在先のエベール侯爵にも食ってかかったそうだ。フェリと一緒じゃないのはおかしいと、魔法の講義のたびに騒いでいると聞いてる」


 彼女は思わず額に手を当てた。だが、さらにまだ続きがあった。


「きみのお父上も陛下に相談しておいでのはずだよ。デュシュエ伯爵家の世話になりたいという手紙が届いたと、先日おっしゃってた」


 あまりのことに、フェリシエンヌは頭がくらくらしてきた。全方位的に失礼を極めているではないか。


(コレットさんって、こんなかただったかしら)


 フェリシエンヌ自身はときどき苦手意識があったものの、基本的にはお茶目で明るく素直で、無邪気な人物だったと記憶している。


 コレットの無邪気さが、無神経と紙一重のように感じたことなら「前回」にも何度かあった。けれども、あくまで紙一重の範囲内に収まっていたはずだ。悪意に受け取る自分のほうが悪いのではないかと感じてしまう程度には、どれも些細なことだった。


 だが、これはない。


 いくら何でも傍若無人にすぎるだろう。マリウスとパトリスはもちろんのこと、国王にもエヴラールにも失礼だ。預かってくれているエベール侯爵は言わずもがな。父ジャン=クロードにも。いったいコレットは、どうしてしまったというのだろう。


 少し考えてから、フェリシエンヌはパトリスに告げた。


「コレットさんがいらっしゃったら、お会いしてみます」

「やめておきなさい。こんな無礼がまかり通ると思われては困る」


 パトリスは眉をひそめて即座に反対したが、彼女は折れなかった。コレットに会ったほうがよいと考えるだけの理由があるからだ。


「でも、このままだとコレットさんの行動がますますエスカレートするのではないかと思うのです。すべては、わたくしと一緒に講義を受けたいという一点に尽きるようですし」


 マリウスの復帰を求めているのも、そうすればフェリシエンヌも一緒に復帰すると考えているふしが見られた。なぜ彼女と一緒に講義を受けたいのかは謎だが、じかに話せば何かわかるかもしれない。


 そう彼女から説明しても、なおもパトリスは「うーん」と渋る。そこへマリウスが、不本意そうに口を挟んだ。


「どうしても彼女に会うと言うなら、僕が同席する。それが最低条件だ」

「ああ、そうだな。それがいい。でもこんなことを許すのは、今回一度きりだよ。次はない。これ以上繰り返すようなら、相応の手を打たなくてはならないな」


 パトリスは不承不承ながら同意しつつも、しっかりと釘を刺すことを忘れなかった。

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