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9.謁見と実演

「トルク王国。チャド族のリリ姫様がお見えです」


 私の前に立つダライ様がそう言うと、分厚い扉が「ゴゴゴゴゴ」と音を立てて開かれた。ネコール王国の王城、『王の間』には既にギガン族の重鎮達が集まっている。とてつもない威圧感が私を襲う。


 国の代表としての、初めてのちゃんとしたお勤めだ。竹を求めて旅をしていた時に他の部族の族長に挨拶をしたことはあったが、どこも気楽なもので二言目には「よし! 飲もう!」と、すぐに宴会になるようなノリだった。

 そのため、立派な城で王への謁見など私には荷が重い。就職試験の面接より緊張する。


 ここに集った20人程のギガン族は、皆身なりが良い。貴族なのだろうか。

 品定めをされるオーク(ブタの魔物)の気持ちが少しだけ分かった。生きた心地がしない。


 巨人族には基本的に『貴族制度』のようなものはなく、各部族の族長が王として君臨する以外は、腕っぷしの強い者が重用されることが多い。寿命も短く、数も少なく、考えることが苦手な巨人族に貴族制度を導入しても維持できないからだ。トルク王国でも、一応、他の人族との体面を考えて『宰相』や『騎士』などの役職を置いてはいるが、男は全員『騎士』であり、『宰相』に至っては毎年くじで決めている。確か今年の『宰相』は父上だった気がする。王がくじ引きに参加するんじゃないよ、そして引き受けるんじゃないよ、と脳内で突っ込んだ記憶がある。

 身分などあって無いようなもので、実際のところ『料理人』のおばちゃん達の方が幅を利かせていたりする。大丈夫なのか、トルク王国。まあ、真面目なエルフ族や妖精族が頭を使ってくれるので良しとしよう。


「リリ姫。手を。王から声がかかるまで、顔を上げてはなりませんよ」

「は、はい!」


 私が現実逃避……もとい故郷に想いを馳せていると、ダライ様が手を差し伸べてくれた。王の元までエスコートしてくれるらしい。眼鏡紳士だ。


 そういえば、ダライ様は文官と言っていたので、ネコール王国では政治や事務を行う文官と、戦争や治安維持を行う武官とに分かれているのだろう。街の繁栄や治安の良さを見ても、私の国よりずっと洗練された国だと分かる。


 いったい、この国の王と我が国の王では何が違うのだろうか。

 そんなことを考えながらダライ様の足元を見ながら真っ直ぐ進むと、頭上から声がかかった。


「リリ姫。面を上げられよ」


 想像していたよりもずっと柔らかで涼やかな声に、私は少しだけ驚いた。ギガン族の王というからには、6メートルくらいの『ゴツイ荒くれおじさん』を想像していたのだが、中性的な美声からは若さと知性が感じられる。

 先日、謎の食いしん坊エルフが言っていた『エルフみたいな巨人』を思い出し、期待に胸が膨らむ。


「チャド族、族長トールの娘。リリでございます。お目通りがかない、恐悦至極に存じま……!」


 緊張しながら顔を上げた私は、王の姿に一瞬頭が真っ白になり、ポカンと口を開けて固まってしまった。「ん、んっ!」と隣でダライ様に咳払いをされて、ハッと我に返る。


(……ワアオ……!?)


「遠いところ大儀であった。慣れぬ船旅で難儀したと聞く。……ずいぶんとお痩せになったと聞いていますが、もう、体調は良くなりましたか?」

「はははははははい。お陰様で元気いっぱ……え? え?」

「ははは。私の姿に驚かれましたか?」


 途中から堅苦しい言葉を止めて優しく微笑む美貌の王は、どこからどう見ても、30代くらいの……三メートル級のエルフだった。


(エルフいたー!!)


 軽くパニックを起こしている私を見て、王が朗らかに笑う。隣で頭を抱えているダライ様に「どうもすみません」と心の中で謝るが、王から目が離せない。まさか本当に『エルフみたいな巨人』が居るとは思っていなかったのだ。周りのギガン族よりは格段に小さいが、見慣れた大きさのエルフよりはずっと大きい。デカいエルフ、デルフだ!


「そう言えば、トルク王国にはエルフとの混血はいませんでしたね」

「は、はい! トルク王国に住まう『南のエルフ』は、他種族との婚姻を望みません。子孫を残すために稀に人間族や妖精族と交わりますが、巨人族とは実がつかないのだそうです」

「そうですか。巨人族にエルフの血を入れることはメリットが多いのですが……残念ですね」

「……全くです!」


 思わず拳を握りしめて同意する私に、デルフ様は「ふふふ」と笑った。ヤバイ。めちゃくちゃタイプ……というか、マイフェイバリットエルフ・リーン様にそっくりなんですが。あの食いしん坊エルフもよく似ていると思ったが、彼は魔術師というよりも戦士といった体格だった。だが、目の前のデルフ様はスラリとしていらして、淡い金髪とエメラルドグリーンの瞳まで何もかもがリーン様に瓜二つだった。……デカいけど!


「それにしても、チャド族の姫がこのように大きく、美しいとは思いませんでした。せっかく私と同じくらいの女性に会えると楽しみにしていたのですが、少し残念です」

「もっ、申し訳なく存じます! 私も残念です! 無念でございます!」

「ふふ。冗談ですよ。……ところで、リリ殿。私達に弓を教えていただけると聞いたのですが……」

「はい! チャド族は、数年前から武器として弓を扱うようになりました。遠距離攻撃が可能となり、戦力が著しく向上いたしました。ぜひ、ギガン族の皆様にも取り入れていただき、魔王討伐の一助となれば幸いでございます」

「そうですか……」


 ドン、と、いつもの癖で胸を叩いた私を見て苦笑した後、王様は私に視線を合わせ、「ふう」と息を吐いた。


「せっかくですが、その必要はありません」

「!?」


 王の言葉に、耳を疑う。

 何の必要がないと言うのだろう。弓を教える事だとしたら、私は何のためにここまで来たというのだろう。


 ドクドクと、心拍数が上がっていくのを意識しながら、私は努めて平静を装った。感情的になるのは得策ではない。私は、一国の使者なのだから。


「……理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「もちろんです。リリ姫はご存じなかったのでしょうが、我々も100年程前から弓を扱っています」

「え!?」

「もっとも、我々の腕力に堪えうる弓がないため、あまり好んで使う者はいません。ですので、小さなチャド族が扱う弓が戦力になるとは思えないのです。弓の腕を鍛える時間があったら丸太を振るいたい、というのがギガン族の本音なのですよ」

「……!」


 かあっ、と、全身から噴き出しそうな勢いで血が沸騰する。

 そんな事、知らなかった。知っていたなら、ここまで来なかったのに……!


 周りの男達からの失笑も聞こえてきて、私は恥ずかしさのあまり泣き出しそうになった。ドレスをギュッと握りしめて耐えた、その時。


「お待ちください、王よ!」


 すぐ隣から、良く通る力強い声が発せられた。


「ダライ様……」


 ダライ様は私に見向きもせず、私を庇う様に一歩前に出た。


「リリ姫の弓は、我々の物とは比べ物にならないと申し上げたはずです!」


 ダライ様の声は、心なしか怒気を含んでいた。文官が王を相手に怒鳴ったりして大丈夫なのかと、心配になる。


「……そなたがそう申したから、リリ姫と会ったのだ。しかし、ギガン族並みの身長とは言え、リリ姫の腕は細く、到底強い弓を引けるとは思えぬ」

「クラーケンを一撃で仕留めた弓が弱いと……?」

「何?」


 ざわざわと、ダライ様の発言に『王の間』が騒めいた。


「リリ姫は荒れ狂う海原で矢をつがえ、たった一撃で二十メートル級のクラーケンを倒しました。この中に、同じことが出来る者がおりますか!?」


  しん、と会場が静まり返る。

 私には何のことやらさっぱり分からないのだが、ダライ様の発言にはギガン族の戦士達を黙らせる何かがあったらしい。……クラーケンって、何だったっけ?


「くっ……ふははははは!」


 突然、沈黙を破るような痛快な笑い声が末席から響いた。

 え、何? と私が振り返ると、そこには……記憶とサイズが異なる見知った男がいた。


「確かに、足場の悪い船の上から一撃でクラーケンを倒すのは至難の技だ。……ま、俺は出来るけど」

「え? あなたは……!?」

「また会ったな、リリ。クッキーもケーキも美味かったぞ」

「食いしん坊エル……デルフ!?」

「デルフ!?」


 わはははは、と楽しそうに笑いながら、デルフ二号はズカズカと中央を歩き、私とダライ様の横に並んだ。デカい。5メートルを軽く超えている。キリン並みのエルフって、ちょっとシュールな絵面だ。


(でも……うわあああ。カッコいい……!)


 私の視線に気が付いたのか、デルフ二号はニカッと笑って私の肩に手を置いた。


「実演した方が早いんじゃないか?」

「ひゃわわわわ!」


 思わず、変な声が出た。自分より大きな好みのイケメンからのスキンシップに心拍数が跳ね上がる。


「ゼダ様! 女性に気安く触れてはいけません!」

「まあまあ、堅い事言うなよダライ。肩くらい良いだろ? な、リリ?」

「ひゃわわわわ」


 私が混乱していると、「静まれ」と王の声が響いた。はっ、と私は我に返る。いけない、王の御前であった!


 王は私達を一瞥した後、左右の重臣と何かを話して、もう一度私達に向き直った。


「よかろう。リリ姫。ここから何か射ってみよ」


 王がそう言うと、『王の間』の右側の窓が大きく開かれた。

 眼下には広大な森が広がり、更にその奥には火山が見える。空には鳥が飛んでいる。魔物らしい姿も見えた。


 動いている的を射抜くことは容易ではない。


 心配そうにダライ様が私の顔を覗き込んでいる。

 ゼダと呼ばれたデルフ二号は、何故か自信満々に胸を張っている。


(いや、あんたが自信もってどうするよ!?)

 と、脳内で突っ込みながらも、私は覚悟を決めた。

 自信はない。だが、やるしかない。


「分かりました」


 ごくり、と唾を飲み込んで、私はマジックバックから使い込んだ和弓と、鉄の矢を取り出した。


「なんだ、あのでかさは……」

「でかけりゃいいというものでもないぞ。あんな弓が引けるのか?」


 周囲がザワザワと何か言っているが、気にしない。私は、私と弓を信じる。


 呼吸を整え、弦に矢をつがえる。

 流れるように弓を引くと、スッと心が軽くなった。ピンッ、と獲物と矢の間に見えない糸が張られた感覚があり、私はフッと笑った。


(ああ、この感じ……!)


「!」


 ビュウッと私の指を離れた矢は、美しい放物線を描きながら青空へと吸い込まれていく。

 近くにいた鳥達には目もくれず、矢はみるみる小さくなっていく。

 やはり外したか、と男達が笑った。だが、次第にそれはざわめきへと変わる。


「まだ飛んでるぞ」

「どこまで飛ぶんだ」


 グングンと距離を伸ばしたそれはやがて見えなくなり、見失った先で獲物が一体、地に落ちた。


「ば、馬鹿な……」


 誰もが言葉を失くす中、ダライ様がニッと笑い、ゼダ様は声を上げて笑った。


「ははは! リリ、俺にも教えてくれ!」


 私の放った矢は、遥か二キロ先の火竜を撃ち落としていた。


「王様。これが、私の弓でございます」

「……見事だ」


 おおおおお、と歓声が上がる中、こうして私は堂々とギガン族に弓を教える権利を得たのだった。


ブックマーク、感想、評価等、ありがとうございます!


高校生の頃、弓道の試合を生で見ましたが、凄くカッコよかったです!

弓道部に入りたかったのですが、道具が高くて断念しました(笑)

代わりに演劇部に入りました。

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