22. 選択
「お待たせいたしました」
高鳴る鼓動を抑えながら、天幕を潜った。視線を下に落としたまま、相手の伸びた影が視界に入る所まで進む。
母は応接間と言っていたが、山間の小さな空き地に巨大なテントを張っただけの場所だ。要するに、屋外である。
「トルク王国王女、リリでございます」
私は目線を落としたまま数歩進み、左足を引いて腰を落とした。
「久しぶりだな。リリ姫」
ネコール王国のゼノ王の声だ。
落ち着きのある声に、内心ほっとする。
と同時に、以前の様な畏怖の念が湧き上がってこないことに気付く。初めて会った時は、委縮して思うように話せなかった。
(ああ、そうか。私、ちゃんと成長してる)
心の中で小さく笑う。
恐らく、この世界に生まれた意味を知って自信が生まれたのだ。
恋すらうまく出来ない『こじらせメガゴリラ』だと自嘲していたが、成長を実感でき、少しだけ気持ちが軽くなった。
「はい。ご無沙汰をいたしておりました」
「うむ。思ったより息災そうで良かった。……実は、そなたに褒美があるのだ」
「褒美、ですか?」
恩賞なら山の様にもらったと聞いている。
私は首を傾げながら顔を上げた。
「あ……!」
バクン、と心臓が跳ね上がる。
柔らかく微笑むゼノ王の後ろに、背の高い男が二人並んでいたからだ。
「あ……あわ……あわわわわ」
覚悟を決めてきたというのに、実際に目の前にすると身体が勝手に震えてきた。頭の中で、前髪を掴まれたままのチャンスの神様もガタガタと揺れている。
「久しぶりだな、リリ。会いたかった」
「ご無沙汰しております。お会いしたかった。リリ」
「ゼダ王子……ダライ様……!」
声が、震える。
一カ月ぶりに会う二人は、正装をしていることもあり、いっそう輝いて見える。涙が溢れそうになるほど、眩しかった。それに、ゼダ王子だけでなく、ダライ様まで呼び捨てで呼ぶのはズルい。耳まで赤くして、無理しているのが分かる。
「リリ姫。褒美というのは他でもない。そなたに縁談を持ってきた」
「!」
ゼノ王の突然の申し出にハッと我に返った。
私に告白してくれた二人の前でその話をするのかと、高鳴っていた胸が一気に冷えた。
一国の王太子と、名家の跡取り。
どんなに想い合っていたとしても、二人とも、婿にはなり得ない。
「わ、私は……」
目線を落とし、唇を噛みしめ、声を絞り出す。
「私は……両親が選んでくれた相手ならば、どなたでも構わないと思っていました。ゼノ王と両親の間で話がついているのなら、異存はありません」
「そうか……それは困ったな」
「はい?」
困っているのは私の方だ。
首を傾けて苦笑する姿まで優雅なゼノ王に、少しだけイラっとする。
縁談相手が決まっているからここまで来たに違いないのに、何が問題だというのだ。私が全く嬉しそうな素振りを見せないことが、気になるのだろうか。嬉しいどころか、息が詰まって死にそうなのだから、態度が悪いのは仕方ない。
くくく、とゼノ王が喉で笑う声が聞こえた。
「リリ姫。私は『褒美を与える』と言ったのだぞ」
「? あ、ありがとう……ございます……?」
嘘でも礼を言わないと先に進んでくれないのかと、私はたどたどしく礼を言った。
その直後、ガタッと後ろの二人がコケた。
「鈍いな!」
「ここまでとは……」
頭を抱えながら、堰を切った様にゼダ王子とダライ様が騒ぎ出した。
「しかし、鈍いところも可愛いから良し!」
「同感です。……苦労しますけど」
「お前が言うなよ……」
「え?」
褒められているのか貶されているのか分からないが、嫌われていない事だけはよく分かる。ボンッと火がついたように顔が熱くなった。
「鈍いって、どういうことですか!?」
堪えきれず、思わず叫んだ。すると今度は、ゼノ王が「ははは!」と声を上げて笑った。
「リリ姫。この二人の内、どちらかを選ぶが良い。これが私からの褒美だ!」
「え……えええええ!? あのっ、え? 意味が分かりません!!」
ぶはっ、とゼダ王子が噴き出した。
ダライ様も笑いを堪えている。涙目だ。
「なっ……何なんですか!? 私がこの一カ月、どんな想いで過ごしていたと思ってるんですか!? あの時は逃げるように帰ったから、今度会うチャンスがあったら、きちんとお断りしよう、って悩んで、決めて……!」
「ちょっと待った! ……断る前提って、どういうつもりだ?」
「決まってるじゃないですか! ゼダ王子はネコール王国唯一の王太子ですよ? 他国に婿入りなんてありえません! ダライ様だって、名家の跡取りですよね? お二人とも、私の相手にはなりえないじゃないですか! 好きになったら辛いだけだからって、ずっと気持ちを抑えてきたのに……からかわないでください! 酷すぎます!!」
プチン、と頭の中で何かが切れる音がした。
感情を抑えきれず、ぶわっと涙を流しながら、私は子供の様にしゃがみ込んだ。
「からかってなどいない!」
「どうか泣かないでいただきたい!」
「二人とも、止まれ!」
ゼノ王の覇気を含んだ声に、私に近付こうとしていた二人の足がピタッと止まる。私もビクッと顔を上げた。きっと涙で化粧がドロドロだが、気にしてなどいられない。
「二人とも、リリ姫が困っているだろう。きちんと、説明してやるがよい」
ゼノ王が促すと、ゼダ王子とダライ様がほぼ同時に手を挙げた。
「リリ! 俺はエルフの血が濃い。おそらく、あと千年は生きる。お前の寿命が尽きるまで、他国に居ても問題ない」
「!?」
「私には姉がいます! 姉には子供が二人いるので、私がいなくても、どちらかが家を継げばいい。私には、あなたより優先するものなどありません!」
「……!!」
目からウロコだ。
お互い跡継ぎだからと諦めていたのに、完全に頭の中から消していた選択肢が、急に熱を持って浮上してきた。心臓が、バクバクと音を立てる。前髪の乱れたチャンスの神様が、頑張れ、頑張れと言っているようだった。
ずいっと、右手を伸ばしてゼダ王子が一歩前に出た。スッと延ばされた腕は、指先までも美しい。
「俺は生まれた時から人並み以上に何でもできた。本気など出さなくても、何でも手に入った。俺にとって、人生は退屈な遊びと同じだった。……正直に言うが、初めてリリに会った頃の俺は最低だった。『ダライや他の奴より先にリリが俺に惚れれば勝ち』みたいなゲーム感覚でお前と接していた。……だが、一国の王女として凛と生きているリリを前にして、初めて自分が恥ずかしくなった。俺が魔王戦を本気で戦えたのは、お前のおかげだ。俺を本気にさせるのはお前だけだ。たとえ短い間だとしても、この感覚を味わって生きていたい。俺は、本気で、リリを愛している」
「っひゃああっ」
この間よりも、ずっと、ずっと熱い言葉と想いが胸を貫いていく。
私が『照れ死』寸前に陥っていると、「ちょっと待った!」とダライ様が大きく一歩前進した。
「私は、あなたと出会うまで、どこか投げやりに生きていました。うまくいかない事があると、言い訳を探して、目を背けて逃げてきました。……とても弱い男でした」
そこまで言うと、ダライ様は伸ばした右手を戻し、自分の胸に添えてギュッと握りしめた。
「アーミャ様達が魔族に殺されていくのを眺めながら、『次の次が自分の番か』とぼんやり考えていた時、あなたの姿が浮かんだのです。もう一度、あなたに会いたかった。細い体で真っ直ぐに困難に立ち向かうあなたを、一番近くで守りたいと思った! 私も、本気で変わりたいと思ったんです! そして、ほんの少しですが、変われたと思っています。昔の私なら、ゼダ王子と競おうなどと思いもしなかったでしょう。諦める、という以前に、そんな気持ちすら抱かなかったはずです。でも、今は違う。堂々と、あなたが欲しいと、宣言します!!」
「!!」
グッと、目頭が熱くなる。再び延ばされたダライ様の手が、涙で良く見えない。
……これほど大きな愛をくれる人達に会えたことが、本気で、嬉しい。
「ありがとう……ございます……! 本当に、本当に……!」
この一カ月、何度も何度も「もしも」を妄想し、答えは出していた。
一人を選べば、もう一人は悲しむだろう。それを思うと、とても辛い。
選ばれなかった方とは、今まで通り接することはできないかもしれない。それも、とても辛い。
だが、もう逃げないと決めたばかりだ。
「私は……」
あなたと生きたいです、と彼の大きな手を握った。
ブックマーク、評価、感想等いつもありがとうございます。
次話で終わります!




