17.戦う!
「ぼうっとするな! そこの巨人族!」
「は、はい!」
足元から怒鳴られて反射的に横に飛びのくと、その横を獣人の男が鋭い爪を振りかざしながら戦場へと駆けて行った。
そう、ここは戦場だ。
私の想いが通じたのか、魔王戦が繰り広げられている旧アルバトロス王国のゲートに直接繋がったらしい。
私は不意に、ゲームで『異世界から渡って来た者は、転移や空間魔法を使えることが多い』と言っていたのを思い出した。私の魔力量ではどちらも使えないが、ゲートの力を借りて行き先を捻じ曲げられる程度には力があったのかもしれない。
「あ! 危ない!」
先程の獣人の頭上に鳥型の魔物が見えた。獣人はそれに気が付いていない。
「ええい!」
深く考える間もなく、私は弓を引いた。
矢は緩く弧を描き、鳥の羽を貫いた。叫喚でその存在に気付いた獣人が、軽やかに飛び上がって鳥を仕留める。獣人はこちらを見て「ありがとう」と言った。
その笑顔に、ほっと胸を撫でおろす。
しかし、何とか事なきを得たものの、心臓を狙ったのに100メートル程の距離で外すとはショックだ。
だが、落ち込んでいる場合ではない。
私に出来ることは、連合軍のために矢を射ることだけだ。
私は無我夢中で矢を放ち続けた。
「……っつ!」
指の皮がめくれる痛みで、無意識のうちに呻いた。
「大丈夫ですか!?」
「え!? あ、はい!」
足元から声をかけられて我に返った。
いつの間にか私の周りを連合軍の兵士達が囲んでいる。私を守るように背を向け、必死に魔物達から守ってくれていたのだろう。
「皆さん、ありがとう!!」
感謝が口に出た。戦場だというのに、自分でも驚くほど良く響いた。
数人が驚いたように振り返り、にっ、といい笑顔で応えてくれた。
私もそれに微笑み返す。
(よっしゃ元気出た!)
突然戦場に放り込まれて心も体も追い付いていないが、ようやく状況把握が出来るほどの余裕が出てきた。
目の前で多くの命が失われている。人族も、魔物も関係なく、累々と屍が積み重なっていく。むせ返る様な血の匂いと砂塵が鼻と目と肺を侵していく。
私はズボンのポケットからスカーフを取り出すと、鼻と口を覆う様に頭に巻いた。少しはマシなはずだ。
見渡す限り、巨人の姿は見えない。戦場はいくつかあるはずだ。
「すみません! 巨人族を見ませんでしたか!?」
「巨人族なら北門に居るはずです! ちょうど……ああ! あの大きな魔物が居るあたりです!」
「ありがとうございま……でかっ! ベヒモス!?」
近くに居た騎士に教えてもらった方向を見ると、城壁の向こうに軽く身長50メートルを越えそうな巨大なカバが見えた。SS~SSS級の魔物ベヒモスだ。いかにギガン族の戦士の実力がSSランクの冒険者相当と言っても、体格が違い過ぎる。蟻に象は倒せない。
「私は向こうに行きます!!」
「お供します!! 皆、戦女神を守れ!!」
「「「おおー!!」」」
私が進行方向を変えると、人族の一団が一緒に付いて来てくれた。さっきの獣人の姿も見える。なんと頼もしいことだろう。
私にベヒモスは倒すことは出来ないが、この人たちも守りたいと本気で思った。
……戦女神ってなんだよ、とは思ったが口には出さない。
城壁を起点に右回りに北門へ向かう途中、矢を回収しながら私達はようやく北門が見える場所まで辿り着いた。とは言え、まだかなりの距離がある。ベヒモスが巨大過ぎて距離感が狂うが、おそらく2キロはあるだろう。
「大丈夫ですか!? 皆さん!」
一度立ち止まり、肩で大きく息をしながら周囲を見回した。
残念なことに、何人か減っている。皆、ボロボロだ。私自身も体調が万全ではない上に、慣れない砂漠を矢を放ちながら走り続け、既に体力の限界を超えている。指先は血に塗れ、感覚がない。
「大丈夫です! まだ戦えます!」
大丈夫なはずはないのに、白い歯を見せて微笑む騎士達。彼らの姿に私の胸がじわっと熱を帯びた。
彼らの想いに応えたい。
私は大きく息を吸い、顔に巻いていた布を取り払った。
私もまだ戦える。
私は、一国の王女だ。一兵でも残っているなら、私が膝を突くわけにはいかない……!
「皆さんのおかげで心強いです! 魔王などには負けません! この世界は、私達が守るのです!!」
「「「おおおー!!」」」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
一緒に来た仲間だけでなく、周囲で戦っていた人族も皆、顔を上げた。
気分が高揚する。
腹の奥から、尽きかけていた活力が蘇ってくるようだった。
……ふと、私の視線の先に見知った男の姿が見えた。
「あ! ガッツさん!」
ベヒモスの足に丸太を叩き込むギガン族の若い戦士は、たしかゼダ王子の側近だったはずだ。ということは、ゼダ王子も近くに居るに違いない。
(……居た!!)
ドキドキとうるさい程に心臓が高鳴る。
ガッツよりも更に奥。
ベヒモスが守る巨大な北門の根元に懐かしい背中が見えた。芸術的な逆三角形を描く美しい背中は、間違いなくゼダ王子のものだ。
幸いベヒモスはゼダ王子に気が付いていないようだが、空には多くの魔物や魔族が飛び交っている。
王子は門をくぐり抜けようとしているのか、風魔法を下へ向けて放った。小さな穴が開き、間髪入れず小さな影たちが門をくぐった。続いて王子も穴に頭を突っ込んだが、砂上に開けた穴は脆く、みるみるうちに塞がっていく。背中が抜け、もう少しというところで王子の下半身は門と砂に挟まってしまった。
そこに、ゼダ王子目掛けて魔族らしい影が飛来するのが見えた。
「危ない!」
半ば悲鳴を上げながら、私は弓を引いた。
が、私の腕力は限界を超えていた。使い慣れたはずの弦が、ピクリともしない。
(お願い……動いて!!)
心の底から願う。
体中の細胞一つ一つから力を掻き集めるように、指先へと精神を集中させていく。頭も心臓も沸騰して破裂しそうなほど熱くなっているのが分かる。それでもかまわない。死んでしまってもいい。
きっと、この瞬間のために私はこの世界に生まれてきたに違いないのだから。
「動け、私の体ぁっ!!」
絶叫した刹那。
「全く無茶をなさる」
「!?」
突然、背中に温かいものが触れ、フワッと弓が軽くなった。
その意味に気付き、思わず笑みがこぼれる。
「「いけええええええ!!」」
私達の想いと声を乗せて、運命の矢が放たれた。
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次回はダライさんの回です。よろしくお願いいたします。




