15.生まれてきた意味を求めて
本日、3話投稿しています(今回が2話目です)
ドン、という音と共にトラックにぶつかった。
人の声やサイレンの音が入り混じるのを遠くに感じながら、私は空を見ていた。
五感の全てを地上に残したまま、池の中に沈み込んでいくような感覚だった。奇妙な心地よささえ感じていた。
(ああ。次は魔王戦だから回復薬を大量に仕入れないと)
つい先程までやっていたゲームの攻略法を考えながら、ゆっくりと目を閉じた。
―――それが、私『クロキ トア』の最期だ。
骨折の痛みと、アーミャ達からの分かりやすい敵意を受けたせいだろうか。
久しぶりに、死に間際の光景を思い出してしまった。
(なんで私、ここに居るの?)
転生してから、ずっと抱え込んでいたわだかまりが胸を黒く染めていく。
聖女でも、悪役令嬢でもなく、ゲーム『聖女の行進』には存在すら出てこない巨人の娘。この転生に何かしらの意味が欲しいが、今のところ何のために生きているのか全く分からない。
意義を見出そうと自分なりに覚悟を決めてネコール王国に来てみたが、空回りばかりしている。
野蛮な小国の、淫らな王女。
アーミャに言われたことが、深く胸に刺さる。
ゼダ王子やダライ様も、同じように思っているのだろうか。顔や態度には出さないが、本心では迷惑をしているのではないだろうか。
(……やだよぅ)
じわっと涙が浮かぶ。
自分は弓を教えるために来たのだからと、それ以上の感情が湧かないように自制してきた。
知的で真面目で親切でシャイな笑顔が可愛らしいダライ様と、強くて自信家なのに騎士の様に私を大事にしてくれるゼダ王子。
二人とも素敵だ。異性として意識しないはずがない。
だが、二人が優しいのは私が異国の王女だからだ。
勘違いしてはいけない、自惚れてはいけないと何度も言い聞かせてきたのに、彼らに見放された自分を想像すると、たまらなく恐ろしくなる。
嫌われたくない。誤解されたくない。
卑しい女だと、蔑んだ目で見られたら……きっと心が死んでしまう。
「うっ……!」
突然、激しい頭痛に襲われた。
小さな爆発がいくつも起きたかのように、目の前がバチバチと点滅する。
堪らず、声にならない悲鳴を上げた。
すると、急にフッと場面が代わった。
頭痛も消えている。
その代わりに、全身を押さえつけられるような禍々しい重圧に襲われた。
―――大きな渦が、世界を呑み込もうとしている。
暗く、禍々しい、不快な渦だ。
巨人も、人間も、獣人も、エルフも、ドワーフも、皆が一様にその渦を見上げている。
砂漠にそびえ立つ石造りの城の真上に出現した渦の中心には、巨大な扉が浮かんでいた。両開きの扉は向こう側から薄く開き、中から何かが溢れている。
(あれは……『異界の扉』……!?)
私はこの光景を知っている。
何度も、何度も、ゲームのスチル画で見た光景だ。
魔王が復活し、『異界の扉』が開かれた瞬間。
扉から溢れる黒い渦は魔物の群れだ。
ゲーム『聖女の行進1』で勇者ルートを選ぶと、ヒロインである聖女は勇者と共に魔王を倒すべく『魔王の城』を目指す。そして魔王を倒し、扉を閉めてエンディングを迎えるのだ。
(あ……!)
ずっと、この世界の私には遠い他人事だと思っていた。
聖女達が魔王を倒すことが分かっていたから、軽く考えていた。
だが、たった今、ここは現実だと気付いてしまった。
なぜなら
(ゼダ王子……!?)
私は心の中で絶叫しながら、長い夢から目を覚ました。
◇◇◇◇
どのくらい気を失っていたのだろう。
全身の血液が鉛になったのではないかと思えるほど、体が重たい。
バクバクと心臓が内側から胸を打ち、汗がじっとりと全身に纏わりつく。
(あのスチルの巨人は、ゼダ王子だ……!!)
前世でプレイをしていた時は全く気にしていなかったが、あの後ろ姿は間違いなくゼダ王子だった。
私は前世から、その存在を認識していたのだ。
ゲームをしていると『主人公の視点』が世界の全てに思えていたが、当たり前のようにこの世界には無数の生命が存在し、それぞれ懸命に生きている。
魔王との戦いが、聖女や勇者だけのものであるはずがない。
ゼダ王子をはじめとする巨人族も、人種を越えた仲間と共に魔王戦に参加していたのだ。
―――そして私は、聖女チーム以外の戦士一人一人の結末を知らない。
(ゼダ王子……!)
胸が一層早鐘を打つ。
ゼダ王子の未来が分からない。
ゼダ王子はゲームの重要人物である大魔術師リーンの孫であり、巨人族とエルフ族を繋ぐ要だ。きっと魔王戦では重要なポジションを与えられ、国連軍の中心となって戦うに違いない。
私とは違う。
立場も負っている責任もまるで違う。
同じ『一国の後継者』という立場ではあるが、今更ながら自分とゼダ王子の違いを思い知った。
(情けない……! 私、全然この世界と向き合ってなかった……!)
ギュッと、内臓を掴まれた様な感覚に襲われ、身をよじって耐えた。
(国に帰ろう)
付け焼刃の弓道が、魔王軍に通用するはずがない。
実際にゲームのスチルでゼダ王子を始めとする巨人達が使っていたのは、丸太の様な棍棒だった。どうせ弓は使わないのだ。弓の訓練をする時間があったら、棍棒の訓練をした方がいいはずだ。今まで弓の訓練に付き合ってくれたのも、騎士の様に礼を尽くしてくれたのも、国賓である私に対する配慮に他ならないだろう。
私はそんな事にも気付かず、ゼダ王子達の貴重な時間を奪っていたのだ。
(せっかく大好きなゲームの世界に転生したのに、私、何の役にも立たない……)
悔しい。
悔しくて、涙が溢れてきた。
「リリ!?」
ガチャン、と床で食器が砕け散る音がした。
何事かと頭を上げようとするが、飛び込んできた小さな柔らかい胸に抱きしめられた。しがみ付かれていると言っても間違いではない。その小さな体が自分の母だと気付くのに、数秒を要した。
「……は、母上!? どうして母上がここに!?」
「どうしてって、ここがトルク王国だからに決まってるじゃない!」
「!?」
どういうことだ、と混乱しながら、私は周りを見渡した。
石造りの……というより、岩場を掘って作った無骨な室内に、くり抜いただけの不愛想な窓。チャド族の既製品ではサイズが合わず、特注で作ってもらった調度品たち。
ここは間違いなく、トルク王国の自室だ。
「え……ええええええ……あっ、気持ち悪い」
「リリ! 一年近くも寝てたんだから、急に暴れちゃ駄目よ!」
「い、一年……!?」
理解が追い付かない。
アーミャに絡まれて気を失っただけなのに、一年も経ったなど有り得ない。
母の涙ながらの説明によると、鼻の怪我はすぐに魔法で治癒したのだが、私は全く目を覚ます気配が無く、心配したゼノ王自らトルク王国に送り届けてくれたらしい。それから一年、私は昏々と眠り続け、国中が喪に服した様に静まり返っているそうだ。
父は私をネコール王国に派遣したことを悔やみ、戦争に発展しそうな勢いだったとか。
「せ、戦争!? ネコール王国と!? 勝ち目無いのに!?」
「大丈夫よ、落ち着いて!? ゼノ王や王子様が直接頭を下げてくださったし、多額の賠償金も頂いたから。それに……あなたに怪我を負わせた公女様は……亡くなられたわ」
「え……?」
がん、と頭を鈍器で殴られた様な衝撃だった。
「まさか……私のせいで処刑に……?」
サアーッと音を立てて血の気が引く。
アーミャ自身は私に触れていない。むしろ先に手を出したのは私だ。それに、アーミャはまだ子供だった。宝物を取られたくなくて意地悪をする、どこにでもいる少女だった。
「大丈夫だって、言ったのに……謝罪だけで良かったのに……!」
「違うのよ、リリ! ああ、泣かないで」
自分でも驚くほど、大粒の涙がボロボロと零れていく。苦手な相手だが、死んでほしいとは思わない。自分のせいでアーミャが死んだのかと思うと、心が張り裂けそうになる。
「違う? でも、亡くなったのでしょう?」
「リリのせいではないの。ゼノ王の話だと、あなたに無礼を働いた罰で島流しの刑になったけど、十分に反省したら呼び戻すつもりだったらしいわ。だけど……出たのよ」
「出た?」
「魔族よ」
「……っ!?」
思わず、喉が引きつった。
魔族。
それは魔王の配下であり、普通の魔物とは一線を画す存在だ。強大で邪悪な魔力を有し、人族とは相容れることはない。
ゲームの中でも何体もの魔族と戦ったが、どれも攻略サイトを見なければ勝つことが出来なかった。
「どうして魔族が? 魔王が復活したの!?」
「魔王復活はまだよ。噂によると、たまたま島に中位魔族が眠っていたらしいの。公女様の一族には戦士も沢山いたから、何とか倒せたらしいのだけど……ほとんど全滅だったそうよ」
「そんな……」
中位の魔族となると水竜や火竜クラスの魔物に匹敵し、Sランク以上の冒険者でなければ相手にならない。巨人族の力はSランク以上だが、魔力耐性は極端に低い。いかにアーミャの一族がエルフの血が濃いといっても、厳しい戦いだっただろう。
「それから……ほら、あなたを連れて行った眼鏡の殿方がいたじゃない? ダラなんとか」
「ダライ様!?」
「そうそう! 事務的な手続きのために同行していたらしいんだけど、大変な怪我を負ったそうよ」
「え!?」
まさに寝耳に水だ。
アーミャの死を聞いた時以上の衝撃が私を貫いた。
ダライ様は戦闘が苦手だった。きっと恐ろしい目にあったに違いない。
(ああ、私のせいだ……!)
ブルブルと体が震え出した。
母は「しまった」と顔に出して、慌てた様子で私を抱きしめた。
「大丈夫よ、リリ! エルフの治療が間に合ったから、今は何ともないわ。大丈夫だから。大丈夫だから」
何度も何度も母が「大丈夫」と繰り返すのを聞きながら、私は再び眠りについた。
本日2話目です。
更新が遅れた理由は、体調不良とオリンピックです!
アスリートの皆様が頑張っている姿をみて感動しました!




