第92話「乙女たちの占い」
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COVID-19(新型コロナウイルス)の影響で保育園と学童保育が縮小となり、執筆の継続が難しくなりました。育児を優先しますので事態収束まで不定期更新とします。非常に残念ですがよろしくお願いします。
第93話「帝室の暗雲」公開はGW前を予定しています。
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* * *
【ファルファリエの占い】
「あー、そりゃ無理でしょ」
アジュラが溜息をつきながら、宮廷の客室で柑橘のジュースを飲み干す。
「うわ、これおいしい!?」
「さすがに王室の人はいいもの口にしてるよね。海産物は手に入らないみたいだけど」
ふふんと少し得意げなのはナーシアだ。彼女の実家は海運を営む富豪だった。
彼女はマリエを見る。
「で、いつまでそんなじれったいことやってんの?」
「じれったくはないでしょう。そもそも彼とは何でもないんだから」
遥か年下の乙女たちに囲まれ、ふくれっ面のマリエ。隣に座っているのはユナだ。
「まあまあマリエさん、焦らず確実にいきましょう。うちの実家の猫も、懐くまでにはずいぶんかかりましたし」
「猫と一緒にしないでほしいわ。彼だって、ああ見えて……」
マリエはそう言い、言葉に詰まって視線をさまよわせる。
それを見て、一同が深々と溜息をついた。
「ダメだこりゃ」
「マリエは臆病すぎるよね」
「慎重なだけですよ」
言葉の選び方に差はあったが、みんなの意見は一致しているようだった。
「昔何があったか知らないけど、今のジンならマリエを拒絶したりしないと思うけどね」
ナーシアが言い、一同がうなずく。
「あいつたぶん、マリエの好意に気づいてないわ」
「そうですね……。ジンさん、自分がどう思われてるかにぜんぜん興味ないですから」
容赦ない分析が続き、マリエはうぐぐとうつむく。こんな子供たちにアドバイスをされているのが恥ずかしく、また嬉しくもあった。
とりあえず少しは反論しておく。
「当事者だから、そんなに冷静にも大胆にもなれないわ」
「まあそりゃそうよね」
アジュラが頭の後ろで手を組んだところで、この客室の主がやってくる。
「そちらの話はまとまりましたか?」
「もう全然。そっちはどうだったの、ファルファリエ殿下?」
アジュラの問いかけにファルファリエは微笑む。
「私は外交官ではありませんと、はっきりお断りしてきました。それに我が帝国に何か要望があるなら、王室を通してくださいとも」
「結構はっきり言うんですね」
そう言って肩をすくめたのはミレンデ人のナーシアだ。
ファルファリエはうなずく。
「立場をはっきりさせておかないと、帝室にも王室にも迷惑がかかりますからね」
「だからって、私たちに監視役を頼むなんて凄いわね」
マリエは少し呆れつつも感心していた。
(私たちはこの子の学友だから、客室にいても不自然ではないわ。でも密談に訪れた使者にとっては、やりづらいでしょうね)
今日は誰かの使者らしい紳士が三人ほど来たが、いずれも挨拶程度で引き揚げていった。
学院の魔術師たち、つまり『念話』の使い手たちが隣室にたむろしているのだ。どんな魔法で盗み聞きされるかわからないのだから、怖くて密談などできないだろう。
そう考えるとマリエは少しおかしかった。
「これがあなたのやり方なのね」
「そうですね。私のやり方です」
「そう……」
マリエは内心で首を傾げる。
(今なにか含むところがあったような気がしたけど、どういう意味かしら?)
魔女マリアムとして長く生きてきたマリエだったが、それでも人の機微の全てを見通す力は持っていない。
(彼女の言う「私」の対になるものは何かしらね。帝室かしら? それともサフィーデ? あるいは……)
可能性だけならいくらでもあるので、マリエは迷う。
一方、他の少女たちは明るかった。ユナがファルファリエに笑顔を見せる。
「ファルファリエ殿下、今日の面会予定はもうありませんよね?」
「はい、もうありませんよ」
「じゃあこっちに来てカード占いでもしませんか?」
ユナが取り出したのは、古ぼけたカードの束だ。独特の雰囲気を持つ絵が描かれている。
厚手の紙はそれなりに高価だし、彩色された版画も高価なものだ。ちょっとした財産だった。
ファルファリエは不思議そうにそれを見つめる。
「これも魔術学院の備品ですか?」
「違いますよ。私が実家から持ってきた占いカードです」
ユナは慣れた手つきでテーブルの上に並べていく。
「うちの田舎でお祝い事に使うカードで、どれも良い意味のものばかりなんですよ。これは『繁栄』、こっちは『愛情』で、こっちが『希望』のカードです。まあ、悪い意味のカードも少し混ざってますけど」
そう言ってユナはカードをシャッフルし、裏返したままファルファリエに差し出した。
「カードの組み合わせで意味が深まりますので、三枚引いてみてください」
「面白そうですね、では……」
ファルファリエは楽しそうな表情で、カードを三枚選ぶ。
「どれどれ……」
みんなが顔を寄せ合って、カードをひっくり返す。
三枚のカードに記されていたのは、『別離』『高貴』『友情』の文字。
アジュラがユナに問う。
「で、これの意味は?」
「ええと、最初のカードが『いずれもたらされるもの』で、二枚目がその対象です」
ユナは少し悩んで、こう続けた。
「でもこれ、ファルファリエ殿下御自身が高貴ですから、解釈が難しいですね……?」
偶然とはいえやや繊細な話題になってしまいそうなので、一同は沈黙してしまう。
ファルファリエはあまり動じていない様子で、微笑みながら続きをうながした。
「それで三枚目はどう解釈するのですか?」
「あ、それは『あなたの助けとなるもの』です」
その言葉にファルファリエはにっこり笑う。
「なるほど、友情が私の助けになるんですね。良いことを聞きました」
そう言うとファルファリエはユナの手をそっと握る。
「私の助けになって頂けますか、ユナさん?」
「はっ、はいいぃ! せせ、誠心誠意お助けしますぅ!」
びっくりして真っ赤になるユナ。
「あっ、ずるい! 私も殿下を助けるから!」
「じゃあ私もミレンデ人代表ってことで」
アジュラとナーシアも割り込んだので、マリエも付き合いで手を差し伸べる。
「私もあなたのために力を貸すわ、ファルファリエ殿下」
自身の言葉が持つ重みを感じながら、マリエは心の中で溜息をつく。
(私もあの人に似てきたわね)
安請け合いばかりしている兄弟子の笑顔を思い浮かべ、マリエは思わず苦笑した。
* * *
マリエがファルファリエの監視に出て行った後、俺はディハルト将軍の訪問を受けていた。
「先生のお言葉通り、数人の貴族や役人がファルファリエ皇女と接触を図ったようです」
わざわざ直接言いに来なくていいのに。君は将軍だろ? 念話なり、適当な士官をよこすなりで十分だろうに。
「ただ、いずれもファルファリエ皇女に追い返されていますね。さすがは大国の皇女といったところでしょうか」
ディハルト将軍が苦笑しているので、俺は彼の誤りを指摘する。
「帝国としての誇りや外交的な判断もあるでしょうが、たぶん『学院から追い出されたくない』が最大の理由だと思いますよ」
「それはどういうことですか?」
俺は少し照れくさかったが、ディハルト将軍に言う。
「ファルファリエ皇女は自身が厳重に監視されていると考えています。自身の立場を悪くするだけですから、密約や密談の類は受け付けないでしょう」
ファルファリエは陰謀に長けているが、まだ十代の子供だ。そして敵国で孤立している。
おまけに故郷に手紙を送っても送っても、ちっとも返事が返ってこない。手紙が途中で誰かに握りつぶされているせいだが、それは彼女にはわからない。
そうなれば人間、誰でも慎重になるだろう。
そんな説明をした後、俺はやんわりとディハルト将軍を諭す。
「思い込みで人を判断するのは危険ですよ、ディハルト殿」
若き将軍はハッとした表情になり、眼鏡を押さえながらぽつりと言った。
「仰るとおりです。『敵の視点に立って考える』という、戦略家の基本を忘れていました……」
やはりまだ危なっかしいな、この坊やは。
「皇女の件は学院に任せてください。今はまだサフィーデの軍備が整っておらず、戦争をする時期ではありません。波風を立てたくないのは彼女も我々も同じです」
サフィーデ王立軍の戦列歩兵はまだ一万人もいない。そもそも銃が足りない。
いくら念話で有利に戦えるとはいえ、十倍以上いる帝国軍と戦ったら磨り潰される。
「ディハルト殿は軍備を急いでください。皇女の手紙が帝国領内で行方不明になっていることを考えると、帝国内部にも不穏な動きがありそうです」
「わかりました。できる限り急ぎます」
ディハルト将軍はまじめな顔でうなずいた。




