第64話「反乱の地へ」
064
* * *
【ビアジュ卿とリープラント卿】
「不思議な少年だ」
ジンと名乗る魔術師が退席した後、リープラント卿は夕陽を眺めつつ、しみじみと呟いた。
「謀反の片棒を担いでいる私を殺すどころか、私に一方的に有利な条件を提示するとは」
すると酒瓶を取り出したビアジュ卿ギュレーが苦笑する。
「でしょう? 僕も驚きましたよ。本来なら当家もとっくに取り潰され、僕も父も斬首されていたはずです。それがこうして首が繋がっている。まるで魔法です」
「魔法か。確かにそうですな」
リープラント卿も苦笑し、ソファに腰を下ろした。
「彼は何者です?」
ギュレーは笑いながら首を横に振る。
「僕にもわかりません。マルデガル魔術学院の密使で、ゼファー学院長かシュバルディン教官長の高弟だろうというのはわかりますが」
「大賢者ゼファーに、流浪の隠者シュバルディンですか」
リープラント卿も名前に聞き覚えがあった。
「魔術だけでなく政治や交渉にも通じているとは、さすがに伝説の三賢者だけのことはある。少々恐ろしいほどです」
顎に手を当て、じっと熟考するリープラント卿。
謀反に加担するべきか、手を引くべきか。
だがリープラント卿の中では結論は出ていた。
「あれだけ有利な条件を提示したということは、ゼファー殿やシュバルディン殿は王室側の勝利を微塵も疑っていないのでしょうな」
「だと思います。僕もおじさまも敵ではないのですよ、きっと」
「参りましたな」
苦笑するリープラント卿に、ギュレーがワイングラスを差し出す。
「それで、これからどうなさるおつもりですか?」
「妹に手紙を出そうと思っています」
リープラント卿の妹はデギオン公の弟に嫁いでいる。
ギュレーが心配そうな顔をしたので、リープラント卿は笑顔で続けた。
「おそらく謀反は失敗するでしょう。となれば私に残された道は、反乱鎮圧で功を挙げて妹夫婦の助命を願い出るしかありません。ですがもっと良いのは、戦況が悪化する前に妹夫婦が反乱軍から離反することです」
「なるほど……。確かに公弟殿下なら、反乱軍から離脱するだけでも功績になりますね。デギオン公にとっては手痛い一撃になるでしょう」
「ええ。実兄であるデギオン公と決別して王室に味方したとなれば、義弟の忠誠は評価されるはずです。ですので、妹を通じて義弟に離反を促すつもりでおります」
リープラント卿はワインで喉を潤し、ほっと溜息をつく。
「おそらくこれさえも三賢者の掌の上なのでしょうな」
「ええ。おじさまが義に篤く、同時に合理的な判断をなさる方だとお見通しなのでしょうね」
「ははは、これは本当に参りましたよ。もう一杯頂けますかな?」
空になったワイングラスを手に、リープラント卿は微笑んだ。
* * *
「という訳でだ」
俺はトッシュたちを集めて、リープラント家の件について大まかに説明する。
「デギオン公の謀反をとっとと片付けないと、サフィーデは滅亡する。だが王室や諸侯の軍勢は旧式で、デギオン公の城を攻め落とすには時間がかかりすぎる」
スピネドールが眉をしかめる。
「仕方ないだろう。王室には申し訳程度の投石器と大砲があるが、諸侯は攻城兵器を持つことを禁じられている。そうそう簡単に攻め落とせるか」
「そこで魔術師の出番だ。『念話』などの情報系の術を駆使すれば、城は落としやすくなる」
落とせなければ俺が乗り込んで片付けるだけの話なんだが、これ以上化け物扱いされたくない。それに「普通の」魔術師が役に立つことを実戦で証明したいのだ。
「ここにいる俺たちはディハルト参謀の指揮下に入り、これからデギオン公討伐に従軍する。これは王室の要請であり、ゼファー学院長も受諾した。ただし俺たちはまだ学生だから、従軍を拒否しても問題ない。あくまでも要請だ」
とはいえ、断りづらい要請だとは思う。
「心配しなくても俺とマリエだけでも何とかなる。他のみんなは街道筋が落ち着いた頃合いで学院に帰ってもいいと思うぞ」
「おいジン、俺が行かないと思ったのか?」
そう言ったのはスピネドールだ。
「少々早いが初陣はいずれ必ず来る。いちいち怖じ気づくものか。それにお前と一緒なら心強い」
強がってみせたが、最後にちょっとだけ本音が出たな。やっぱりまだ子供だ。
俺は苦笑してうなずき、他のみんなを見回す。
「これで三人。もう十分といえば十分だが、他に誰かいるか?」
「んじゃ俺が」
トッシュが挙手する。
「国内の戦なら、ヤバくなっても安全に逃げられそうだからな。ジンもいるし大丈夫だろ」
だから俺をアテにするなって。
するとアジュラも手を挙げた。
「じゃあ私も行くわね。トッシュが流れ矢に当たらないよう、しっかり頭を押さえておくわ」
「いや、無理するなよ?」
「平気平気」
笑ってみせてはいるが、笑顔が微かに強張っているぞ。
ナーシアとユナは明らかに従軍向きではないので、俺は慌てて募集を締め切った。
「よし、これだけいれば絶対に足りる。今回の研修について報告する役目があるから、ナーシアとユナは先に学院に戻ってくれないか?」
「う、うん。そうだね」
野外活動や争い事が苦手なナーシアは、急な従軍を免除されるとわかって露骨にホッとしていた。ユナも心なしか安心した様子だ。
「わかりました。じゃあ、そちらの役目は私たちに任せてください」
するとスピネドールが口を開く。
「ああ、二人なら安心だな」
意外な一言だ。こいつらしくない気がしたが、俺の認識が間違っていたのだろうと考え直す。スピネドールは意外と後輩の面倒見がいい。
「ナーシアとユナはディハルト参謀が護衛をつけてくれるから、帰りの道中は安心してくれ。『人当たりのいい兵たち』を選んでくれたそうだ」
ディハルト参謀は護衛の兵士を使って、ナーシアとユナから色々聞き出すつもりだろう。彼は穏やかな善人であると同時に、抜け目ない策士でもある。
だが別に構わないので好きにやらせておく。
「ナーシアとユナは道中の様子を念話で報告してくれ。街道筋の動きは参考になる」
「任せて」
「わかりました」
ナーシアとユナがこっくりうなずいた。
こうして俺たちは二手に分かれ、俺はディハルト参謀と共にデギオン公討伐に参加することとなった。
「デギオン公の居城、ヴァンブルク城は非常に堅牢な城塞です」
道中、ディハルト参謀が説明してくれる。
「城の北側から川が流れており、城で分岐して城壁の東西を流れています。つまり三方を川で守られていますので、南側からしか攻められません。もちろん南側は最も防御が厚いので、容易には近づけませんよ」
地図を見ると、川幅はそれなりにあるようだ。
「川底には罠が仕掛けられており、迂闊に渡河を試みると壊滅的な被害を受けるでしょう」
「罠ってどんなヤツですか?」
トッシュが興味津々で尋ねると、ディハルト参謀は苦笑した。
「詳細は不明だが、壺や縄だろうね。川底に壺を埋めて深みを作ったり、縄を張って転ばせたりするよ」
「そんなのが軍隊に通用するのかな?」
トッシュが首を傾げている。
だから俺は教えてやった。
「兵士は鎧を着ているだろう? それなりの深さと速さがある川だと、転んだだけで溺れ死ぬことがある。一瞬動きが止まるだけでも、城壁からの矢でやられてしまう」
「ほえー……」
トッシュは感心したような顔をしている。
さらにディハルト参謀が言う。
「そうです。あと鎧の下に着る綿入れが水を吸って大変なことになるんだよ。恐ろしく重くなって、城壁をよじ登るのも一苦労だ。火薬や火縄も濡れたら使えなくなる」
「川って怖いんですね」
「いいところに気がついたね。だから用兵を学ぶ者は川には殊更に警戒する。状況次第では数万の兵力に匹敵する価値があるよ」
籠城されると厄介だな。そう思ったとき、俺はふと大事なことに気づく。
「ディハルト参謀、デギオン公は最初から籠城を選択するでしょうか?」
「言われてみれば、確かにそれは不明ですね」
ディハルト参謀は口元を軽く押さえる。
「籠城は通常、援軍の見込みがある場合にのみ選択されます。裏を返せば、籠城すれば『援軍が来るぞ』と宣言しているのと同じです。例外は敵が諦めて退却する場合などですが、今回それは期待できませんから」
「へー……」
アジュラが感心したようにうなずく。
「自分の城に立てこもるだけで、そんな情報を周囲に与えちゃうのね。戦争って難しいわ」
確かにそうだな。魔術師たちは戦術とは無縁だから、こんな話はややこしいだろう。
だがこういう戦場の論理を学んでいくと、いずれ魔術師はただの連絡要員ではなく、戦況を読み解く専門家になれる。
換えの利かない人材は大事にされる。戦争終結まで生き延びられれば、後の人生はもっとマシなことに使えるだろう。
だから俺はアジュラに言う。
「面倒だろうが、この手の話にも慣れておいた方がいい。戦争に詳しくなればなるほど、俺たちは厚遇され安全になる。そうでしょう、ディハルト殿?」
ディハルト参謀は頭を掻く。
「確かにそうです。そういう意味では、我々軍人とあなたたち魔術師の利害は一致していますね。どうか我が軍を勝利に導いてください。あなたたちが良い待遇を受けられるよう、私が全力を尽くしますので」
「よろしくお願いします。ディハルト参謀」
子供たちの未来を守るため、俺は彼に軽く頭を下げた。
デギオン公の討伐戦は、俺たちがデギオン領に到着する頃には既に始まっていた。
やはり最初は籠城戦ではなく野戦だったらしい。
しかしこれは危なげなく勝利したようだ。
「王室主導の討伐軍が反乱軍を各個撃破し、デギオン公を居城のヴァンブルク城まで撤退させることに成功したそうです。もっともこれはデギオン公にとっても予定調和でしょうが」
ディハルト参謀が報告書に目を通しながら苦笑してみせる。
「王室直属の騎士団と近隣貴族たちの連合軍、合わせて8千がヴァンブルク城を包囲しています。城内の敵兵はおよそ6千と推定されます」
「攻め落とすにはまるで足りませんね」
「ええ、なんせ大急ぎでしたから。むしろこんな寄り合い所帯で、よく野戦に勝てたものだと思いますよ」
ディハルト参謀が溜息をつく。
「なお王室直属の魔術師たちが『念話』で各隊の連絡を担当しており、これが野戦での勝利に大きく貢献したようです。全軍がそれなりに連携し、不完全ながらもひとつの戦闘単位になれましたからね」
念話を使った戦術が最初からうまく行ったのは幸運だな。
いや、これはディハルト参謀の実力と考えた方がいいか。彼は前線での指揮も達者だが、それ以上に官僚的な手腕が卓越している。既存の軍隊に新しい技術を導入するなら、彼以上の適任はいないようだ。
そのディハルト参謀は報告書を見て眉をしかめる。
「ただ、まだまだ課題が多いようです。今回は敵の挙兵前に進攻できたので何とかなりましたが、やはり誤報が多い」
魔術師たちが戦争に不慣れなせいで、単語のミスが頻発している。類似の単語と聞き違えたり、雑な連絡で誤解が起きていた。
俺は連絡ミスがあった事例をざっと閲覧し、腕組みして顎を撫でる。
「なるほど。魔術師には『後退』と『撤退』の区別は難しいかもしれないな」
多くの場合、「後退」とは陣形を維持しつつ戦いながら後方に下がることであり、攻めの一手であることも多い。
一方、「撤退」は戦闘を中断して戦場から離脱することだ。全く意味が違う。
ただ、魔術師たちはその辺りの認識が曖昧なので、「後ろに下がる」という程度の意味で両者を混同する。こういうミスが随所で頻発しているようだ。
やはりただの連絡係では不十分か。
ディハルト参謀が溜息をつく。
「高度な連携を行うには、まだまだ練度の向上が必要ですね。今回は間に合いませんが」
「そういうときは俺が通信を統括しますよ」
俺は郷士の息子だったから、戦術の基礎は学んでいる。
するとディハルト参謀はパッと顔を輝かせた。
「そうですか、では早速お願いします。本陣に御案内しましょう」
待て、もしかして最初から俺にこれを言わせるつもりだったのか?
なんてヤツだ。




