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潜伏賢者は潜めない ~若返り隠者の学院戦記~  作者: 漂月


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第63話「調略の魔術師」

063


 俺たちがシュナン村に滞在している間に、サフィーデ国内では大きく事態が動き出していた。

 俺は夕食の席でみんなに報告する。

「ついさっき、ゼファー学院長から念話で連絡があった。国王陛下がデギオン公討伐の布告を出されたそうだ。すぐに早馬で国中の貴族に出兵の勅令が行き渡るだろう」



 俺の言葉にトッシュたちは動揺を隠せない様子だった。

「また戦争が始まるのかよ!?」

「戦争じゃない、反乱鎮圧だ」

 スピネドールが白パンに高価なバターを塗りながら、悠々としている。こいつは貴族だから戦争には耐性があるようだ。



 一方、農家出身のユナや商家出身のナーシアは迷惑顔だ。

「反乱鎮圧といっても、やはり戦いになる訳ですし……」

「庶民にとっては迷惑なだけだよね」



 彼女たちにトッシュもうんうんうなずいている。

「戦争すると何百人も死人が出るから大変なんだよな。穴掘りの人手を集めるのも一苦労だって、祖父ちゃんが言ってた」

 俺がやらかしたときは桁が1つ大きかった。確かに大変だった。



 マリエは小さく溜息をつく。

「ベオグランツ帝国の脅威があるのに、デギオン公も国内で争ってる場合じゃないでしょうに」

「いや、だからこそなんだよ」



 俺はそう言いながら、茹でた芋に岩塩をぱらぱらかける。

「デギオン公みたいな一部の貴族は、自分の地位と領地さえ安堵されれば主君を替えてもいいと思っている。目先の安堵でしかないが」

 俺が皇帝ならサフィーデ貴族たちの領地を取り上げる機会は逃さない。『神世』のニッポンで、エド時代初期の王たちがやったようにだ。



「一方、ベオグランツ帝国もサフィーデ貴族の本音はわかっている。だからサフィーデ貴族に密かに働きかけ、謀反を促したんだ」

「でもそれなら、いっそベオグランツ側に寝返らせた方がいいんじゃない?」

 アジュラが首を傾げているので、俺はそれにも答える。



「それだとベオグランツ帝国が協定違反をしたことになる。サフィーデとベオグランツは今、形だけとはいえ同盟国だからな。そしてこの同盟国というのが、帝国にとっては都合がいいんだ」

 俺はどうやって説明しようか考えつつ、芋に岩塩をぱらぱらかける。



「サフィーデ国内で大規模な反乱が起きれば、ベオグランツ帝国は『同盟国の治安回復』という名目でサフィーデ領に進軍可能だ」

「おお、なるほどな!」

 トッシュが感心したようにポンと手を叩き、こう続けた。



「で、そのまんま居座っちゃうってことだろ?」

「そう、その通りだ。もちろんサフィーデは拒否するだろうが、内乱が拡大すれば拒否し続けるのは難しくなる。国境の防衛に回す兵力が足りなくなるからな」



 俺は次第に説明が楽しくなってきたが、落ち着くために芋に岩塩をパラパラふりかけた。

「そしてベオグランツ帝国がサフィーデの各地に兵を駐留させ、治安維持に『協力』してくれる。サフィーデ王室は喉元に剣を突きつけられたも同然だ。そして5年の同盟期間が過ぎれば、帝国は反乱貴族と手を組んでこの国を乗っ取る」



 実に効率的な侵略計画だ。

 俺が皇帝でも同じ事をするだろう。やらない理由がどこにもない。

「だからこそ、この謀反は早急に鎮圧する必要がある。後は密約の証拠を見つけたいところだが、ベオグランツ帝国を糾弾したところで無駄だろうな。知らぬ存ぜぬを押し通すはずだ」



 俺は溜息をつき、芋に岩塩をパラパラかけた。

「こちらからは帝国に逆襲するだけの軍事力も外交力もない。だから今後も、こういう謀略を一方的に仕掛けられるだろう。早く何とかし……」

 そのとき、マリエが俺の手をつかんだ。



「ジン」

「何だ?」

「あなた、減塩しなさい」

 何のことかと思ってテーブルを見ると、俺の芋の上に岩塩が白い雪原を形成していた。



「おお、いつの間に……?」

「議論や思索に夢中になると、すぐこれなんだから。危なっかしくて見てられないわ」

 妹弟子はそう言って、重い溜息をついた。



 デギオン公の方は王室に任せておけばいいが、俺にはリープラント家の調略が残っている。

 ビアジュ家に謀反の誘いを持ちかけた小領主で、デギオン公の縁戚だ。ビアジュ家とは親交が深いらしい。



 ここを王室側に寝返らせることが、ビアジュ家を味方につける条件だ。

 どいつもこいつも全部味方にしてしまおう。敵を味方にしてしまえば無駄な兵力を使わずに済むどころか、手持ちの兵力がどんどん増える。



「そろそろ来る頃合いだな」

 デギオン公討伐が決定した翌日。ビアジュ家の使用人の服に袖を通しながら、俺はつぶやく。

 とたんにジロ・カジャが元気よく叫ぶ。



「はいっ、ビアジュ家の屋敷に身なりのいい中年男性が、男性三人を伴って近づいてきます! 男性三人は衛士と書記、あと従者だと思います!」

「それを判断するのは俺なんだが……まあいい、確かにそのようだ」

 送られてきた映像を見る限り、そうとしか判断できない。



 ジロ・カジャは優秀なんだが、主を堕落させるタイプの使い魔だな。

「タロ・カジャは俺の補佐をしろ」

「はぁい、あるじどの」

 ちょっと得意げに返事するタロ・カジャ。ジロ・カジャの方を見て、ふふんと鼻を鳴らす。



「まあ、君は下働きがお似合いだね」

「マスターからの命令は全て重要な任務ですから、下働きなんて卑下したらダメだと思いまーす!」

 口喧嘩ならどっちも負けていない。こいつらは喋るのも仕事だからな。



 俺は使い魔たちに命令を下す。

「俺はお前たちに言い争う命令は与えていないぞ。ジロ・カジャは周辺の監視を引き続き続行しろ。間者の類がいたらマリエにも連絡してくれ」

「はいはーいっ!」



 さて、後はリープラント家の出方次第だな。

 俺は傍らにいるビアジュ家の新当主・ギュレーに声をかける。

「最初はギュレー殿から説得をお願いします。おそらく容易に首肯はしないでしょうが、いきなり私から話を切り出すと印象が悪いので」



「そうですね。元々は当家の問題ですし、できる限りのことはしてみます」

 若き領主は少し緊張した様子で、小さくうなずいた。まだ他家とのやり取りには慣れていないからだろう。



 やがて応接間に入ってきたのは、さっき映像で見た中年男性だ。人当たりの良さそうな細身の紳士で、知的な印象を受ける。とても謀反の片棒を担ぐようには見えない。

 俺は使用人の格好をして部屋の片隅に控え、知らん顔をしている。彼にとっては背景の一部に過ぎないはずだ。



 案の定、彼は俺の存在など全く気に留めず、ギュレーに話しかけてくる。

「お久しぶりです。執務には慣れましたか?」

「リープラントのおじさま、子供扱いはやめてください」



 ギュレーが苦笑すると、リープラントはフフッと笑う。

「そうでした。ではその『おじさま』も、そろそろおやめになった方がいいでしょうな」

「確かにそうですね。えー……では、リープラント卿」

「何ですかな、ビアジュ卿」



 リープラントの表情がスッと引き締まる。

 ギュレーはかなり緊張しているようだったが、それでも落ち着いた口調で用件を切り出した。

「当家の全権は当主たる僕が握っています。当家への交渉は僕を通してください。隠居した父に『味文』の菓子など送る必要はありませんよ」



 おお、ストレートな物言いだ。なかなかやるな、この坊や。

 リープラント卿は真顔でうなずく。

「道理ですな。承知いたしました。では改めて御相談ですが、デギオン公への御協力をお願いしたい」

「お断りします」



 またもやストレートにきっぱり言い放ち、ギュレーは首を横に振った。

「デギオン公の叛意、すでに王室の知るところとなっております。もう企みは成功しません。リープラント卿も早々に王室側についた方がいいでしょう」

「ふむ」



 意外にもリープラント卿は驚いた様子がない。

「思っていたより早いですな。陛下を少々侮っておりました」

 全部お前のせいだよ、リープラント卿。俺が監視しているところに陰謀を持ち込むからだ。

 そう言ってやりたかったが、種明かしは厳禁だ。無言で控えておく。



 ギュレーは心配するような口調でリープラント卿に言う。

「このままではリープラント家も罰せられます。今すぐデギオン公と縁を切って、王室に忠誠を誓ってください」



 だがリープラント卿は首を横に振った。

「それはできません。私の妹はデギオン公の弟に嫁いでおります。デギオン公が蜂起すれば当然、義弟も協力するでしょう。妹夫婦や甥たちを見殺しにはできません」

 なるほど、それは確かにそうだな。俺はリープラント卿の心中を察する。



 とはいえ、俺は救世主でも神でもない。そこまで面倒見きれるか。

 そう思っていると、ギュレーは重ねてこう言う。

「いかにデギオン公が有力貴族とはいえ、王室に刃向かって勝てるはずがありません。王室の勅命ひとつで国内の全貴族が動きます。敗れればリープラント家も破滅なんですよ?」



 しかしリープラント卿は、この説得にも耳を貸さなかった。

「この戦い、勝つ必要はないのです。おわかりですかな?」

「それはどういう……?」



 どうやら彼は何もかもわかった上で、デギオン公に協力しているらしい。だとすればギュレーに説得は無理だろう。

 俺の出番だ。



 俺は使用人の上着を脱ぎ捨てて、ゆっくり進み出る。

「お疲れ様でした、ギュレー殿。ここから先は俺がやります」

 するとリープラント卿は不審そうに俺を見た後、警戒した様子でギュレーを振り返る。



「ギュレー殿、この者は?」

「マルデガル魔術学院の密使です。当家が魔術学院に所領を寄進したのはご存じでしょう?」

「では……」



 リープラント卿が身構えるが、今の彼は丸腰だ。従者たちは別室だし、今の彼を殺すのは訳もない。

 だがもちろん、俺は彼を殺すためにここにいる訳じゃない。



「リープラント卿、あなたの目論見は既に崩れています。それを御説明しましょう。御決断なさるのはそれからでも遅くはないはずです」

「……ふむ」

 リープラント卿は軽く浮かせていた腰を下ろし、大きく息を吐いた。



「私に選択の余地はなさそうだ。魔術師殿、まずは説明を聞きましょう」

「はい。デギオン公の目的は王室を打倒することではなく、反乱を起こして粘れるだけ粘ることです。違いますか?」



 俺の言葉にリープラント卿は軽くうなずく。

「お気づきのようですな。その通りです」

「デギオン公がサフィーデの秩序を乱していれば、ベオグランツ帝国が治安維持を口実に介入してきます。形だけとはいえ、今は同盟国ですから」



 リープラント卿は俺の指摘に溜息をついた。

「そうです。そうなればデギオン公は帝国軍に降伏し、王室からの処罰を免れるのです。王室はあれこれ言ってくるでしょうが、秩序を回復したのは帝国軍。強くは出られません」

 何もかもバレた上で敵の前にいるのに、この男も肝が据わっているな。



 俺はちょっと感心しつつ、ニヤリと笑う。

「そしていずれは帝国がサフィーデを支配し、新体制の上層部にデギオン公を据える。サフィーデの支配に現地貴族の協力は不可欠ですから」



「さよう。ゆえにリープラント家はデギオン公に全面協力し、親交の深いビアジュ家にもお声がけしているのですよ。良い『投資』ですからな」

 堂々とした態度のリープラント卿。今すぐにでも殺されるかもしれないのに、全く動じる様子がない。



 ここまで覚悟が決まっている相手だと、普通は交渉の余地はない。

 だが俺は決定的な切り札を持っていた。

「ですが、リープラント卿。その策は『帝国が介入してくるまでデギオン公が持ちこたえる』のが絶対条件でしょう?」



「ええ。ですがそれは問題ありません。デギオン公は数千の軍勢と堅牢な城をお持ちだ。兵糧も軍資金もたっぷりある。城内には農場や鍛冶場もあり、大量の資材も蓄えられているのです。数年は持ちこたえられましょう」

 サフィーデの戦争のやり方だと、まあ思うだろうな。



 だから俺は言ってやる。

「無意味です。あんな旧時代の城、数年どころか数日で落ちますよ」

「御冗談を……」

「本気です。我が魔術学院が協力すればの話ですが」

 俺はニヤリと笑い、手を一振りして『雷震槍』を召喚する。



 杖形態の『雷震槍』に魔力を送り込むと、杖の先端が青白い光を放って火花を散らした。

「帝国の介入など間に合いません。陛下はリープラント家にもデギオン公討伐の勅命をなさるおつもりです。つまり今はまだ、貴家は謀反人扱いされていません」

 そうするように俺が頼んだんだけどな。



 リープラント卿は平静を装っているが、微かに動揺しているのがわかった。

「どちら側にもつけるよう、当家に選択の余地を残すと……そういうことですか?」

「はい。ですので当面は王室に従うふりをして、出兵の準備をなさるとよろしいでしょう。どのみち戦場に着く前に結果が出ますよ」



 俺の余裕たっぷりの言葉に、リープラント卿はしばらく沈黙する。彼の心拍数をタロ・カジャがチェックしているが、これは相当悩んでいるな。

 最後に彼はこう言った。



「ではお言葉に甘えて、そうさせて頂きましょう。どっちつかずの立場で恥知らずなお願いだとは承知していますが、今後も当家の存続に御配慮頂けますかな?」

「はい。ゼファー学院長も、王室直属の魔術学院として全力を尽くすと申しております。どうか御安心ください」

 たまにはお前にも無茶振りしてやる。


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[良い点] 魔女は奥様。
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