第56話「火竜の貴公子」
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俺はタロ・カジャだけを伴って林に入る。みんなは焚き火の練習に集中していて、俺には気づいていないようだ。
手早く片付けよう。
『カジャ、相手は魔術師ではないな?』
『確定ではありませんけど、魔力量と変動が一般人のそれですから』
よほど高度な隠蔽技術を用いない限り、一般人のふりを続けることは難しい。まあ大丈夫だろう。
『人数は2人のままか?』
『はい。隠密慣れしてる動きです。ヒトの認知能力を逆手に』
『説明は省略してくれ。つまり偽装が巧みということだな?』
『ええと、まあそういうことです』
怪しい連中の居場所は既に判明している。半アロン(50m)ほどの距離から、こちらをうかがっているようだ。
『連中の視界から一度消えよう。天幕に入る』
練達の幻術師なら、こういうときに自分の幻像を生み出して操れるんだがな。
俺は天幕に入り、事前詠唱している術の中から『無影』の術を発動させる。
これは幻術ではないが、範囲型の認識撹乱効果を持つ。俺を見た者は認知の歪みを引き起こされ、俺を木や煙のようなものとして勝手に認識してしまうのだ。見えているのに気づけない。
ただし攪乱できるのは視覚だけなので、歩いて近づくと足音で「姿は見えないが誰かいるぞ」と気づかれる。
『では飛ぶぞ、ついてこい』
『はい、あるじどの』
俺はカジャを肩に乗せると、『飛行』の術で天幕からそっと飛び立った。
低空飛行で木々の間をすり抜け、2人組の背後に回り込む。
どんな場所にでも溶け込める暗緑色の服装で、全体的に猟師っぽい。山歩きに適した服装だ。特にブーツがいい。
カジャが首を傾げる。
『地元の猟師ですかね?』
『猟師にしては少々おかしいな』
猟師なら誰でも持っている二股の杖が見当たらないし、狩猟用のクロスボウや弓も持っていない。一応、腰のベルトに投石紐を吊しているが、どうもそれっぽくない。
そもそも、こんな街道沿いよりも良い狩り場がいくらでもあるはずだ。
『こいつらの武器は投石紐と小剣だけか。毒物や火薬はどうだ?』
『粘性の高い薬物を複数検知しましたが、いずれも毒性は極めて低いです。たぶん虫刺されと靴ズレの軟膏ですね』
旅の必需品だ。
隠し武器なども見つからなかったし、差し迫った脅威ではなさそうだ。
とはいえ、このままずっとうろちょろされるのも目障りなので、ここでケリをつけておく。
俺は『無影』の術を解くと、彼らの背後から声をかけた。
「用があるなら聞こう」
「ぬあっ!?」
「いつの間に!?」
驚いて振り向く2人。俺がまだ天幕にいると思っていたんだろう。
だが彼らは戦意は全く見せず、すぐにサフィーデ語でこう言った。
「待て、我々は戦うつもりはない!」
「だろうな」
やる気まんまんだったら、声をかける前に拘束してた。
男たちの会話をカジャが分析する。
『あるじどの、彼らのしゃべり方はサフィーデを母語とする者、特に貴族階級に近いです』
『俺もそう思う。サフィーデの士分あたりだな。身分の高い雇い主がいる』
おおまかな見当がついたので、とりあえず名乗っておく。
「マルデガル魔術学院1年のジンだ。敵意がないのなら名を名乗れ」
すると男たちは顔を見合わせた後、年長の方がこう答えた。
「私はグレンと申す者。こちらはジュダ。ある方にお仕えしている」
本名ではないな。『偽証』の術がわずかに反応している。だがまるっきりデタラメという訳でもなさそうだ。たぶん通り名か何かだろう。
「ある方とは?」
「明かせぬ……と言っても、承知はすまいな」
「もちろんだ」
強引に口を割らせる方法ならいくらでもあるぞ。
今度は若い方が口を開いた。
「これを言うと余計に誤解されそうなんだが、我々は王室にお仕えしているんだ」
この言葉は『偽証』の術に反応しなかったので、俺はうなずく。
「ああ、余計に誤解しそうだな……」
今回の野外活動訓練の実験は、ゼファーはまだ王室に報告していない。実験結果をまとめてから報告する予定だった。
だから彼らが本当に王室の密偵だとしたら、正規のルートではないところから情報を得たことになる。
王室の家臣に手荒な真似はできないが、情報は洗いざらい吐いてもらわないと困る。少し脅かしておくか。
「グレン殿、ジュダ殿。王室に仕えているのなら、俺の武名は知っているな?」
「無論だ」
グレンが少し青ざめた顔でうなずく。ジュダはさらに青い顔で、半歩ほど後ずさりしていた。
「その……なんと説明すればいいのか……」
「口封じを考えていないのなら、見つかったときの弁明ぐらい用意しているはずだ。それを言ってもらおう」
俺が問い詰めると、とうとうジュダが白状する。
「わかった、わかったから! 俺たちはスピネドール様の警護を命じられているんだ! 君をどうこうしようって訳じゃない!」
とたんにグレンがジュダを一喝する。
「こら、ジュダ! なんたる有様だ!」
「すみませんグレン様、でももう無理ですよ! これ以上誤解されたらまずいですって!」
彼らの言動は演技ではなさそうなので、俺はなるべく穏やかに接する。
「王室に仕えるあなた方が、なぜスピネドールの警護を命じられている?」
「それは……だな」
グレンが眉間にしわを寄せて、それから大きく溜息をついた。
「君を『雷帝』ジンと見込んで、今から重大な秘密を明かす。絶対に誰にも口外しないと約束してくれるか?」
「約束しても構わないが、ゼファー学院長への報告義務がある」
「わかった。それぐらいは問題ない」
グレンはうなずいた後、こう続ける。
「スピネドール様は国王陛下の甥御様にあらせられる」
「なんだって?」
聞いてないぞ。
こんな重要な情報をゼファーが知っていたら教えてくれるはずなので、おそらく学院にも秘密にしていたんだろう。ますます誤解が深まったじゃないか。
「スピネドール様の母君、ユゼリナ殿下は陛下の実姉なのだ」
そしてもちろん、先代国王の孫でもある。重要人物だ。
「そんな人物がなぜ、魔術学院に在籍している?」
俺の疑問にグレンが答える。
「我が国では一部の例外を除いて、女系の王子には王位継承権がない。それにユゼリナ殿下はカルム公に嫁がれ、既に王室の一員ではないからな。比較的自由な生き方が許されている」
グレンはさっきよりも顔色が悪く、額を何度も拭いながら説明する。
「この婚姻に関する事情がひときわ厄介なので、そっちの説明はこれ以上は無理だ」
「そこは別にいい。続けてくれ」
王室の姫君なら、普通は政略結婚の道具だ。国内の貴族に嫁ぐのは何か理由があるのだろう。だがそれはどうでもいい。
ジュダが口を挟む。
「国王陛下はユゼリナ殿下のことを大変に慕っておられて……」
「ジュダ、それも言わなくていい」
グレンが部下を黙らせる。
ははーん。あの王様、もしかしてシスコンなのか? 大好きなお姉ちゃんが他国に嫁ぐのが耐えられなかったのか?
あくまでも想像だが、そんなことを考えてニヤニヤする。とても人間味があって良いと思う。王といえども生身の人間だ。
再びグレンが溜息をつく。
「とにかく、国王陛下はスピネドール様を我が子同様に気にかけておられる。だからスピネドール様が魔術学院に入学なさるとお聞きになったとき、警護の者を学院近くの村に駐在させたのだ」
シスコンかどうかはさておき、やはり甥っ子は可愛いものだ。
国王には跡取り息子もいるが、そちらは次期国王としてしっかり鍛え上げる責任がある。一方、甥っ子にはそんな責任はないので可愛がり放題という訳だ。
カジャがぼそりと言う。
『あるじどの、さっきから何をニヤニヤなさってるんです?』
『なに、国王陛下に対する親愛の念を深めているところだ』
俺にも甥っ子たちがいたので共感してしまう。何だかよくわからないが、とにかくメチャクチャ可愛いよな。初めて「おじうえー!」と呼ばれたときの感動は忘れられない。
甥っ子たちの子孫はベオグランツ人として生きているはずだ。ただ残念だが、ゼオガの文化はあらかた忘れてしまっているだろう。
俺は過去のしがらみを思考から振り払い、密偵の2人に言う。
「事情はわかった。嘘をついていないこともわかっている。あなた方の名前以外はな」
「むむぅ……」
嘘ついたらすぐにわかるんだぞと、改めて念を押しておく。
俺としては彼らにとっとと帰ってほしいのだが、彼らにも任務がある。このままついてくるだろう。邪魔さえしなければそれでいいし、道中の安全も増すので悪い話ではない。
「では俺はこのまま知らん顔をしておく。スピネドールには何も言わなくていいか?」
「できれば内密に頼む。スピネドール様は警護を快く思われないだろう」
誇り高い坊やだからなあ。
そんな誇り高い貴公子様を、どっかのジジイが初対面でボコボコにしてしまった訳だが……。
「わかった。さらばだ」
俺はうなずくと、再び『無影』の術で姿を消す。2人が驚いているのを尻目に、俺は天幕までサッと飛んだ。
それから術を解除し、何食わぬ顔で天幕を出た。
ちらりと見ると、木々の奥にさっきの2人が微かに見える。巧みに隠れているので、そこに誰かいると知らなければ発見は難しい。
俺は彼らの方を見てニヤリと笑う。こちらから彼らの表情を見ることはできないが、きっと渋い顔をしていることだろう。
するとスピネドールがそれに気づいた。顔が煤と砂埃で汚れている。「火竜」と称えられる2年生筆頭も、魔法を使わない火起こしには苦労したようだ。
「どうした、ジン? 何かいたか?」
「いや、気のせいだろう。ほら、顔を拭け」
お前、みんなから愛されてるよ。




