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潜伏賢者は潜めない ~若返り隠者の学院戦記~  作者: 漂月


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第47話「降霊術」

047


 人は死ぬとどうなるのか。

 この根源的な問いに対して、人は魔術を用いて答えを導き出そうとした。



『わしは千年にわたって死霊術を学び、生と死について調べ尽くしたのじゃ』

 師匠の言葉を思い出す。

『生と死を魔術的に定義するのに、まず100年ほどかかった。そこから生から死への移行の瞬間を捉えるのに、また100年……いや、150年……?』

 長くなりそうなのでこの辺りは飛ばす。



『じゃが、わかったことと言えば、死者の完全な復活が理論上不可能だということぐらいじゃ。後は推論の域を出ぬ』

 寂しそうな、だが妙に嬉しそうな師匠の顔を思い出す。「わからないことがある」というのが、師匠を最高に興奮させるのだという。今ならわかる。



『死者の魂は死亡後、次第に接触が困難となる。理由はわからぬ。魂が熱力学の法則に従って平衡状態へと導かれ、希釈していくのかもしれぬ。あるいは我々の知らぬ理によって、転生……』

 また長くなりそうなので、ここも飛ばす。



『おぬしはせっかちでいかんのう。まあよい、とにかく死者との交信方法を教えてやろう。父君の霊と出会うのは難しいじゃろうが、何らかの痕跡ぐらいは見つかるかもしれぬな』

 結果から言えば、没後数年が経過していた亡父の霊は発見できなかった。



 死とはそれほどまでに重く、そして分厚い扉なのだ。そこをくぐった者と再会するには、何らかの方法で自分も死の扉を開けなくてはいけない。

 だから死霊術師と呼ばれる専門家たちは、死の扉を開けたまま現世に留まることができるという。



「俺は死霊術師じゃないし、8人の弟子たちも死霊術を修めた者はいなかったんだがな。待てカジャ、そこの第3文節はセグムではなくアユラの方がいい」

 カジャに魔法陣を描かせながら、俺は仕上がりを確認する。使い魔は便利だが、任せっきりにしていると思わぬ事故が起きる。



「あるじどの、死霊術嫌いじゃなかったんですか?」

「嫌悪感はない。だが軽々しく使うには、俺の知識はあまりにも浅薄に過ぎる」

「でも第7階梯までは修めたんですよね、あるじどの? 最終階梯まであと2つじゃないですか」



 カジャが尻尾でちょいちょいと魔法陣をプリントアウトしながら言うが、俺は首を横に振る。

「完全に修得した訳ではない以上、俺は不完全な術者だ。高度な術は極力使わぬ方が良い」

「そういうもんですかね」

 こいつだんだん生意気になってるな。



 カジャはマルデガル魔術学院に来てから、急速に生意気になっている。人間についての知識を猛烈な勢いで学習しているせいだ。注意が必要だな。



「よし、それでいい。魔法陣から離れなさい」

「はぁい」

 スススとカジャが距離を取り、窓辺に座って尻尾を振る。カジャは魔術紋に干渉する能力を持つので、魔法陣の近くに置いておくのは危険だ。



「さて、では呼んでみるか」

 俺は死霊術の魔法陣に魔力を注入し、術式を起動させる。

 魔法陣の中には黒装束の死体がひとつ。俺が雷震槍で刺し貫き、感電死させた男だ。



「死中に生誕したる者よ、我が声を聞け。我が声は雷鳴、我が目は雷光。我は雷帝なり」

 死者への呼びかけ方は生者同様、いろんな方法がある。

 俺のような未熟者の場合、どうしても威圧的になる。死者の気持ちをうまく汲み取ることができないからだ。



「目覚めよ、眠りたる者」

 俺が雷震槍で石畳を叩くと、死体の上にぼんやりと白い霧のようなものが浮かび上がってきた。死者の霊だ。



「てめえ……よく……俺を……」

「俺が聞きたいのは、そのような言葉ではない。汚らわしき暗殺者よ、平伏せ」

 こいつの素性が何であれ、俺やミザイアを殺そうとしたのは事実だ。降伏勧告に応じたふりをして奇襲を狙ってきた。



 戦場にて尋常の勝負で討ち取った訳ではない。こいつはただの暗殺者、戦の作法も守れない卑怯者だ。

 俺が霊圧をかけて締め上げてやると、白い霧は苦しげにひしゃげた。

「ぐ……うぉ……おお……」



 敵対者の霊を説得するのは非常に難しい。自分を殺した張本人と仲良くしたい者がどれだけいるだろうか。

 だから徹底的に制圧する。



「尋問は面倒だ。お前の記憶を吸い出す」

「ぎあ……あぁあ……」

 霊が絶叫しているが、肉体を持たない霊は音波を出せない。生者は死者を畏れるが、死者は何も持たないのだ。



 カジャが淡々と報告する。

「対象の脳に霊的侵入を開始しました。第1次から第4次までの霊的障壁を全て突破。現在、情報を読み込み中です」

「よろしい」



 死者の霊を鍵にして、死体の脳から情報を取り出す。単純かつ便利な術だが、一般の人には恐ろしい術だろう。あまり見せられない。

 黒装束の脳から重要そうな情報を吸い出した後は、霊は解放してやる。



 霊は苦悶のうめきを上げながら、薄れて消えていった。いずれ虚無に溶け、この世から完全に消えるだろう。

「さてと」



 俺は自分の周囲をぐるぐる回っている文字列を、ざっと見る。

 予想通りベオグランツ語だ。こいつの母語はサフィーデ語じゃなかった。



『マルデガル魔術学院……潜入……機密奪取……』

『スバル・ジン……調査……警戒……』

『サフィーデ王国……ビアジュ家……魔術師ミザイア……』

『帝室情報部……勅命……第1級機密……』



 個々の文字列については、指先で触れると詳細な追加情報が表示される。

「どうやら帝国は俺の素性を最優先で探っているようだな。だがこいつは末端の密偵で、詳しいことは何も知らないようだ」



 カジャが俺を見てニャーと鳴く。

「読み取った記録、どうしますか?」

「大した量じゃないし全部保存しておけ」

「はぁい」



 そのとき、念話でゼファーが呼びかけてくる。

『ミザイアの話によると、ハンググライダーで侵入した後に学院の書類や魔術書を盗めるだけ盗むつもりだったようだ。暗殺や破壊工作は予定していなかったらしい』

 雑な計画だな。



『それはいいが、どうやって脱出するつもりだったんだ? まさか残飯と一緒に出て行くつもりだったのか?』

 するとゼファーが一瞬、口ごもる。



『その通りだ。なぜわかった?』

『彼らは正門の衛兵詰所を突破できない。だからわざわざ、ハンググライダーで乗り込んできたんだ。だとすれば帰りも裏口からしか出られない。そして裏口を通るのは残飯と糞尿の桶だけだ』



 魔術学院の正門には、欺こうとする意志に反応する魔術紋が仕掛けられている。仮に荷物に紛れたとしても、正門からの出入りは不可能だ。

 ここの卒業生であるミザイアはそのことを知っている。



 だから盗んだ書類やハンググライダーの残骸ごと、残飯桶に潜って出ていくつもりだったらしい。

 ちょうど明日の朝が、残飯桶の回収日だという。



『残飯桶は最終的にどこに行くんだ?』

『麓の村で豚の餌になる。ここの食事は栄養があるからな。すぐに出入りの業者を調べてみよう。買収されている可能性がある』



 その可能性は高いな。「その残飯桶の中身を譲ってくれないか、うちの豚の餌にしたいんだ」などと言って農民に銀貨の数枚でも握らせれば、彼らを買収するのはたやすい。

 後は何食わぬ顔でミザイアたちと書類を回収し、空っぽの残飯桶を返却して逃げてしまえばいい。



 侵入者の痕跡は残らないので、魔術学院側が侵入されたことに気づくのはずっと後になってからだろう。その頃にはもう、書類は交易品に紛れて国境を越えているという訳だ。

『なかなかに知恵を絞ったな』

『感心している場合か、シュバルディン。まだハンググライダーの件が片付いていない』



『俺も死体の脳を漁って調べたが、そいつの情報はほとんど出てこなかった。使い方を上司から教わって、帝国領内で練習したことぐらいだな』

『いったい誰が、こんな異世界の技術を帝国に伝えたのだろうな……』



 俺も気にはなるのだが、わからないのでそれは後回しにする。

『生存している侵入者の方を尋問してみる』

『できるのか? 彼らが本職の密偵だとしたら、そう簡単には口を割るまい』



 殺して脳の記憶を吸い出すのが一番簡単だが、断片化された情報しか拾えないので少々使い勝手が悪い。

 だからできれば生かしたまま、口を割らせたかった。



『まあ、やってみるさ』

 俺は自分の周囲をくるくる回っている文字列をチョンとつつき、笑ってみせた。


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