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第百十九話

 隆起した大地は周囲の土を吸い上げるように大きくなり、一瞬で人形ひとがたとなる。

 肩に乗る金色の魔女レリアは今まさに獄炎を開放しようとする竜に目を向けた後、淡い微笑を浮かべてゴーレムの左耳らしい部分に囁いた。

「ゴー君、あれを止めて?」

 言い終わるのと同時に、土人形の赤いだけの双ぼうが光る。鈍い音を響かせ、巨大な土人形が奔りだした。

 速さこそ先に見た竜のそれより遅いが、踏みしめる地響きは上だ。

 二、三度地震を起こして竜との距離を零にすると、ゴーレムは開いた右手を振り上げ、同じく開いた左手を下に垂らす。

 そのまま竜の頭を挟むように両手を叩き合わせた。

 上下からの衝撃に、竜の突き出ている口が無理矢理閉じられる。ガチンという金属音が空気を振るわせた。

 竜は新たに現れた敵を睨み、自らを掴むゴーレムの腕を両手で握る。戒めを解いて喉を通りたがっている獄炎を放つべく、力をこめた。

 しかし、ゴーレムの両腕は竜の腕の震えに振動するだけで動かない。微妙に牙が見える口から、赤い輝きが消えていく。

 ぼんやりとした獄炎の明かりはそして、完全に消えた。

 瞬間、竜が巨躯を右にずらしてゴーレムの右腕を離し、左側から長く太い尾を土人形のわき腹に向かわせる。鞭のように撓る尾は黒い風になり風を切った。

 合わせてゴーレムは竜の頭を解放し、自由になった右腕を竜鞭りゅうべんにぶつける。

 乾いた破裂音を残し、竜は尾を後ろに戻す。同時に右腕で、まだ下あごを掴んでいたゴーレムの手を振り払った。

 両者とも少しだけ後退し、睨み合う。だが、視線の先はそれぞれ違っていた。

 ゴーレムの赤い双ぼうは竜に向けられていたが、竜は隻眼でその視線を迎えておらず、睨む先には金色の魔女がいる。

 レリアは、激しい攻防があったにも関わらずゴーレムの頭に手を添えているだけで肩に立ち続けている。

「ふふ、情熱的な視線ね。勘違いしちゃいそうだわ」

 その刺すような視線にレリアは笑みを返し、自らも瞳に鋭さを宿した。

 音無き命令に従い、ゴーレムが腕を振り上げる。



 巨大な殴り合いを横目で見つつ、ヴァンはアリアの元に駆け寄った。波打つ金髪を持つ少女は荒い息を整えられぬまま、瓦礫の上で座り込んでいる。

 傍にいるセレーネが、屈んで背中をゆっくり撫でており、逆側に立つフランは自分の後方、土人形と竜の戦闘を睨んでいた。

 瓦礫を一つ一つ踏みしめ、アリアの前に倒れこむようにしゃがむ。

「平気か?」

 顔を覗き込んで聞けば、アリアは苦しげな表情で小さくうなずいた。あのイフリートという魔術が破壊されたせいで、体から魔力が逃げ出してしまったのだろう。

 肉体が怪我を負うわけではないが、今アリアはとてつもないほどの虚脱感を感じているはずだ。セレーネが手から微量にも魔力を送り込もうとしているので、多少はマシになっていると思うが。

「セレーネ、フラン、アリアは俺が見ておく。二人はレリアさんの援護を」

「分かりました」

「頼んだぞい」

 短く返し、二人が瓦礫の山を降りていく。

 何も楽をしたいからと任せたわけではない。遠距離攻撃を持たないヴァンは、土人形と竜の殴り合いに入れないからだ。

 無論、アリアについていたいという気持ちが大半を占めているのもある。セレーネとフランも、そのヴァンの思いが分かったからこそ、即座に言葉に従った。

「立てるか?」

 ひとまず竜の目の先にあるこの場から離れようと、ヴァンがアリアの顔を覗き込んでたずねる。

 苦しげに息を吐くアリアが小さく頷く。荒かった呼吸は少しずつおさまってきているが、それでもまだ辛そうだ。

 金髪を垂らして立とうとする少女に、ヴァンは自身の肩を掴ませ、代わりに二の腕を持ち上げてやる。

 この間にも後方からは鈍重な打撃音や咆哮が響いてきており、それがヴァンに焦りを生ませていた。

「ヴァンちゃん、危ない!」

 突然投げられた声にヴァンが首だけで振り返る。そして、視界に入ってきたものに目を見開かせた。


 目に入ったもの、それはこちらに向かって倒れこんでくる巨大な土人形の姿だった。

 視界の端に、宙に投げ出されたレリアをラルウァが抱きかかえているのが見える。ゴーレムから叩き落されたにも関わらず、自分たちに危険を知らせてくれたのか。とヴァンは頭の片隅で考えながら行動にうつった。

 アリアの顔を胸に押し付け、両足から魔力を放って町の方角へ転がるように跳ぶ。次いで背後から轟音と強風が襲いかかってきた。自分で出した以上の勢いが背中を押す。

 さらに、ゴーレムが倒れた衝撃で浮き上がった小さな瓦礫も飛び跳ね、町のほうへと投げられる。

 小さな瓦礫といっても、ヴァンたちにとっては小さめの岩だ。後ろから跳んできた瓦礫たちが自分たちを追い越していった、瞬間。

 ゴツン。後頭部に鈍い衝撃が走り、同時に目の前が一瞬だけ真っ赤に染まる。しかし、襲い掛かってくる痛みはこれで終わりではなかった。

 地面に叩きつけられた二人の口から声が漏れ、鈍い痛みが全身を覆う。ヴァンは一呼吸をおいてゆっくり立ち上がり、体ごと振り返った。

 自分たちより先に倒れたゴーレムは、自分たちより先に立ち上がって竜へと歩いている最中だった。

 倒れた後、追撃を受けていないのは、恐らくセレーネやフランが竜の足止めに入ったからだろう。その証拠に、竜の体へ魔矢や魔弾がぶつかって爆ぜている。

「いっ、たぁ・・・・・・」

 後ろから痛みに耐えるアリアの声が聞こえてきた。時折細かな砂を擦る音が聞こえるので、立ち上がっているところらしい。竜と土人形の再開された殴り合いに目を向けているので、振り返らない。

 だが、それも次に聞こえてきた悲鳴で結局振り返ることになった。 

「ど、どうした?」

 悲鳴といっても驚きのほうであったので、怪訝な顔で聞き返す。

 見ればアリアは慌てた様子で自らの後頭部を摩り、こちらを指差してくる。

「どうしたってっ、ヴァン! ちっ、ちっ!」

 ち? と聞き返しながらヴァンはアリアと同じように後頭部を摩った。

 と、なにやら生温かく湿った感触が手に塗りたくられる。首をかしげて摩った手を見ると、その真っ白だった手は鮮やかな紅色に変わっていた。

 さらに地面へ目を移せば、きれいな赤色が斑点模様に広がっている。もしかすると自分の真っ白な髪もこんな感じになっているかもしれない。

 吹き飛んでる時に頭に瓦礫がぶつかったようだが、まさか血が出ているとは思わなかった。先ほどまで痛みは無かったのに、気づいてしまった今、じんわりと後頭部が熱を帯び始めた。

 そして、断続的に走る鋭い痛み。真っ赤になった右手を再度後頭部に持っていき、うめく。

「ヴァンっ、ヴァンっ、だ、だいじょうぶ!? 痛いっ? い、いたいよね。待ってて、今すぐ治癒術を・・・・・・!」

 今度はアリアがヴァンを支える側になってしまった。もっとも、慌て具合が半端ではなかったが。

 頭を抑える自分の手に自らの手を重ね、治癒術を行使しようとするが、何かに気づいたように目を開くと苦い表情で奥歯をかみ締めた。

 魔力が、とつぶやくアリアの碧眼をヴァンが見上げる。朦朧もうろうとする意識の中、安心させようと口を開くが――。

「・・・・・・リ、シャ・・・・・・?」

 出てきた言葉は、全く別のものだった。

 顔をあげた視線の先、アリアの少し後ろ。細々と瓦礫が進入している町と、戦場の境界線に、黄髪の少女が居た。

 自分を支える金髪の魔女も、反射的に振り返る。

「どうしてここに!?」

 驚きと怒りが混ざった声をアリアが吐き出した。しかし、リシャは目を大きく見開かせて両手で口を押さえ、何かを耐えるようにヴァンを見るだけでその問いには答えない。

 そこで、ヴァンは自分の頭からとめどなく流れている鮮血が見られていることに気づいた。

 ゆっくりと近づいてくるリシャに、ヴァンは首を横に振る。

「駄目、だ。戻れ・・・・・・」

 しっかり言ったつもりだのに、出てきた声は掠れていた。リシャはそれを聞いて弾かれるようにヴァンとアリアに駆け寄った。

「い、やっ、いやっ、ヴァン、死なないでっ、死なないでぇ!」

 黄髪を振り乱して縋りついてくるリシャ。緑の瞳から雫をこぼしていくつもの筋をつくり、真正面からヴァンに叫んでくる。

 隣でアリアも叫んでいる。「落ち着きなさい」、「ここは危険だわ」、その通りだとヴァンは思った。

 だが、リシャの瞳からもらえる感情に、ヴァンは頭と心が対立した。

 逃げろ、と突き飛ばすべきだ。リシャが心配してくれてる。ここから離れろ、と追い立てるべきだ。もう憎まれてない。彼女を助けるため、伝わる体温を振りほどけ。許して、もらえた。

「リ、」

 もう一度名前を言おうとして、しかし、その音は背後からの咆哮でかき消される。

 当然のように三人の視線はそこに向かわれ、そして痛恨と恐怖の感情を生んだ。


「ゴーレムが・・・・・・!」

 アリアの呻きと同時に、竜が土人形の胸を穿っていた尾を引き抜く。即座に右腕を地面すれすれを通過させて振り上げた。

 上半身が砕けた土人形の破片が雨になる。ヴァンとアリア、リシャの三人を終着点にして。

 竜の周囲に散らばっていた仲間たちが、今ヴァンたちの状態に気づいたのか、怒声や悲鳴をあげている。

 ヘリオスとセレーネが血だらけの妹に青ざめた顔をし、ウラカーンとフランが危険と叫び、レリアがリシャの姿を見て悲鳴を上げ、ラルウァが苦痛の表情で座り込む金色の魔女を選び、跳んだ。

 自分たちを押しつぶす勢いの破片がこちらに落ちてくるのが、とても遅く感じた。仲間たちの様子を、それぞれ見ることが出来るくらいに。


 大丈夫だ、みんな。俺が二人を守るから。


 もうぼやけてしか見えない岩石の雨を睨み上げ、体の奥にある魔力を爆発させた。

「はあああああっ!!!」

 四肢を包む無色の炎が高く高く燃え上がる。目の前に迫ってきた茶色の何か。

 どれくらいの大きさか分からない。どれほど来ているのか分からない。関係ない。


 一際大きくなった茶色の何かを左腕で叩き飛ばす。腕の内側から魔力を放出させたせいで、左肩がミシミシといやな音を立てた。

 関係ない。

 右目に写る茶色がまた大きくなった。右腕を振り上げて粉砕する。肘の魔力放出で右ひじの筋肉がちぎれる音がする。

 関係ない。

 視界の左端で大きくなった茶色が地面に向かった。跳ねて後ろの二人に当たるかもしれない。左足を横に突き出して飛ばす。膝表から噴き出した魔力で足の関節が三箇所、痛む。

 関係ない。

 右耳に風を切る音が聞こえた。反射で突き出した左足の脛から魔力を放つ。ぐるんと自分の体が半回転し、踵が岩を砕く感触を覚えた。一番大きかったらしい。足首が折れた音がする。

 関係ない。

 さらに回転し、前を見た。視界いっぱいに茶色が写った。次の瞬間、頭が無理矢理後ろに引っ張られる。額に激痛が走った。

 関係ない。

 無理矢理後ろに引っ張る力を、さらに越えた力で無理矢理前のめりに踏みとどまる。左肩に硬い何かがぶつかった。完全に肩の骨が外れたと分かった。

 関係ない。

 真っ赤に染まる世界を睨みあげる。赤が混ざったおかげで、茶色だけだったものの大きさが分かるようになった。

 そして、一直線にこちらに向かってくる岩石が、弾き飛ばせない大きさだということも分かった。

 関係ない。


 二人を守るために――全て全力で叩き壊す!


 握った右拳を思い切り突き出す。同時に肘と肩から魔力を放出させた。

「あああっ!」

 ズドン、と大量・・の地響きがなり、拳と岩石がぶつかり合う。茶色と赤の世界が砕け、少しの黒と、黒を支える真っ白な線がいくつも見えた。

 茶色が無くなったことに安心感を覚え、そして、聞こえてきた声に戦慄を覚えた。


「ご無事ですか、お姉様?」

 その声は、遠く呼びかけるように近くでささやく甘い声。を、少しだけ澄ませた無機質な音。


 次第に光が戻り、ぼやけた世界が形を持つ。

 久しぶりに思える綺麗な世界で、分かったことたくさんあった。

 少しの黒は、竜だったこと。真っ白な線は、竜を背中から貫く大量の巨剣だったこと。息絶えた竜の頭に、自分とそっくりな人形しょうじょがいたこと。巨剣から伸びる鎖が、全て少女に向かっていたこと。

 そして、その少女が、その竜を殺したのだということだった。



読んで頂きありがとうございます。

ややー・・・お待たせしました。いくら不定期になるといっても、以前は毎日二話更新してたわけで・・・そんなコヅツミが一週間以上も更新しないというのはあれですね。「実は遊んでるんでしょ?」とか「小説書くの飽きたんでしょ?」とか言われても仕方ないですね!orz

でもでも、絶対しっかりばっちり最終話まで書かせていただきますので!こんなダメコヅツミですがこれからもお付き合いくださいましっ!

あ、あと飽きてませんから!遊ぶのは・・・ほら、息抜き、ということで・・・・・・ダメ?

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