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第百五話

 日は沈み夜もふけてきた時刻。

 ギルドの冒険者や衛兵たちと街を見回ったあと、ヴァンたちはアリアとアリアの母レリアに勧められて母娘の家へと招かれていた。

 ヴァンとエキーア母娘、セレーネの四人の作である晩御飯を囲みつつ雑談に花を咲かせている。その中には助けた少女、リシャの姿もあった。

 リシャがヴァンたちと共に居る理由は、今回の襲撃で父も母も、妹さえも失ったリシャを、今慌しい状況にあるはずの避難所や施設に引き渡すのは忍びないと、レリアが引っ張ってきたからだ。

「どうかしら、その料理は結構自信あるのだけれど」

 リシャの隣に座るレリアが淡い笑みを浮かべながら尋ねる。

 聞かれたリシャは何度か戸惑いながらも料理を口に運び、複雑な表情をして返した。

「はい・・・・・・おいしいです・・・・・・」

「そう、良かったわ。沢山食べてね」

 頭を撫でて嬉しそうな笑顔を見せるレリアに、リシャは小さく微笑みを浮かべて頷く。

 そんな二人を――というかレリアを――ラルウァが眉をひそめて憮然とした顔で見ながら、少し不機嫌な声音で言葉を投げた。

「レリア、何故お前がヴァンたちと一緒だったんだ?」

「あら、ヴァンちゃんはともかく、愛しい娘と一緒に居たのに理由が必要なのかしら?」

 ヴァンですら聞いたことが無いような不躾なラルウァの言葉を、レリアは目を細めて唇を歪め、挑発的に返す。

 交じらせる視線が火花を散らしている幻が見え、ラルウァの纏う空気が冷たいものへと変わっていく。

 奇妙な重苦しさを感じたフランたちが、両者の娘であるヴァンとアリアに視線を送る。

 声にしない救難信号を受け取った娘二人は首肯してラルウァに説明するべく口を開こうとするが、しかし、話しかけたらあの不機嫌な視線を直で受けるかもしれない。

 そのことを想像して一瞬躊躇するヴァンだが、意を決して声を出した。

「あ、あの、師匠」

「ん? どうした、ヴァン」

 だが、ヴァンの身構えに反して、弟子に顔を向けたラルウァは柔らかい口調で聞き返す。

 ほっと安堵するヴァンの視界の端に、少しだけ目を見開くレリアが見えた。その表情の意味が気になったが、とりあえずヴァンは父に対して説明を続ける。

「アリアのお母さん・・・・・・レリアさんは俺たちを助けてくれたんです」

 また視線がレリアのほうを向くラルウァだったが、すぐに言葉を続けるヴァンへと顔を向け直した。

「あれは俺とアリアが一体の魔獣を倒した後のことなんですが・・・・・・」

 前置きをして、ヴァンがそのときのことを話し始める。




「・・・・・・あ、れ?」

 砂塵が収まりつつある中、ヴァンに庇われるように覆いかぶさられているアリアが、呆然とした声音をもらす。

 同じくヴァンも、自分たちが無事なことを怪訝に思いながらも、巨大な魔獣が居るであろう頭上を見上げた。

「なっ!?」

 そして、驚愕の表情。ヴァンの腕の中にいるアリアも驚きを隠せない顔をしている。

 巨蟲の胴体の先の大きな空洞はヴァンたちを飲み込む前に、土で出来た大きな何かで遮られていた。

 その大きな何かはヴァンたちの前方左側、魔蟲の右側から伸びており、ヴァンとアリアの視線は自然とそちらのほうへと向かっていく。

 さらに大きな何かが視界に入り、二人の表情にはまた驚きの色が上塗りされた。

 紅と碧の瞳に写るのは、すぐ近くの家屋より大きく、魔蟲より太い、人の形を舌土人形。

「・・・・・・ゴーレム・・・・・・?」

 ヴァンの耳に、ぽつりと呟くアリアの声が聞こえてくるが、土人形の存在が衝撃的すぎて、その呟きを追求することが出来ない。

 今のヴァンが辛うじて判断出来たことは、この土人形は自分たちを助けてくれたらしいことと、魔蟲を抑える大きな何かは土人形の右腕であるということの、二つだけだった。

 呆然とするヴァンとアリアを尻目に、土人形は低い音を出しながら右腕を徐々に持ち上げていき、胴体の先の空洞を掴まれている魔蟲も否応無く持ち上げられていった。

 とうとう胴体の上半分を地面から直立にされた魔蟲を、土人形はそこから一気に地面へと引き倒す。

 地響きが鳴り響き、巨蟲の金切り声が耳をつんざく。

 砂埃を舞わせながら地をのた打ち回る魔蟲に向かって、土人形が左腕を振り上げ、魔蟲に向かって叩きつけた。

 轟音と金切り声。

 さらに土人形は右腕を振り上げて同じように叩きつける。またも轟音と金切り声。

 今度は左腕を叩きつけ、また右腕もぶつける。交互に何度も魔蟲を土で出来た拳で激しく打ちつけ、その度にヴァンとアリアの耳には轟音と金切り声が侵入してきた。

 何度も拳で殴った土人形は、飽きたといわんばかりに魔蟲の尾の部分を両手で掴み、思い切り振り上げる。

 魔蟲の巨体はあっさりと宙に浮かび。

 土人形が両腕を思い切り振り下ろす。

 魔蟲の巨体は地鳴りと共に地面に叩きつけられた。

 また土人形は魔蟲を振り上げて叩きつける。二回、三回、四回。

 空洞から紫色の液体を垂らし、すでに金切り声すらあげていない魔蟲。土人形は、五回目の叩きつけをを行わず、魔蟲の体を宙に浮かせた。

 腕より短く少しだけ太い両足のうち、右足を後ろの地にずんと沈み込ませると、右肘を曲げて拳骨を胸の辺りに持っていく。

 鈍重な音を響かせたかと思うと、土人形の右拳がかなりの速度で回転を始めた。

 そのまま赤い双ぼうで魔蟲を睨みあげ、高速回転する右拳骨を突き出す。

 魔蟲の巨躯と土人形の激打が衝突し、衝撃が地を走ってヴァンたちの体を震わせた。

 回転を加えられた拳打を受けた魔蟲はその場で微塵にされず、胴体だけの体を回転させながら空高く吹き飛ばされる。

 遠く遠く遠く。魔蟲は夕暮れの星となるが如く、空の彼方へ来てしまった。

「・・・・・・」

 もはや開いた口すらもふさぐことが出来ないヴァン。アリアはゴーレムをどこか期待するような表情で見上げている。

 そこへ、二人に女性の声がかけられた。

「あなたたち、怪我は無いかしら?」

 すぐ後ろから投げられた言葉に、ヴァンは肩をびくっと震わせ、慌てて振り向く。

 そこに居たのは、若い女性。

 若い女性は、背中まで伸びる波を持った金髪と、細めで目元が少し釣りあがった黄金色の瞳を持ち、女性らしいふくよかな肉体に白い服と黒のロングスカートを纏い、灰色のマントを羽織っている。

 薄桃の唇を微妙に歪ませた女性は、鋭い美しさを持っていた。

「え、あ、あなたが、この・・・・・・」

 戸惑いを隠せないヴァンは、土人形と女性を交互に見て上ずった声を出す。

「ゴーレムよ。土属性の魔術で、他の魔術と違って魔力だけでは発動できず、大量の土を必要とし、さらに形象するのが困難な最上級魔術の一つ。そして、この人の一番得意な魔術でもあるわ」

 しかし、意外なことにヴァンの疑問に答えたのは隣で嬉しそうに笑みを浮かべるアリアだった。

「え?」

 目を点にするヴァンを置き去りに、アリアが女性に抱きつく。

「無事でよかった・・・・・・」

 女性は目を細めて微笑みながら、自らの腕に中におさまるアリアの頭を撫でて口を開く。

「心配かけたみたいね。でも、あなたに魔術を教えたのは誰か、忘れてしまったのかしら?」

「・・・・・・それは分かってるけど、心配だったんだもん」

 女性の胸に顔を埋めて少しの雫をこぼすアリア。

 二人のやり取りで、アリアと女性の関係に気づいたヴァンは静かに微笑みを浮かべ、良かったな、と小さく呟いてゴーレムを見上げた。




「・・・・・・と、いうわけなんです」

 一呼吸間をおき、締めの言葉を口にしたヴァン。

 納得したという顔で頷くハーフペアと魔族姉弟だったが、ラルウァだけは一人苦い顔をしてレリアを見ていた。

「・・・・・・それで、何か言うことはないのかしら?」

 勝ち誇った表情で見下ろすように言う金髪金目の美女に、黒髪赤目の美丈夫は諦念の溜息を吐き口を開く。

「悪かったな。ありがとう」

 レリアが望んでいるだろう言葉を吐くラルウァだったが、しかし、それにレリアは驚きの色を顔に浮かべていた。

「驚いたわ。あなたが素直に謝るどころか、お礼まで言ってくるなんて。しかも、この私に。『紅蓮の殲滅者』も大人になったってところかしら?」

「・・・・・・懐かしい二つ名を出すじゃないか。『山吹の傀儡くぐつ使い』。歳を食った証拠だぞ」

 お互い挑発的な笑みを浮かべて、またも視線がぶつかる先で火花の幻が見える。

 母親とラルウァの会話を聞いて、アリアが隣に座るヴァンに小声で話しかけた。

「ぐれんのせんめつしゃ、ってなに? 師匠さんの二つ名はぜつおうっていうのじゃなかったの?」

「いや、俺も紅蓮の殲滅者は知らない。絶凰は周りの連中が勝手に言ってるって師匠も言ってたし・・・・・・というか、お前のお母さんも二つ名持ってるんだな」

「・・・・・・みたいね。知らなかったけど」

 ひそひそと話し合うヴァンとアリア。

 そこでセレーネが微妙に不機嫌な声でラルウァとレリアに尋ねる。

「お二人とも、お知り合いみたいですけど、その・・・・・・ど、どんな関係なんですか?」

 その問いに二人の親の動きが固まった。火花の幻も消え、表情も挑発的な笑みのまま停止する。

 しかし、それは一瞬ですぐに自然体になるとラルウァは料理を口に運び始め、レリアは困ったような恥ずかしそうな嬉しそうな、良く分からない表情を浮かべるだけだ。

「・・・・・・・・・・・・」

 絶妙にあからさまな反応に、セレーネの目が鋭くなってラルウァに向かう。

 ラルウァは少々の冷や汗を流しつつも、セレーネのほうに目を向けないよう料理を食べ続ける。

「そ、そんなことより、ラルウァ。あなたの弟子だった男の子はどうしたの? もう一緒じゃないのかしら?」

 聞かれ、ラルウァはヴァンを指差す。

「え?」

 何故弟子のことを聞いたのに、この少女を答えとして指差すのか。レリアは目を丸くして怪訝な表情を浮かべた。

「その子がラルウァの弟子で、元は男の子の姿をしていた、私たち二人の妹です」

 セレーネが加わり簡単な説明を口にするが、レリアはますます訳が分からないといった顔をする。

 魔族の女は、仕方ありませんね、と先において、今までの経緯を説明した。

 しかし、それにはアリアを狙いヴァンたちと戦った末に死んでしまったオスマンや、今戦っている相手であるテリオスのことは含まれておらず、自分たちが魔族であること、ヴァンが元々女であること、事情によりラルウァがヴァンを預かっていたことを掻い摘んで話すだけのものだったが。

「・・・・・・そう・・・・・・」

 突っ込めば埃が出そうなセレーネの説明を、レリアは深く追求せずに魔族姉弟とヴァンを順に見渡して呟いただけだった。

 最後に視線を向けたヴァンをじっと見つめた後、ふっと微笑んで口を開く。

「それにしても、大きく・・・・・・はなってないわね。可愛くはなってるけれど」

「え? 俺を知ってるんですか?」

 懐かしむように言うレリアに、ヴァンが聞き返す。

「えぇ。知ってるも何も、あなたとは何度も会ってるわよ」

 その言葉を受け、今度はヴァンが怪訝な表情を浮かべることとなった。

 何度も会っているといわれても、ヴァンはレリアとの記憶がない。ラルウァとの知り合いなのだろうから、魔族として失った記憶にそれがあるわけでもないはずだ。

 首をかしげ思い出そうとうんうんうなるヴァンを、レリアが楽しげな顔で見つめる。

 そこでラルウァが溜息をついてヴァンに助け舟を出した。

「お前が私のところに来たのは、いつも真夜中でヴァンが寝ている時だっただろうが。お前だけが顔を見ているのは会っていると言わん」

「あら、そうだったかしら」

 明らかに確信犯であるレリアはまたくすくすと笑い、合点がいったヴァンを見ている。

 そして、もちろんあの方もラルウァに対する睨みを強くしていた。

「・・・・・・何度も、会って・・・・・・いつも、真夜中・・・・・・?」

 何かどす黒い魔力のようなものを、いつものようにラルウァにだけ当てるセレーネが、俯きながらぽつりぽつりと呟く。

 冷や汗をかくラルウァはこの食事中セレーネのほうを向くのは不可能だと悟り、レリアはそんなラルウァとセレーネを面白そうに観察していた。

 ヴァンたちはというと、セレーネの魔力は当たっておらず、気づいてもいないというのに、何故か重い雰囲気を感じていたといふ。


読んでいただきありがとうございます。

やっとでました、ヴァンとアリアのあの時。遅い!

どうやらアリアのお母さんレリアさんとシッショさんは昔の知り合いのようですね。

会話を聞く限り、ただの知り合いではなさそうですが・・・?

どうなってしまうのかー!(うるさい

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