旅は馬に揺られて
王都と外とを隔てる外壁の外には、馬が用意してあった。
その数は五頭。
ラオ君、シャオ様、キル様、ユシャール様、マノン様がそれぞれ一頭に乗り、私達女性陣はそこに同乗させて貰う事になった。
私は当然、ラオ君と一緒に乗せて貰っている。
レシーナさんは『王族の方々に乗せて貰うなんて恐れ多すぎますので……申し訳ありませんが、ユシャール様に……』と言って、ユシャール様の馬に乗った。
まあ、そのユシャール様も次期公爵様という事で、レシーナさんは皆様から揃ってこんこんと説得されるまで、『わ、私は歩きます!』と言い張っていたのだけれど。
メイファ様はシャオ様とキル様のどちらに乗せて貰うかで随分頭を悩ませていたけれど、シャオ様のさりげないエスコートで、シャオ様の馬に乗る事となった。
美子ちゃんは、マノン様の馬に乗っている。
後ろを走るその馬上から聞こえてくる声は、とても楽しそうだったけど、次第にその声は聞こえなくなった。
何故かは……聞かなくてもわかる。
ずっと馬に揺られ続けて、疲れてきたのだろう。
正直なところ、私も少し……。
「……ユイさん、馬を走らせてだいぶ経ちましたが、体は辛くはありませんか? 慣れないうちは、馬での長時間の移動はきついものですが……」
「えっ!? あっ、う、うん、平気。まだ、大丈夫だよっ!?」
少し疲れてきた、と考えたところで、すぐ背後から窺うようにかけられたラオ君の言葉に、私は少し吃りながら慌てて返答を返した。
……本当は、あんまり大丈夫じゃあない。
ずっと同じ体勢でいるせいで疲れてきたし、かなりお尻が痛くなってきている。
でも、旅の初日の、しかもこんな早い段階からそんな弱音を吐くわけにはいかないし……。
うん、我慢、我慢だよ、私!
「……ねぇ唯ちゃあん? 無理して強がらなくてもいいんじゃなぁい? 本当は疲れてるんでしょう? ほら、美子はか弱いって感じだけだけどぉ、唯ちゃんは、どっちかっていうとひ弱って感じするしぃ。あっ、ひ弱って言っても、別に、悪い意味じゃあないからね? 勘違いしちゃ嫌だよぉ?」
私が頑張って耐えようと決意を新たにしたところで、背後から美子ちゃんのそんな声がかかる。
ちらりと後ろを振り返れば、何故かマノン様と美子ちゃんの乗る馬がすぐ側にやって来ていた。
「……そう……。……でも、本当に私は大丈夫だよ? まだ頑張れるから」
「え~? 無理はしないほうがいいよぉ! ほら、まだ初日だしぃ、今から無理してたら体もたないんじゃなぁい? 美子はまだ大丈夫だけど、唯ちゃんは休憩したほうがいいと思うの! ね、だから、キル様に休憩をお願いしてみたらどぉ、唯ちゃん?」
……ああ、そっか、そういうこと。
大丈夫だと言ったにも関わらず、更に食い下がってきた美子ちゃんの言葉に、私はその裏に隠された本音を察した。
つまり美子ちゃんは、自分が休憩をしたいのだ。
けれど旅は始まったばかりなのに、素直に休憩したいと言えば、ターゲットに入っているだろうキル様を始めとした皆様に悪印象を与える事になるかもしれない。
だから、私に言わせる事にしたんだろう。
うまくいけば、聖女なんて肩書きを持つ強力な邪魔者である私の印象を悪くできる。
休憩もできるし、一石二鳥というわけだ。
「ね、そうしなよぉ唯ちゃん? 美子、唯ちゃんが心配なのぉ! ただでさえ、聖女様だなんて唯ちゃんには重い荷物を背負ってるんだもの! 唯ちゃんがその重い荷物にもし潰されちゃったらって思うと、美子……っ」
更にまた言葉を重ねた美子ちゃんは、そこまで言うと両手で顔を覆って俯いた。
……うわぁ、わざとらし~い。
そう思って呆れを含んだ視線を美子ちゃんに向ける。
けれど、その次の瞬間。
「なんと……! ミコ殿は、友人思いの優しい方なのですね! ユイさん、ミコ殿がここまで言って下さっているのです! 無理せず休憩を申し出てはいかがでしょうか?」
美子ちゃんの後ろで馬を操るマノン様が、感動したような声を上げ、あろう事か、私にそう提案してきた。
「え……っ、で、でも……っ」
ど、どうしよう。
これは、まずいパターンだ。
美子ちゃんの魔の手に堕ちた男の子達は、美子ちゃんがさもその人を思って言っているような演技をした場合、言われたその人がそれを断ったり否定したりすると、『こんな優しい彼女の思いを無下にするなんて』と、敵視し、時には罵倒し始める。
結果、その人はすっかり悪女のレッテルを貼られるのだ。
つまり、ここでこの提案を断ると、非常にまずい事に……で、でも、だからといってこんなにすぐ休憩なんて……こ、困った、本当にどうしよう?
「ユイさん……もし貴女が言い出しづらいのなら、私からキルアリーク様にお伝え致します。休憩、なさりたいでしょう?」
「えっ……! あ、あの、でも」
「マノン殿。我が主は魔王陛下の御身を心配されておいでなのです。種族を越えて友好関係を望み、築いておられるあの方が、正気を失った事で、破壊衝動のまま我々人間を襲い傷つけてしまう事態に発展してしまったら、魔王陛下はきっとご自分を責めるに違いない。そうなる前に正気に戻して差し上げたいとお考えなのです。その為には、多少無理をしてでも、一刻も早く魔王城に辿り着く事が大事です。故に、辛くとも笑って『大丈夫』だと申しておられるのです。……主のそのお気持ちを、察して戴きたい」
「! な、なんと……そうでしたか! そんなお気持ちでいられたとは知らず、出過ぎた事を申しました! 魔王陛下の苦しみを少しでも抑える為には、確かに先を急ぐ事が大事……! わかりました、このまま参りましょう!」
「えっ……!?」
「あっ……! は、はい!」
私が返答に困っていると、突然ラオ君が口を開いて話に割って入った。
その内容は、ちょっと事実とは異なるものだったけど、結果として、マノン様は納得され、休憩の話はしないという事で無事に終了した。
マノン様の言葉を聞いた美子ちゃんは呆然としていて、私は心の中で『ご愁傷さま!』と言って真っ赤な舌を出した。
自分が悪印象を持たれたくないからといって、人にそれを押しつけようとしたのだ、良い気味である。
「……ラオ君。ありがとうね? 助かったよ」
「いえ。……ユイさんが困っているのなら、助けるのは当然の事ですから。……それに……こういった行為のあと引き起こされる事柄には、思うところも、ありますから……」
私が背後のラオ君を見上げて小声でお礼を言うと、ラオ君は何故か複雑そうな表情を浮かべて、そう言った。
「……やれやれ、ラオレイール様がなんとかおさめて下さいましたね」
「そうですね。……しかし、あれがマノン殿か。自国の者達には随分愛されている王子と聞いていましたが……他国の者と関わるには、あれではなかなか厳しそうですね」
「……だからこそ、でしょうかね。マノン殿の父、デュオールスの国王から私宛ての親書を、マノン殿は持参しておりました。そこには、『皆様の側について、その姿を見て学ばせてやって欲しい』と、書かれてありました」
「学ばせて? ……おやおや、それはそれは」
「は、はは……」
私達のやり取りの後、私達が乗る馬の背後で、キル様達がそんな会話をしていた事を、私達は知らなかった。
かなり強力な睡魔に襲われながら書きました。
よって誤字脱字及びおかしな文章がある可能性があります。
もし見つけたら教えて下さいませ。




