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出発

 旅立ちの儀が終わると、そのまま城前広場に移動になった。

 何故かそこでしばらく待機するように言われ、それぞれ近くのベンチに分かれて座って、寛ぐ。

 私はラオ君やレシーナさんと一緒のベンチに座って談笑していたのだけれど、ふいにキル様が立ち上がり、全員を見回して、口を開いた。


「さて、それではこれからの旅の行程について話を致しましょうか。全員に相談を持ちかけて意見も聞きますが、身分と立場を考慮し、最終決定権は私とシャオレイール殿が持たせて戴きます。今シャオレイール殿と話し合った結果、まずはやはりこの国にある水の大神殿に向かう事が順当であるという結論になりました」

「え? み、水の大神殿? 真っ直ぐ魔族領に向かうんじゃないんですか、キル様? 魔族領の魔王のお城が、目的地なんですよね?」

「ええ、勿論そうです。ですが、それは最終目的地であり、そこに至る前に行かねばならぬ場所が」

「わあっ、唯ちゃん、キルアリーク様をキル様って呼んでるの!? いいなぁ、なんかその呼び方のほうが親しそう! ね、ね、キルアリーク様っ、美子もそう呼んでいいですかぁっ?」

「え」


 行き先として上げられた場所を不思議に思い私が尋ねると、キル様はそれに答えるべく説明をしてくれようとした。

 しかしその直後美子ちゃんがそれを遮り、キル様に擦り寄る。

 するとキル様は一瞬、ほんの一瞬顔を僅かに歪めた後、綺麗な笑顔を作って、美子ちゃんに視線を移した。


「ええ、ミコ殿。勿論、構いませんよ」

「わぁ、本当ですかぁ? 美子嬉しいですぅ!!」


 キル様が了承を口にすると、美子ちゃんは嬉しそうな声を上げ、キル様に抱きついた。

 するとキル様は笑顔のまま、その背後から見えない黒いオーラを醸し出す。

 けれど美子ちゃんはそれに気づかず、抱きついたまま離れようとしない。


「………………」


 私は無言で視線を外し、心の中でキル様に手を合わせる。

 ごめんなさい、キル様。

 美子ちゃんの前で不用意に愛称を呼ぶべきではありませんでした。

 せめてシャオ様の事は美子ちゃんの前で呼ばないように気をつけなきゃ。

 あっ、けど、ラオ君はどうしよう?

 フードで顔を隠しているおかげか、私と仲良く話してても、今のところ割り込んではこないけど……う~ん、大丈夫かな?

 どうか、このまま美子ちゃんがラオ君に興味を持ちませんように……!


「ユイさん。魔族領に行く前に、五つの大陸を巡って、五つの大神殿にある宝玉を取りに行かねばならないんです。その宝玉は魔王様が一度に吸収する負の力の量を抑える役割を担ってくれるアイテムなのですが、時間と共にその効力はゆっくりと低下していくので、この旅で魔王様を正気に戻した後新しい物と交換するんです。そして効力の無くなった宝玉はまた大神殿に納め、次の千年までにその効力を回復させるんです」

「え、あ、そ、そうなんだ? なるほどね……」


 私が心の中で謝罪し、そして祈っていると、ラオ君がキル様の説明を引き継ぎ、小声でそっと教えてくれた。

 さすがは、ハーデンルークの元第二王子様。

 狂った魔王を正気に戻す大事な旅の内容は、詳しく知っているらしい。

 まあ、ラオ君がまだ国にいたなら、今のシャオ様の役目はラオ君が担っていたかもしれないし、知っていて当然の事なのかもしれないな。

 でも、『五つの大陸を巡って』、かあ。

 思っていたより長旅になりそう。

 うぅ、私の雑貨屋のオープン、どのくらい先になるんだろう……?

 いっその事、小さなヌイグルミをたくさん作って、街や村で露店で売ろうかなぁ?

 自由時間の行動については不干渉の約束だし。

 売る時に、『違うサイズを含め、色々な種類のヌイグルミを取り揃えておりますので、シーアブルクにご旅行の際はラナフリールにある当店舗まで是非足をお運び下さい!』とか一言添えておけば、旅行のついでに本当に来てくれたり、口コミでわざわざ買いに来てくれる人がいたりするかもしれないし……。

 ……うん、それ、いいかも。

 可能性としては、ゼロじゃないだろうし。

 よし、そうしよう!

 ただ流されての旅じゃなく、少しでも店の売り上げに繋がる旅にしよう!

 よし、そうと決まれば、まずは空き時間にコツコツとヌイグルミ作らなくちゃ!

 旅の間は綿の入手は厳しいだろうから、ふわふわ感は若干落ちるかもだけど、布とか毛とかで代用して……。

 この世界にはない、"こういう可愛い人形を置いている"ってだけでも知って貰えば、集客には繋がるよね、たぶん!


「ラオ君っ、旅と平行するから忙しくなるけど、協力してね!」

「え? ……はい……わかりました」

「こらこら、ちょっと。ユイちゃん、何を協力して貰うのか、内容の説明しなきゃ。ラオレイール君も、内容もわからないのに頷かないの、もう」

「え、あっ! そ、そうでした、ごめんなさい! えっとね、実は……!」


 レシーナさんにやんわりと注意され、私は慌てて今考えた事を二人に説明した。

 結果二人は賛同してくれて、レシーナさんも、旅の間は売り子として協力してくれる事になったのだった。


★  ☆  ★  ☆  ★


 あれからまたそれぞれで談笑する事、しばし。

何度かキル様の側に静かに控えているのを見た事がある青年が広場にやって来て、キル様に何かを耳打ちした。

 あの後ずっと美子ちゃんに引っ付かれ、更にマノン様も側にやって来て三人で話をしていたキル様は、青年の耳打ちにどこかホッとしたような空気を放つと、立ち上がって口を開いた。


「どうやら準備が整ったようです。行きましょう」

「あ、はい」

「わかりました」

「では、いよいよ出発、ですね」


 キル様が放った言葉を合図に、全員が談笑を止め、立ち上がって歩き出す。

 方向は、この城前広場の、街側の出入口。

 皆様に続いて私も広場から出ると、ずらりと並んだ人垣が目に飛び込んできた。

 その人垣でできた道の一番端に、向かい合うようにして立つ王様と王妃様。

 その隣に、それぞれ仕立ての良さそうな服やドレスに身を包んだ少年と少女。

 そして更にその横に、同じ碧色(あおいろ)の軍服を身に纏った大勢の男性や、僅かな女性達。


「うわぁ……」

「こ、これはちょっと、緊張するね……」

「は、はい……」


 王様や王妃様、王子様にお姫様、そして恐らくお城の騎士様総出での見送りなのだろうその道を、凛と胸を張って歩くキル様やシャオ様達王族や貴族に紛れ、恐縮しながら歩く私とレシーナさんと、メイファ様。

 市井で育ったらしいメイファ様は、どうやら他の皆様と違ってこういう出迎えには慣れていないようだ。

 ただ、不思議なのは美子ちゃんだ。

 美子ちゃんは何故、全く恐縮する様子がないどころか、時折手まで振って嬉しそうにこんな所を歩けるんだろう。

 やっぱり美子ちゃんは、色々とちょっと、理解できない。

 この人垣の道は、なんとお城の敷地を出て街に入っても伸びていて、街の人々から口々に声援をかけられ見送られながら、私達は大通りを抜け、王都を発ったのだった。

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