仲間達の到着 2
王都近くの迷宮は、森の中に、木々に埋もれるようにして建っていた。
緑の外壁は周囲の景色とほぼ同化している。
「よし、着きましたね。さあ、魔法が使える魔物を目指して頑張らなくちゃ! ラオ君、見つけたらよろしくね!」
「はい、ユイさん。お任せ下さい」
「……魔法が使える魔物? 今日はそれを浄化するのが目標なのですか、ユイさん?」
「あっ、はい。狂った魔王の元へ行くに当たって、私も何か戦う術がないものかと三人で話しまして。それで、魔法が使える魔物を生きたヌイグルミに変えたなら、もしかしたらそのまま魔法が使えるかもしれないから、そのヌイグルミに指示を出す事で間接的に私も戦えないかなって事になって。試してみようと思うんです。だから、魔法を使う魔物を生きたヌイグルミにするのが、今日の目標です!」
「なるほど、そういう事ですか。しかし、ユイさん。貴女が無理に戦う必要はないのですよ? その為に私達がいるのですから」
「いいではありませんか、キルアリーク殿。ただ守られる事を良しとしない女性がいる事は貴方もご存じでしょう? どうやら我らが聖女様はそういう女性のようだ」
「それは、存じておりますが……。……まあ、戦力が増えるのなら有り難いのですが。しかしユイさん、決して無理はなさらないで下さいね?」
「はい! ありがとうございます!」
「……へえ。今代の聖女様は、随分好感の持てる人物のようですね?」
「えっ……?」
「! おや……貴方は」
迷宮の入り口へと歩きながら話していると、突然後ろから初めて聞く声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはこの森の木々に繁った葉のような鮮やかな緑の髪に、柔らかな栗色の瞳をした青年が立っていた。
「初めまして、皆様。そしてお久しぶりです、キルアリーク様、シャオレイール様。私は先ほど王都に着いたのですが、ここに来るまでの馬車に閉じ籠もった日々に腕のなまりが心配になりましてね。まだ陽も高かったので、肩慣らしに剣を振るいに来たのですが……まさか聖女様ご一行もいらしていたとは。この選択は正解でしたね」
「せ、聖女様、ご一行……」
キル様とシャオ様の事を知っていて、私達を聖女様ご一行だなんて言うって事は、つまり、この人は……。
「あ、あの、初めまして。ユイ・クルミといいます。ユイと呼んで下さい。様もいりません。皆様に、そうして貰っていますので」
「おや、それはそれは。尊称はお嫌いですか。ならば、私もそうさせて戴きましょう。ああ、申し遅れました、私はユシャール・メルーゼンと申します」
「ユイさん、彼が勇者です。聖剣を守り受け継ぐ国の公爵子息、いえ、次期公爵の青年です」
「は、はは……私が勇者など、烏滸がましいのですがね。聖剣も、何故王家の方をその使い手に選んで下さらなかったのか……。他の仲間の方々は皆様王家の方だというのに、肩身の狭い思いです」
「はは、何を仰います。貴方も彼の国の王家の血を継いでらっしゃるではありませんか」
「そんなもの、今ではだいぶ薄れておりますよ。だというのに王家の方を差し置いて……いや、よしましょう。選ばれたからにはしかとこの任、務めさせて戴きます。よろしくお願い致します、聖女様、あ、いえ、ユイさん」
「あっ、はい! よろしくお願いします!」
シャオ様から勇者だと紹介されると、ユシャール様は困ったように眉を下げ、腰に差した剣を見て溜め息混じりに首を振った。
……ユシャール様の腰にある剣が、聖剣なのかな?
なんだか、勇者の役目、ううん、肩書きかな……それを、重荷に感じているみたい?
ま、まあ、私も聖女なんて肩書き、ていうか役目も、進んでやりたいとは思わないけど……。
仲間だっていう人にも、そういう人がいるだなんて思わなかったなぁ。
「……。……ユイさん。そろそろ中に入りましょう」
「え? あ、うん」
私がまじまじとユシャール様を見ていると、ふいに横から声がかけられ、次いでラオ君に手を引かれて私は再び迷宮の入り口へと歩き出した。
「あ、ちょっと二人とも、待ってよ! あの、ユシャール様、私はレシーナ・ジュレスといって、錬金術士をしています! 私も旅の一行に加えて戴きますので、よろしくお願いしますね!」
「錬金術士? 旅の仲間が増えていましたか。わかりました、よろしくお願い致します。……して、あの少年は……?」
「私の弟ですよ、ユシャール殿。ラオレイールと申します。故あって、今はユイさんの護衛をしております」
「! シャオレイール様の弟君……? それでは、彼が噂の……っと、いえ、失礼を致しました!」
「いえ。……我が可愛い弟は有名人となってしまいましたからね、仕方がありません」
「……し、失言でした、申し訳ありません」
「構いません、お気になさらず」
「お二人とも、そろそろ足を動かさないと、置いて行かれてしまいそうですよ?」
「! おっと……! こら、待たないかラオ!」
「おや、これはいけませんね……! お待ち下さいユイさん、ラオレイール様!」
「やれやれ……ただ見ていただけだろうから、慌てて引き離さなくとも良さそうなものだけれど。ラオレイール殿は必死らしいな」
先に迷宮に入った私達を追いかけて、それぞれが口々に制止の言葉を吐きながら、その入り口を潜ってきたのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★
「う~ん、現れないなぁ、魔法を使う魔物……」
「そうですね……」
迷宮に入って、それなりに時間が経った。
ラオ君だけじゃなく、レシーナさんにキル様やシャオ様、そしてユシャール様もいるおかげで、魔物退治は一匹一匹がすんなりと片づいて、既にドロップ品を大量に入手できている。
その中には綿もいくつかあって、私の気分はかなりいい。
ただひとつ、今日の目標である、魔法を使う魔物が出ない事を除けば、完璧と言ってもいいだろう。
まあ、そのひとつが、問題なわけだけれど。
「ユイさん、諦めずに探しましょう。冒険者ギルドから上がっている報告によれば、この迷宮には二種類、魔法を使う魔物が生息しているらしいですから」
「えっ! そうなんですかキル様!?」
「はい。……ただ、その魔物達との遭遇率は稀らしいのですがね」
「ま、稀……? ……うぅ、根気よく探さないと駄目って事ですね……」
「……キルアリーク様。そういう事ならば、もっと早くに仰って戴きたかったですね。……ユイさん、ご安心を。私のスキルで、そういった魔物との遭遇率を上げられますから」
「えっ、ほ、本当ですか、ユシャール様!?」
「はい。……確率変動、発動!」
ユシャール様がスキルの発動を告げると、迷宮内を光が包み、数回明滅して、消えた。
その後、私達は迷宮探索を再開して歩を進め、やがて曲がり角に差し掛かり、それを曲がる。
すると、その数歩先に、一匹の魔物がいるのが見えた。
それは白の体毛に僅かに紫を混ぜたかのような色彩の体に、朱色の丸いつぶらな瞳、そして背中に小さな羽を生やした、四つ足の魔物だった。
「かっ、可愛い……!! ラオ君! あの子、あの子生け捕りにして!! 魔法使えなくてもいいから、あの子欲しい!!」
「はい、わかりました」
「こらこらユイちゃん、本来の目的忘れずにね? ラオレイール君も、すんなり承諾しないの!」
「うっ、だ、だってレシーナさん! あの子凄く可愛いんですもん……!!」
「……うん、まあ、それは私も認めるけどね?」
「でしょう!?」
「ははは。そうか、ユイさんは可愛いものに目がないんですね。……けれど、それならちょうど良かったです。あの魔物ですよ、報告にあった二種類の魔物のうちの、一種類。ユシャール殿のスキルが効きましたかね」
「え、そうなんですか、キルアリーク様?」
「うわぁっ、本当ですか!? ねえラオ君、聞いた? 聞いた!? これはもう、あの子絶対にGETしなきゃ!!」
「はい。……必ず生け捕りにしてきます。少々お待ち下さい」
「うん、お願いね!」
あの可愛い魔物を発見してテンションが上がっていたところに、それが目的の魔物だと聞いた私は更に興奮して、再度ラオ君に生け捕りをお願いする。
ラオ君はそれに頷くと駆け出し、剣を構えて魔物へと向かっていく。
あれ、今日は魔法じゃなく剣を使うのかな?
前は、剣だとどうしてもトドメを刺しちゃうって言っていた筈だけど……。
「兄上、援護をお願い致します! 俺の剣に、兄上の氷魔法を! 刀身を氷で覆って下さい!」
「氷を? しかしラオ、そんな事をすれば刃が氷って切れ味が……ああ、いや、生け捕りならば、それでいいのか。わかった」
疑問に思った私が首を傾げると同時に、ラオ君は振り返らず前を見据えたままシャオ様に援護を乞う言葉を投げかけた。
それに一瞬俊巡した後頷いたシャオ様は右手を前に伸ばす。
するとその手を中心に、周囲にひんやりとした空気が流れ出し、やがて氷がラオ君の剣の刀身を覆うと、その空気は掻き消えるように霧散した。
「それでいいか、ラオ?」
「はい、ありがとうございます兄上!」
次いでかけられたシャオ様の問いかけにはっきりと返事を返すと、ラオ君は氷に覆われたその刀身を、魔物に向かって振りおろした。




