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仲間達の到着 1

 役所から、カーン、カーン、カーン、と、現在の時刻を知らせる鐘が響いてくる。

 時計のないこの世界で、私は、毎日十五回、だいたい同じ時間帯になると聞こえてくるように感じたこの鐘を、時計代わりにしていたのだけれど、それは正しく時計代わりだったのだと、昨夜知った。

 昨夜、旅立つまでの間私に付けられたメイドさんから、『聖女様、夜二刻の鐘が鳴りました。お食事の時間ですから、どうぞダイニングへ。ご案内致します』と言われて、発覚したのだ。

 その後ダイニングで密かに王太子様に尋ねると、あの鐘は、朝に四回、昼に七回、夜に四回鳴り、それぞれ朝一刻、朝二刻、といったふうに数えるらしい。

 私のだいたいの感覚でだけど、時計に当てはめるとたぶん、最初の鐘が鳴る朝一刻は午前六時で、昼一刻は午前十時で、夜一刻は午後六時で、最後の鐘が鳴る夜四刻は午後九時だと思う。

 それ以降は無鐘刻と呼ばれ、時間ごとの読み方はないらしい。

 冒険者さんとか、治安の為に街を見回る騎士様とか、無鐘刻にも活動する人は少なからずいるらしいけど、朝一刻の鐘が鳴るまで、時間をはかる術はないようだ。

 現在の時刻は、朝三刻。

 これは、鐘が三回鳴ったから、三刻、という事だ。

 ちょうど、レシーナさんとの待ち合わせの時間だ。

 迷宮に行く仕度を済ませ、待ち合わせ場所である、お城の前にある城前広場で、ラオ君と共にレシーナさんが来るのを待つ。

 レシーナさんは、王都に来た最初の日こそお城に泊まったけれど、『部屋も家具も高級過ぎて落ち着かない!』と言って、昨夜からは使用人宿舎に部屋を移してしまったのだ。


「おはよう二人とも! ごめんね、お待たせ!」

「はい、おはようございますレシーナさん!」

「おはようございます。では、行きましょうか」


 使用人宿舎のある方向を見つめていると、レシーナさんが駆けてくるのが見え、少し離れた場所からレシーナさんが挨拶をしてくると、私とラオ君もそれを返し、三人揃ってから街の乗り合い馬車の停留所へ向かって歩き出した。


「いよいよ王都近くの迷宮ですね! 魔法を使う可愛い魔物、頑張って探して生きたヌイグルミにしなくっちゃ!」

「あはは、やっぱりユイちゃんの中ではその条件、絶対なんだね~」

「頑張って下さいユイさん。そういう魔物が現れたら、俺も頑張って生け捕りにしますから」

「うん! よろしくねラオ君!」


 城前広場を出て、そんな話をしながら歩く私達の横を、一台の立派な馬車が通り過ぎる。

 けれど次の瞬間、ヒヒーンッと、馬の嘶きが聞こえた。


「んっ?」

「え、何?」

「……? ……馬車が止まっていますね」

「あれ、本当だ。……どうしたんだろう?」


 その嘶きに気を引かれて、私達は揃って振り返る。

 すると馬車が止まっている事に気づいて、首を傾げた。

 お城のすぐ前ならともかく、こんな道の途中で馬車が止まるなんて、普通ならあり得ない筈だよね。

 不思議に思ってそのまま見ていると、御者らしき人が降りてきて、馬車の扉を開けた。

 そして、その中からゆっくりと誰かが降りてくる。

 ……あれ、この人、なんか見覚えがある気がする……?

 どこかで、会ったかな?


「っ……!? そん……な、まさか……っ」

「? ラオ君?」


 誰だったか思い出そうと記憶を辿っていた私は、突然隣で、どこか強ばった声を上げたラオ君に視線を向ける。

 するとラオ君は何故か目を大きく見開き、驚きに満ちた表情をしていた。


「……久しぶりだな、ラオ」

「……あ、兄上……っ!!」

「……え? 兄上、って……あっ!?」

「へ、ラオレイール君の、お兄さん?」


 『兄上』、と発したラオ君の言葉で、思い出した。

 ラオ君と同じ銀の髪を、首の後ろでひとつに結び、さらりと背中に流した長髪。

 よく晴れた日の空のような、空色の瞳の美形。

 それはあの乙女ゲーのメイン攻略対象者だった、ハーデンルークの王太子、シャオレイール・ハーデンルーク、その人だった。


★  ☆  ★  ☆  ★


 『どこかへ出かけるのなら、私も共に行きたい。すまないが、少し出発を遅らせて貰えないだろうか』と言ったシャオレイール殿下に承諾の返事を返し、私達は城前広場に逆戻りした。

 殿下はまずお城に行って、王様と王太子様に到着の挨拶をしなければならないらしい。

 なので私達は城前広場に戻って、それを待つ事にしたわけなんだけど……ラオ君が、さっきからずっとどこか思い詰めたような顔で俯き、一言も話さない。

 その様子を見て、レシーナさんも口を閉じ、気遣うようにラオ君に視線を向けている。

 ラオ君がこうなったのは、シャオレイール殿下に再会した事が原因と見て、間違いない。

 それまでは普段と何も変わらなかったのだから。


「あの……ラオ君。大丈夫……?」

「! …………あ」


 いつまでも押し黙ったままのラオ君に、私は遠慮がちに声をかけた。

 するとラオ君はぴくりと体を揺らし、視線と共にゆっくり顔を上げて私を見ると、まるで今その存在を思い出したかのように目を見開いて私を見つめ、小さく声を上げた。


「……も、申し訳ありません、ユイさん。何か、俺に話をふっておられましたか?」

「あ、ううん、そうじゃないんだけど……えっと。……あの人、お兄さんなんだよね? それならと思ったんだけど……もしかして、同行、承諾しないほうが良かった?」

「! い、いえ……そんな事は」


 私が静かに尋ねると、ラオ君は瞳を揺らしながら小さく首を振った後、また俯き、そして目を閉じてしまった。

 ……う~ん、おかしいな。

 ラオ君とシャオレイール殿下の兄弟仲は、とても良かった筈なんだけど……でも、悪いのなら、シャオレイール殿下が再会した途端に『共に行きたい』なんて同行を求めないだろうし……。

 そもそも、すれ違った直後に馬車を止めてまで、ラオ君に会いに降りてきたんだよね、殿下?

 だけど、ラオ君はこの態度……う~ん、どういう事?

 頬に手を当て、考え込むも、答えは出ない。

 私達の間にはまた沈黙が訪れたけれど、やがて、ラオ君が再び顔を上げ、私を見た。


「……すみません、ユイさん。もう、大丈夫です。思いがけない再会に動揺しただけなんです。……考えてみれば、これから旅をして各地を巡るのですから、昔の知り合いに偶然会ってもおかしくはないのですよね。……けれど……たとえ誰と再会しようと、俺のやる事はもう変わらない。……大丈夫です」

「ラオ君……? あ、あ、の……。…………」


 ラオ君は少し苦しげな表情を浮かべて口を開いて、けれど途中でゆっくり一度瞬くとそれを変え、何かを決意したような強い眼差しで薄く微笑んだ。

 私はそれを困惑したまま受け止めて、そしてその困惑のまま、シャオレイール殿下と何があったのか聞こうと言葉を発しかけて、でも結局、それを閉じた。

 だって、今はまだ、ラオ君が『いつか』話すと言ってくれた、その"いつか"では、ない筈だから。


「……ねえ、来たみたいだよ。ラオレイール君の……お兄さん」

「!」

「……」


 それまで黙って私達のやり取りを見守っていたレシーナさんが、遠慮がちにそう言って、視線で広場の奥を促した。

 それはお城側の出入口で、そちらを見れば、私達のいる場所に向かって歩いてくる、二つの人影があった。

 一人は、シャオレイール殿下。

 そしてもう一人は、王太子様だ。


「待たせて申し訳ない。用事は無事済んだから、出発しよう」

「おはようございます、ユイさん、ラオレイール殿、レシーナさん。……シャオレイール殿が貴女達に同行すると聞いたから、私も加えて戴く事にしました。無許可ではありますが、もう一人くらい、増えても構わないだろうと思いまして。よろしくお願い致します」

「え、王太子様も同行を? なんか、一気に戦力増えましたね」

「ああ、ユイさん、今後は私の事はどうか、キルかキルアとお呼び下さい。"王太子様"では、二人の人間が返事をしてしまいますからね」

「ああ、それなら、私の事も……おっと、そういえば、慌てていたせいでまだ名乗っておりませんでしたね。これは失礼致しました。私はシャオレイール・ハーデンルークと申します。ハーデンルークの王太子です。どうぞシャオとお呼び下さい、聖女様」

「シャオレイール殿は先日お話した旅の仲間の一人です。魔法剣士に当たります」

「えっ……」


 シャオレイール殿下が、旅の仲間?

 そ、それって……大丈夫なの?

 そう思ってラオ君を振り返れば、私と目が合ったラオ君は何故か少し嬉しそうに小さく微笑んで、頷いた。

 こ、これは、大丈夫って事、なんだろうか?


「え、えっと、旅の仲間って事は、私達も自己紹介するべきですよね? 私、レシーナ・ジュレスといいます! 錬金術士をしています、よろしくお願いします!」

「あっ。……あの、私はユイ・クルミです。えっと、ユイと、呼んで下さい。様も、つけないでお願いします。王太子様……キル様も、そうしていますから」

「な、キルアリーク殿も? それは、どういう?」

「ユイさんからのご要望でしてね。私は彼女の要望を全て叶えると約束したのですよ。なので、大目に見て戴きたい」

「要望……。……なるほど。聖女様、と呼ばれるのは、お嫌ですか?」

「う……はい、ちょっと。できれば、やめて欲しいです」

「……そうですか。では、仕方ありませんね。私もキルアリーク殿に倣いましょう。ユイさん」

「! あ、ありがとうございます!」

「……。……俺は、ラオレイールと申します。……初めまして、シャオレイール殿下」

「!? えっ……?」

「……。……初めまして、か」

「! あ、あのっ、シャオ様……っ!?」

「…………」


 私の呼び方についての話が纏まると、ラオ君がとても兄弟としてはあり得ない言葉をシャオ様に向かって発した。

 それを聞いたシャオ様は私の横を通り、背後のラオ君へと近づいていく。

 ラオ君はそれを動かずにじっと見据え、そして。

 シャオ様は、むにっ! と、両手でラオ君の両頬をつまみ上げた。


「随分と、面白い事を言ってくれるな? 我が可愛い弟は! どこでそんな冗談を覚えたんだ? ん?」

「い、痛っ、痛ひ……! お、おやめ下しゃい、シャオレイール殿下……!!」

「兄上、だろう? 弟よ?」

「でっ、でしゅが……!!」

「ですがも何もあるものか。私はお前の兄で、お前は私の弟だ。お前が私を兄上と呼ぶのは当然だ。何も気にせず、そう呼べばいい。いいなラオ?」

「っ……! ……はい、兄上……っ!!」

「よし」

「っ、ユイ、さん……っ!!」

「え? え、ええっ……!? ちょっ、ラオ君!?」


 ほんの少しのやり取りの後、ラオ君がシャオ様を兄上と呼ぶと、シャオ様は満足そうに笑って、その手を離した。

 それとほぼ同時にラオ君は久しぶりに泣き出し、何故か私を振り返って抱きしめてきた。

 衆人環視の中、私の髪に顔を埋めるようにして泣くラオ君に、私は意味がわからず混乱して、ただオロオロと周囲に視線を走らせる。

 するとレシーナさんとキル様はどこか呆れたように、シャオ様は困ったようにこちらを見ていて、私は段々顔が熱くなるのを感じた。


「やれやれ……この場合、抱きつくのは私にだと思うんだがなぁ……」


 そんなシャオ様の言葉を最後に、ラオ君が泣き止むまで、その場には再び、静寂が満ちた。

ラオの泣き虫、今だ治らず(笑)


鐘の音で一刻と設定するにあたり、今まで〇分とか、〇時間というふうに書いていた箇所を一刻とか少しかかる、というふうに編集し直しました。

大丈夫だとは思いますが、もし〇時間、又は〇分という表記が残っていたらご指摘下さると助かります。

あ、ユイが言っている場合は除きます。

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