旅立ちの準備
王都にあるお城に戻った私は、一晩ぐっすり眠った後、まず街のお店を回る事にした。
この国で一番栄えているだろう王都で、売れている商品のリサーチをする事にしたのだ。
前に王都にいた時はお店を見て回るなんて余裕はなかったし、せっかくだから、ついでに観光もしたいなっていう気持ちも、ちょっとあるしね。
「う~ん、シーファンにもたくさんの人がいたけど、勝るとも劣らず、ここもかなりの人の多さだね」
「そうだねぇ。でもシーファンと違って、通りを歩く人達に忙しない様子はないね。これなら人とぶつかる心配はなさそう」
「財布をすられる心配、の間違いではないのですか?」
「うっ! も、もうそれ言わないでよ~! 忘れようとしてるんだから~!!」
「あはははっ」
「それはそうと、ユイ様……いえ、ユイさん。『街に行くなら旅の準備も整えるといい』と、キルアリーク様より仕度金を預かっています。ですから、旅装を購入しましょう」
「え、旅装? いつもの服じゃ……駄目だね、うん、わかった」
「私は既に旅してたし、それで使ってた旅装でいいかな~。あ、でも靴は新調したいかも。少しボロっちくなってたし」
「俺は旅装に加え、武器と防具も買い替えるように言われました。さすがに、狂った魔王の元に向かうのに、あれではまずいですからね」
「え? まずい、って……ラオ君の装備って、あんまり質の良くない物だったの?」
ラオ君が使ってる装備といえば、剣と皮製の軽鎧だ。
確か、あの奴隷商人さんから買った時に、ラオ君に手渡されてた物だった筈だけど……。
だから元々ラオ君が使ってた物で、それならしっかりした作りの高級品だろうと思ってたんだけど、違ったのかな?
「俺の今の装備はあの奴隷商人が用意したもので、剣を習いたての素人が使うような安物です。下級の魔物相手なら不都合はありませんが……それ以上となると、あの装備だけでは歯が立たないでしょう」
「えっ、そ、そうだったの!? なら言ってくれれば買い替えたのに……!!」
「いえ、俺には魔法もありますから、あの迷宮で戦うくらいなら、その必要はないと思っていたんです。しかし、今後はそういうわけにもいきませんから」
「うん、まあ、そうだよねぇ。ラオレイール君は、しっかりユイちゃんを守らないとならないからねえ」
「ええ。ユイさんを守るのは、俺の役目ですから」
「守る……う~ん、でも魔王を相手にするんなら、私も何か、戦う術を考えるべきかな? ただ守られてるってわけにもいかないよね? 足手まといになるのは嫌だし……」
「な、足手まといになど! ユイさんが戦う必要はありません、危険です!」
「え、でも……」
「……ね~えユイちゃん? 気になってたんだけど、貴女の鞄にいつも入ってる、その生きたヌイグルミって、戦えないの? 元は魔物なのよね?」
「え、こ、この子ですか? ……う~ん、それはちょっと、無理なんじゃないかと。爪も角も、体全体が柔らかい素材でできてますし……」
レシーナさんの言葉に、私は鞄の蓋を開け、その中の生きたヌイグルミを覗き込みながらそう返した。
覗き込まれた生きたヌイグルミは顔を上げ、私を見ながらしきりに尻尾を振っている。
か、可愛い……っ。
「そう……。スキルを使って魔物を従属させる魔物使いなんかは、従属させた魔物に指示を出して戦うから、その生きたヌイグルミが戦えるのなら貴女もそんなふうにしてみたらと、思ったんだけどね」
「指示を……そうですか。そういう戦い方もあるんですね。でも、この子は……う~ん」
「ユイさん、それなら、魔法を使う魔物を生きたヌイグルミにしてみてはどうでしょうか? 体が柔らかくても、もし魔法が使えるなら、戦えるのでは? 貴女自身が戦うのではないのなら、俺も安心ですし、どうでしょうか?」
「え、魔法? た、確かにそれなら……。でも、生きたヌイグルミになっても、魔法使えるのかな?」
「どうかしらね? 明日迷宮に行ったら、魔法を使う魔物を探して生きたヌイグルミに変えてみたら? そのあと、魔法が使えるかを試してみたらどう?」
「う~ん……そうですね。とりあえず、試してみないとわかりませんよね。……魔法が使える可愛い魔物、明日行く迷宮にいるかなぁ」
「……ユイちゃんにとって、その"可愛い"っていう条件は絶対のものなのね……」
「では話も纏まったところで、装備が買える店に行きましょうか。王都の店ならば、そこで旅の旅装も揃えられる筈です。大通りにあるでしょうから」
「あ、うん、わかった」
こうして私達は大通りにあるお店へと方向を変え、歩き出した。
★ ☆ ★ ☆ ★
大通りにあるお店に着いた私達は、早速中へ入り、売り場の一覧が書かれた案内板の前で足を止めた。
三人でそれを見上げ、欲しい品が置かれているだろう売り場を探す。
「まずはユイさんの旅装を購入しましょう。俺の装備は、その残り金で買える品で構いませんから」
「えっ、そんなの駄目だよ! ラオ君の装備のほうが大切だよ!」
「いいえ、ユイさんの旅装のほうが大切です。ですから俺のは、その後で」
「駄目! ラオ君の装備が先!」
「駄目です、ユイさんの旅装が先です」
「ううん、ラオ君が先!」
「いいえ、ユイさんが先です」
「違うよ、ラオ君が先!」
「違います、ユイさんが先です」
「……ねえ、ちょっと。こんな所で揉めないでよ、恥ずかしい。しかも何なの、その揉める内容。……とりあえずさ、二人の旅装と装備を見てみて、それぞれ良さそうなのを幾つか見繕ってから二人で相談して、見繕ったものの中から所持金を折半して買えるものを選べばいいんじゃないの?」
「! あ……」
「……。……そう、ですね」
先に購入するものについてラオ君と私で意見が分かれ、言い合いになりかけたところでレシーナさんが仲裁に入った。
罰が悪くなりながらその言葉に頷き、再び案内板を見上げる。
「じゃ、じゃあとりあえずそういう事で……。ラオ君の装備から見繕おうか。あっちだね」
「え、いえ、ユイさんの旅装から見繕いましょう。そちらです」
「えっ、何で? ラオ君のから見ようよ。あっちだよ」
「いいえ、ユイさんのものから見ましょう。そちらです」
「ううん、ここはやっぱりラオ君の」
「はいはいはいはい! じゃあ間をとって、私の靴から見に行くわよ! 次はそこから近い売り場のほう! さあ、こっちだよ、歩いて歩いて!」
「あっ……は、はい。ごめんなさい、レシーナさん」
「……。……わかりました」
再び意見が分かれた私達の間にレシーナさんが割って入り、背中を押して私達を強引にその場から動かした。
そんな感じで始まった私達の品選びは、私はラオ君の、ラオ君は私の見繕ったものの中で一番良さそうなものを買おうとして自分の分の金額を調節して選び、また言い合いになりかけ、結局レシーナさんがちょうどよく所持金を折半できるものを選んで、終了となった。
もしもレシーナさんがいなければ、私達は延々と同じ事を繰り返し言い合っていたかもしれない。
レシーナさんという存在に、改めて感謝をした出来事だった。
仲間となる人物の到着日数の調節の為に書いた旅の準備エピソードですが……ちょっと遊び過ぎた感じがしたりしなかったり……。
でも楽しかったから後悔はしてません!(笑)




