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再会、そして 1

 ラナフリールへと帰った私達は、まず自宅兼店舗を、レシーナさんへの紹介を兼ねて、立て直しの進み具合を見に行った。

 あとはあれをこうして、それとああしてというふうに、大工さんに詳しい説明を受けたけど、専門用語が混じっていて、正直よくわからなかった。

 でも最低限、まだ長くかかりそうだという事はニュアンスでわかったから、よしとする。

 続いて職人通りへ向かい、空いている土地の大きさを調べに行った。

 レシーナさんが構える工房は、やっぱり職人通りの一角にと考えているらしい。

 通り沿いで何も建物がない場所は結構な広さがあったから、レシーナさんの工房を建てるスペースはまだ十分あるだろう。


「よ~っし、立地の当たりはつけたし、ユイちゃんの店舗との契約で仕事もある! 後はもう少しお金を貯めて土地を買って工房を建てるだけ! 頑張るぞ~!!」

「はい、頑張って下さいレシーナさん! 私も負けずに頑張ります! えっと、あと必要なのはやっぱり商品となる物のストックと……あ、値段も考えないと。あとは……?」

「販売スタッフは雇わないのユイちゃん? まあ、あの小さな店なら、ユイちゃんとラオレイール君だけでもなんとか回せそうな気はするけど、もう一人か二人くらい、いたほうが安心よ?」

「スタッフ、ですか……。そうですね、とりあえず、もう一人くらいは……。あとは、お店の繁盛具合を見て、無理のないように人員を増やすのがいいかなぁ……?」

「ああ、うん、それがいいかもね。無駄に雇う事になったら赤字だし。さあそれじゃ、私は早速土地購入と工房設立の為の資金を増やしに、冒険者ギルドに行って依頼でも」

「失礼。もしよろしければ、その土地購入と工房設立の手配、私にさせて戴けませんか?」

「へっ? だ、誰……!?」

「……えっ、な、何でここに……!?」

「っ……!? ……貴方、は……!!」

「こんにちは、お久しぶりですね、ユイ・クルミ嬢…………いえ。……聖女様」

「えっ……!?」


 職人通りから大通りへと戻るべく、歩きながら会話をする私達に、突然正面から声がかかる。

 その声の主へと視線を向け、私は驚きに目を見張った。

 だってそこには、王都のお城にいるはずの、あの王太子様が立っていたのだから。

 そしてあろうことか、その王太子様は私に向かって、『聖女様』と、呼びかけた。


★  ☆  ★  ☆  ★


 『話の前に、ひとまず場所を移動しませんか? ここで立ち話をしては目立ってしまいます。場所を取ってありますから』という王太子様に連れられ、私達は大通りの一角にある高級料理店の個室にやって来た。

 『聖女様』などと呼ばれた以上、話を聞かずに逃げ出す事は不可能だろう。

 いや、たとえその場は運良く逃げられたとしても、きっとすぐに捕まると思う。

 ならまずは話を聞いて、その上で聖女の件を誤魔化すかはぐらかすかして立ち去る。

 うん、これしかない。

 最悪、やっぱりこの国を出るしかないかもしれないけど……その時はレシーナさん、ついてきてくれたり、しないかなぁ……?

 せっかく契約成立した卸し元まで失うのは辛いよ……まあ、私の事情に巻き込んで、『一緒に他国に行って下さい』なんて、自分勝手な図々しいお願いになるけど……それでも……頼むだけ、頼んでみようかな……。

 そんなふうに思考を巡らせ、私がちらりと横目でレシーナさんを見るのとほぼ同時、王太子様がコホンとひとつ咳払いをした。

 その音に、この場にいる皆の視線が王太子様に集まる。


「さて、それでは初対面の方もおりますし、まずは自己紹介をさせて戴きます。私はキルアリーク・シーアブルク。ここシーアブルクの第一王子です」

「え、ええ!? だ、第一王子って、つまり王太子様!? そ、そんな方が何でここ……って、わわっ、しっ、失礼しましたっ!! た、確か、許しもなく口を開いちゃいけないんですよねっ!?」

「いえ、構いません。私がこうしているのを疑問に思われるのは当然ですからね。……機密ゆえ詳しくは話せませんが、そこにいらっしゃるユイ・クルミ嬢は私達が聖女と呼ぶ尊い方でしてね。お迎えに上がったというわけです」

「え、せ、聖女? 尊い……!?」

「ちょっ、待って下さい!? 聖女は美子ちゃんの筈でしょう? 私じゃありませ」

「彼女には、今だに聖女の証たる浄化の力は認められておりません。けれど……貴女にはそれが認められましたから。聖女様は、貴女のほうです。ユイ・クルミ嬢」

「えっ、な、何言って……私に浄化の力なんて」

「貴女の、その鞄の中。……生きたヌイグルミ、と言いましたか? 浄化の光をもって魔物を変化させたと、影から報告がきています」

「へっ……!? か、影っ!? 何それ!?」

「城を出られた時から、貴女に密かにつけた監視の事です。勝手をして申し訳ありませんが、どちらが聖女様かわからない状態のままなのに、貴女を一人放置するわけには参りませんでしたので、ご容赦を」

「!! ……じゃ、じゃあ全部、筒抜け……」

「はい。聖女様が貴女である事は、もはや動かしようのない事実です」

「う、嘘~~……」


 私が聖女だとはっきり断言した王太子様の一切迷いのない態度を見て、私は顔を覆って項垂れた。

 こ、これはもう駄目だ、誤魔化しようがない。

 そして、逃げられない……。


「……貴女のこれまでの努力を無にして申し訳ありませんが、何としても、私と共に来て戴きますよ、ユイ・クルミ嬢……いえ、ユイ・クルミ様」

「……うう……出店許可、取り消しですか……」

「え? ああ、いえ、そこまでは。聖女としての役目さえ終われば、自由にして戴いて構いませんから……無期限で、延期、して戴きたいのです」

「……む、無期限で延期……やっとオープン準備、佳境に入ったのに……」

「……勿論、それに対するお詫びはさせて戴きます。先ほども申し上げた通り、貴女の店の相棒とも言えるそちらの錬金術士のお嬢さんの工房。土地の購入と建設は、私が手配させて戴きますし……他にも、私に同行して戴くに当たって何かご要望があれば、何でもお聞き致します」

「要望……?」


 つまり、この世界に来た当初のやり取りを、もう一度しようというんだろうか、この王太子様は?

 背筋を伸ばしてこちらを真っ直ぐに見つめる王太子様に、私は探るような視線を向ける。


「ユイ・クルミ様。何かご要望はございますか? 何でも結構ですよ。どんな事でも、叶うよう力を尽くすとお約束致します。……そう……たとえば、そこにいらっしゃる彼の事でも」

「え?」

「!」


 じとりと自分を見つめる私に繰り返し要望を聞いた王太子様は、言葉の途中でふいに私から視線を逸らし、それを私の隣に移した。

 その視線を追って、私も隣を見る。

 そこには、何故か強ばった表情のラオ君がいた。


「もし貴女が望まれるのなら、彼の国と掛け合い、彼を」

「っ、俺、いや、私は! 私は現状に満足しております! よって、その必要はございません……!!」

「え、ラオ君……?」


 王太子様がラオ君に関する事だろう要望のひとつを口にしようとすると、突然ラオ君は声を張り上げ、それを遮った。

 そして、強張っていた表情から一変、その目に強い光を灯し王太子様をひたと見据える。


「……私は、あの沙汰を受け入れております。誰かの手助けを得て撤回を求めようなどと考えた事はありません。それに……私は既に、今あるこの場所で生涯生きようと、決めております。ですからどうか、お気遣いのなきよう願います」

「……おや……。……それは失礼をしたね、ラオレイール殿。……ユイ・クルミ様、私の今の言はお忘れ下さい」

「えっ……は、はい……?」

「………………」

「それで、ユイ・クルミ様? 他には要望は、何かございますか?」


 ラオ君と王太子様、二人の間で完結してしまったらしい話に気を引かれながら、私が交互に二人の間に視線をさまよわせると、ラオ君は微かに眉を下げ、どこか困ったように薄く笑い、王太子様は誤魔化すように再び要望を聞いてきた。

 な、何なんだろう、今の……。

 なんだかラオ君が困っているようだから、聞きづらいけど……う~ん、気になる……。


「ね、ねえ、ラオ君? いつか……もし良かったらいつか、ラオ君の故郷の話、聞かせてくれる……?」

「! …………。……はい。いつか……お話します」

「……そ、そう。……ありがとう、ラオ君」


 どうしても今の話に気が引かれた私は、遠回しに、今の話について聞きたいという事を匂わせて尋ねてみれば、ラオ君は少しの沈黙の後、『いつか』と頷いてくれた。

 うん、なら今は、それで我慢かな。

 そう思って聞きたい気持ちを胸の奥に眠らせると、私はひとつ深呼吸をして、王太子様に、視線を戻した。

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